「友達っていないとダメ?」
「なんで学校に行かなきゃいけないの?」
子どもたちからこのように言われて答えに詰まったこと、ありませんか?
当たり前すぎて考えたことがない、うまく言葉で説明できない……子どもとの暮らしでは、よくある場面ではないでしょうか。
そんな場面で答えや会話のヒントをくれるのが、5つのステップで考えを深める『哲学メソッド』。物事を考えて言葉にする専門家として、哲学者たちが使う方法の一つです。
哲学の盛んな国フランスでは、この方法が高校で教えられ、日常のシーンにも登場します。つまり、親子の会話でも。これを使ってみたら、親子の難しい会話をスルッと解きほぐせるかも?
フランスで活動する哲学講師・平山美希さんに、同じくフランスに住む子育て中のライター・髙崎順子と、東京で子育て中の編集者Kが尋ねます。
目次
哲学メソッド「答えを見つける5つのステップ」
髙崎:みきさんのご著書『「自分の意見」ってどうつくるの?』(WAVE出版)の「哲学メソッドの5ステップ」を使って、親子のあるある会話について考える記事を2回作りました(※)。おかげさまで好評をいただき、今回、続編が実現しました!
(※第1回「あの子の家では良いのにウチではなんでダメなの?」、第2回「どうしてケンカしないでと言うの?」)
編集K:わー!(拍手) 哲学が親子の会話で使えること、子育て中の親の一人として、私にも新鮮な発見でした。この5つのステップに沿って考えると、脳内マッサージというか、絡まりがほぐれていく気持ちよさがあるんですよね。
◆答えを見つける5つのステップ◆
【1】質問を確認する
子どもから出た言葉をまず受け止め、その質問を確認する。
【2】言葉の意味をはっきりさせる
子どもの不満やギモンが「何」についてのことなのか、使われている言葉から考える。
【3】「これって本当かな?」と考えてみる
使われている言葉の「当たり前に見えること」に、「本当にそう?」と疑問を持ってみる。
【4】もっと考える
「本当にそう?」を知るために、必要なことを調べたり、別の角度から考えてみる。
【5】自分の答えを出す
「私はこう思う」と、子どもの気持ちに向き合って親が答える。
平山:哲学が実生活に役立てられると分かって、講師として嬉しいです。さて、今日はどんなテーマでお話ししましょうか?
髙崎:今日は編集Kさんからのお題です。どうぞ!
ステップ【1】質問を確認する「友達がいないとダメ?」
編集K:いやー、「新学期あるある」と言いますか……。子どもが今年から中学生になりまして、「友達できた?」「どんな子と話してる?」と家族で何気なく話していたとき、「友達がいないとダメなの?」とボソッと言われたんです。
えっ、いやダメってことはないよ! と返したのですが、どう答えたら良かったのかなぁ……とモヤモヤしてしまって。
髙崎:ああ~! 私も言ってます、その「友達できた?」。親としてはついつい気になっちゃいますよね。
平山:私はそのお子さんの問いに、ちょっと引っかかるところがありますね。「友達がいないとダメ」という表現には、「人間には必ず友達がいるべき」という前提があるわけですが、本当にそうでしょうか。一人のほうが気楽な人もいますよね。
髙崎:おお、まさに5つのステップの〈ステップ【1】質問を確認する〉ですね。「友達がいないとダメ」という考え方には、「人には必ず友達が必要だ」という前提がある、と?
編集K:でもそれは「友達」によりますよね。「私たち、友達だよね〜」と言い合っていても、実は気を使う相手だったり、スクールカースト的な格差が潜んでいたり…。ちょっとしんどい「友達」関係っていうのもあるような気がします。
髙崎:ありますねぇ。それとは別に、無邪気に遊べる幼馴染みのような関係もありますし……。一言で「友達」といっても、いろいろですもんね。
ステップ【2】言葉の意味をはっきりさせる「友達」ってなんだろう?
