7人に1人が「境界知能」 発達障害・知的障害との違い 「就職で苦悩」…医師が解説

「境界知能」の困難と支援の現実 〔小児精神科医・古荘 純一〕第1回

古荘 純一

▲IQ分布と境界知能(「境界知能」(著:古荘純一)を元にコクリコ編集部で作成)

境界知能とは、おおむね知能指数(IQ)70〜84の範囲に入る人を指します。IQが平均的な人と知的障害の人の境目の部分を意味することから「知的ボーダー」と呼ばれることもあります。なお、境界知能は医学の診断名ではありません。

混同しやすい言葉に「グレーゾーン」があります。一般的にグレーゾーンは、発達障害の特徴はあるものの診断基準を満たさない人を指します。グレーゾーンと知的ボーダーはしばしば混同されがちですが、どちらも正確に定義されるものではなく、支援を行う場合は分けて考えることが必要です。

IQと発達障害・知的障害

そもそもIQとは、知能検査で測定された数値のことです。認知能力がどれくらい発達しているかに加えて、その人の得意分野や不得意分野を調べるときに使われます。この判定を基に、必要な支援の方向性などを考えるのです。

よく知られている子どもを対象とした知能検査の一つに「WISC(ウィスク)」があります。

▲WISCの検査項目(「境界知能」(著:古荘純一)を元にコクリコ編集部で作成)

「WISC(ウィスク)」は、子どもの知能を「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」の4つの指標に分けて、これらの合成得点から子どもの知的発達の程度を把握するものです。

一概に言えませんが、それぞれの指標の得点にバラツキが大きい場合、発達障害の傾向が強いと考えられます。

もちろん、私たちの知的能力はIQだけで測ることはできません。

精神医学で知的障害と診断する場合、IQだけではなく、社会で生きていく上で必要な能力の有無や社会性なども含めて評価しています。

▲知能境界と発達障害の関係図(「境界知能」(著:古荘純一)を元にコクリコ編集部で作成)

つまり、IQだけでみれば境界知能の範囲にある人であっても、知的障害と診断されることもあれば、IQが70をわずかに下回っていても、知的障害と診断されない人もいるのです。

支援の手からこぼれ落ちる「境界知能(知的ボーダー)」の人々

今、問題になっているのは、IQだけでみれば「境界知能(知的ボーダー)」の範囲であっても、日常生活を送るための能力が低い人たちです。

なぜならIQが70以下で、かつ日常生活を送る能力が低ければ、軽度知的障害と診断を受けて支援の対象になります。ところがIQが境界領域の人は、どれほど日常生活に困難を抱えていても、彼らを助ける制度はどこにも存在しないのです。

仮に、知的障害や発達障害などの診断がつけば、特別支援学級や障害者枠での雇用などさまざまなサポートを受けることができます。

一方で、そのはざまにある、知的障害ではないもののIQが平均値に届かない、境界知能の人に対する支援体制はありません。

境界知能の人は知的障害ではないものの、一般には軽度知的障害の人と同じような困難を抱えています。それにもかかわらず、あらゆる支援の手からこぼれ落ちてしまっているのです。

約1700万人、人口の約14%が該当

実は境界知能に該当する人は、日本では約1700万人、人口の約14%もいると推測されています。

これだけ多くの人が該当する可能性があるにもかかわらず、境界知能はこれまで医療の分野でも教育の分野でも見過ごされてきました。

しかし、公的な支援制度がないとしても、幼少期から周囲が一定の配慮をすることでその子どもの生きやすさは大きく変わってきます。だからこそ、まずは保護者が我が子の違いを感じてあげることが重要です。

子育てにおいて、我が子と他の子を比べる必要がないのはもちろんです。

その一方で、集団の中で明らかに理解力やコミュニケーション能力の低さを感じたら、まずは親自身がそれをキャッチしてあげることが大切です。

我が子が「境界知能(知的ボーダー)」かもしれないと感じたら

ただし、我が子が境界知能かもしれないと感じたとしても、就学前は特別なことをする必要はありません。

学校に上がる前の子どもに対しては、まずは早寝早起きや3食バランスよく食べるなど、基本的な生活習慣を身につけさせてあげることが重要だからです。

あとは、しっかり可愛がって、充分に愛情を注いであげれば大丈夫です。

多くの患者さんを診てきた経験から、幼少期に親との信頼関係を築くことができなかった、愛着障害の患者さんの治療は非常に難しいと感じています。

だからこそこの時期は難しいことを考えず、まずはたくさん愛情を注いでほしいと思います。

──この記事のまとめ──

人口の約14%もいる境界知能。彼らは支援を必要としているのに、あらゆる公的支援からこぼれ落ちてしまっています。自分や我が子、あるいは身近な人が境界知能だったらどうすればよいのでしょうか?

インタビューの第2回目は、境界知能の子どもが小学校進学以降(就学期)に抱える課題や、それに対して家庭でできることなどを教えていただきます。

【古荘純一先生に聞く「境界知能」の解説は全3回。第1回となる今回は、「境界知能の基礎知識」について伺いました。続く第2回では「境界知能の子ども・家庭が抱える課題」について、最後の第3回では「青年期以降の境界知能とその困難」について伺います】

出典・参考/
『境界知能: 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち』(古荘純一:著、合同出版刊)
「境界知能と発達障害」(宮口幸治)『発達障害医学の進歩34』(古荘純一:編、日本障害発達連盟)

取材・文/横井かずえ
撮影/市谷明美

境界知能について詳しく知る本

境界知能: 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち

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ふるしょう じゅんいち

古荘 純一

Junichi Furusho
小児精神科医

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2