平山:では次の〈ステップ【2】言葉の意味をはっきりさせる〉では、「友達」について考えましょう。「友達」って、なんでしょう。
編集K:「友達」とはなんぞや、うーん……改めて考えても、なんだかぼやーとしています。これまでの人生で、私はちゃんと言葉にしたことがなかったかも。
髙崎:「考えるプロ」の哲学者は、どんなふうに言葉にしていますか?
平山:古代ギリシャにまで遡ると「愛」にはさまざまな形があり、代表的なものは以下の3つです。その一つに「友愛」というものがあります。
・エロス(Eros)……性的に相手を求める「性愛」
・アガペ(Agape)……無償の愛である「隣人愛」
・フィリア(Philia)……お互いの幸せを願いあう「友愛」
編集K:手元にある『こども哲学』という本では、フィリアは「お互いの幸福を願いあう愛」ともありました。見返りや損得を考えない関係ってことですかね?
髙崎:あっ! 古代ギリシャでそういう関係っていうと、アレを思い出しました。『走れメロス』!
【『走れメロス』暴君ディオニスから死刑を言いわたされたメロスは、妹の結婚式に出るために、親友のセリヌンティウスに身代わりになってもらうが…。友情の尊さを描いた太宰治の傑作小説】
平山:メロスとセリヌンティウス、いい例ですね。私は哲学で友情というともう一組、思い出す人たちがいます。フランスの思想家モンテーニュと親友ラ・ボエシーです。
哲学の世界で友情といえばこの二人、というくらい超有名なのですが、ラ・ボエシーは残念ながら、若くして亡くなってしまった。遺されたモンテーニュは著書『エセー』の中の「友情について」という章で、ボエシーと深い友情を結べた理由として、こう表現しています。
「それが彼だったから、それが私だったから」
Parce que c'était lui ; parce que c'était moi.
編集K:ウワァ何それ……尊い……
髙崎:損得を考えず、見返りを求めず、お互いの幸せを願いあえる友情。それを「彼であり、私だった」と表現しているんですね。そんな相手なら、誰だって欲しいですよ! いいなぁ、モンテーニュ。
平山:唯一無二の友情が表れている言葉ですよね。なぜか、と理由を説明できない、けれどお互いでなければ生まれ得なかった関係だと。友達の理想形というか、最高の形ですよね。
ステップ【3】「これって本当かな?」と考えてみる「友達の形は一つだけ?」
編集K:でも実際、私も含めて多くの人が、何気なく「友達」と呼ぶ関係は、そんな綺麗な形じゃないですよね。なんだかもっと俗っぽいというか、ただ偶然、学校やサークルで一緒だったから「友達」っていう場合も多いんじゃないかなあ。
平山:その考えの進め方、いいですね。〈ステップ【3】「これって本当かな?」と考えてみる〉になっています。髙崎さんはどうですか?
髙崎:そうだなぁ……私が親として「友達できた?」と子に聞く場合も、「損得なしに幸せを願え合えるフィリア(友愛)な相手、いる?」と思ったことはないです。みきさんにせっかく教えてもらったのに、すみません!
平山:いえいえ(笑)、それでいいんです。これまで考えたことのない言葉が頭に入ってくるのが、哲学のいいところですから。
編集K:私もフィリア(友愛)の友達関係は、理想的だな~とは思いますけど、友達にはそれ以外にもいろんな形、レイヤー(階層)がありますよね。
髙崎:レイヤー(階層)、ありますね。私が子どもに「友達できた?」と聞く場合は、「一緒にいて、話せる相手はいる?」程度の、浅めのレイヤー(階層)の「友達」です。
編集K:私もそれに近いかな。「あなたは学校に居場所がある? 孤立していない?」の意味で聞いてます。
平山:なるほど。お二人とも「友達がいる」を、「一人ではない、孤立していない状態」の意味で使っているのですね。ということは、気になっているのは「友達」ではなく、「一人でいる」のほうではないですか?
髙崎:ハッ……! そう言われてみるとそうですね。今まで気が付かなかった!
編集K:古代ギリシャだと、そうやってハッとしたとき「エウレカー!」ていうらしいですよ!笑
(編集部注:エウレカ[Eureka]何かを発見したことを喜ぶときの表現。古代ギリシャの数学者アルキメデスが叫んだという説話が有名。ユリイカ、ユーレカとも)
ステップ【4】もっと考える「一人でいるのは苦しいこと?」
平山:次の〈ステップ【4】もっと考える〉では、その「一人でいること」についてもっと考えていくとよさそうですね。お子さんが「一人でいる」のは、心配ですか?
髙崎:私は心配に思っちゃいます。「一人でもいいじゃない、そっちのほうが気楽な人もいるんだし」と頭では分かっているんですが、やっぱり寂しいんじゃないかなって。
編集K:大勢いる中で、自分の子が「ぼっち」だったらかわいそうで辛すぎる……想像するだけでも胸がウッとなります。でも親としてはストレートに「あんた学校でひとりぼっちになってない?」なんて聞けないですし!
髙崎:聞けないですよ~! あっでもそうか、だから代わりに軽いトーンで「友達できた?」と聞くんだ。でも実は確認したかったのは「一人で、寂しくない?」であると。エウレカー!笑
平山:いい感じですね。そして哲学がお手伝いできる点が、ここでも出てきました。ハンナ・アレントというドイツ生まれのアメリカの哲学者が、「孤独には2種類ある」と言っているんです。一つは「ソリチュード」、もう一つは「ロンリネス」。両方とも「一人でいること」なんですが、内実は違うんだよと。
ソリチュード(solitude)
…独立している、一人で快く自由に、考える時間を豊かに過ごしている状態の「孤独」。苦しくない。
ロンリネス(loneliness)
…仲間がいない、あるいは大勢の中で「孤立」している状態。苦しい・寂しい。
髙崎:これは大人でも身に覚えがありますね。散歩中や読書中など、一人でいても苦しさを感じないのは「ソリチュード」。同級生や友達の間でも話に入れず、ポツンと孤立しているときは「ロンリネス」ですよね。ってこれ、我が子に想定するだけでもつらいなぁ。
編集K:「ソリチュード」ならいいけれど、「ロンリネス」を感じてほしくない。だからつい、「友達できた?」と確認したくなるんでしょうね。
髙崎:「友達できた?」と聞いてしまうのは、子どもの状態以前に、親の側の不安のせいなのかもしれない。
編集K:私自身は「ソリチュード」が好きな子どもだったんですけど、我が子には「友達がいてほしい」とつい願ってしまう。親って因果なものですね。
ステップ【5】自分の答えを出す「どう感じているか」を見つける
平山:ではこの「友情」と「孤独」に関する対話をヒントに、〈ステップ【5】自分の答えを出す〉にいってみましょうか。Kさん、どうですか?
編集K:私はフィリア(友愛)を手掛かりに、友達の関係にもレイヤー(階層)がいろいろある、という話をしたいですね。友達がいないとダメということはなく、しんどい関係なら無理に友達を作らなくてもいい。ロンリネスではなくソリチュードなら、友達はいなくてもいいんだよ、と。
平山:もし「ロンリネス」でも、単にまだ、フィリア(友愛)を交わせる友人と出会っていないだけかもしれないですしね。
編集K:そうですね。ソリチュードでもロンリネスでも、「本人がどう感じているか」を、親が決めつけないようにしなくちゃ。
髙崎:私は今回のテーマで、親と子の「友達に関する感覚の違い」を考えさせられました。親からは子が「ロンリネス」でツラい状態に見えても、本人は望んで一人でいる「ソリチュード」な状態かもしれない。
平山:その逆もありますね。親は一人が好きだけど、子は一人がしんどいタイプかもしれません。
髙崎:どっちにしろ、親の感覚を子に被せるのが問題ですよね。これ、最近よく聞く「バウンダリー(※境界)」の話かもしれない。「親と子は別の人間で、感覚が違う」という確認からですね……。
(編集部注:自分と他者とを区別する境界線のこと。ここでは「精神的な境界線」の意味)
それから、「私はあなたのロンリネスを心配して聞いてしまったけれど、あなたはどう?」と話し合ってみたいです。
平山:お二人とも、それぞれに素敵な答えができましたね。
髙崎:子どもの「友達がいないとダメ?」の疑問の前に、親の「友達できた?」の問いを考えるのが大事でしたね。親子会話のモヤモヤでこういう例、他にもありそう。
編集K:またこういうモヤモヤが出てきたら、みきさんにお尋ねしていいですか?
平山:もちろん! いつでもご一緒しますよ。
髙崎:今回も新しい発見がありました! ありがとうございました。
〔哲学リファレンス①・モンテーニュとボエシーの友愛〕
ミシェル・ド・モンテーニュはルネサンス期フランスを代表する思想家。ボルドーの高等法院に勤めていた1557年にエティエンヌ・ド・ラ・ボエシーと知り合い深い友愛を築いたが、ボエシーは1563年に死去。モンテーニュは悲しみに沈んだ。ボエシーとの関係を綴った「友情について」は、彼の代表作である『エセー(随想録)』の中にある文章。
〔哲学リファレンス②・アレントが考えた「孤独」〕
ハンナ・アレントはドイツ系ユダヤ人の哲学者。第二次世界大戦中にアメリカへ亡命し市民権を得た。バークレー、シカゴ、プリンストン、コロンビア各大学の教授・客員教授などを歴任し、「全体主義」について研究。記事で紹介した「孤独」についての考えは、著書『全体主義の起源』に記されている。
哲学メソッドを学ぶ・平山美希先生の本
自分の意見が思いつかない(どう考えたらいいのかわからない)という状況でも、考えるときの「手がかり」さえつかめれば、オリジナルの意見を組み立てることが可能です。本書では、この「手がかり」を5つのステップでマスターできる「哲学メソッド」を紹介。5つのステップとは、フランスの高校生たちが受験する高校卒業認定試験(バカロレア)の哲学科目対策をアレンジしたもの。これでもう、「あなたはどう思いますか?」を怖がる必要はありません。
哲学入門におすすめの本
これ一冊に子どもから大人まで、正解のない時代に役立つ哲学の知識が盛りだくさん。有名な哲学者やテーマが短い文章とくすりと笑えるイラストで楽しく学べる学問図鑑。生き方は自由に選べる? 新しいものってどう作る? 世界のすべてがわかる? これからの時代に大事なのは自分で考える力です!
連載「哲学メソッドで考える親子の悩み相談室」
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
平山 美希
1989年、千葉県生まれ。千葉大学教育学部を卒業後、フランスのソルボンヌ大学へ編入。同大学院哲学科修了。現地の高校に哲学教師として赴任した際に、「考える力」や「議論する力」が重要視されていることを実感。以来、フランス流の哲学的アプローチを日本の子どもたちに広めるために、小中学生、高校生向けの哲学教室や作文添削講座を主催するなど、積極的に活動を展開している。専門はシモーヌ・ヴェイユ。現在は2人の子育てをしながら思索にふける日々を送っている。 著書『「自分の意見」ってどうつくるの? 哲学講師が教える超ロジカル思考術』(WAVE出版) 𝕏 : @Miki_philo
1989年、千葉県生まれ。千葉大学教育学部を卒業後、フランスのソルボンヌ大学へ編入。同大学院哲学科修了。現地の高校に哲学教師として赴任した際に、「考える力」や「議論する力」が重要視されていることを実感。以来、フランス流の哲学的アプローチを日本の子どもたちに広めるために、小中学生、高校生向けの哲学教室や作文添削講座を主催するなど、積極的に活動を展開している。専門はシモーヌ・ヴェイユ。現在は2人の子育てをしながら思索にふける日々を送っている。 著書『「自分の意見」ってどうつくるの? 哲学講師が教える超ロジカル思考術』(WAVE出版) 𝕏 : @Miki_philo