“子どもだけで留守番”は大きなプラス! 大事な経験にする親の姿勢とは

コラムニスト・石原壮一郎の「昭和~令和」ものがたり【04】 「留守番をさせるのは“悪い親”か?」

コラムニスト:石原 壮一郎

内閣府の調査(※1)では共働き夫婦は約7割。親が不在な家で子どもだけで留守番をさせるのは虐待なのか。  イメージ写真:アフロ ※1=内閣府の「男女共同参画白書 令和4年版」(2022年)

子育てをめぐる状況は、令和に入って大きく変わっている。しかし、世間や自分自身の中に染みついた「昭和の呪い」が、ママやパパを悩ませ苦しめている場面は少なくない。

昭和に生まれ育ち、平成に親になり、令和で孫に遊んでもらっているコラムニスト・石原壮一郎ジイジが、ガンコな「昭和の呪い」を振り払いつつ、令和の子育てを前向きに楽しむ極意を指南する。

今回は、にわかに注目が集まっている子どもの「留守番」について。

石原壮一郎(いしはら・そういちろう)PROFILE
コラムニスト。1963年三重県生まれ。1993年のデビュー作『大人養成講座』がベストセラーに。以降、『大人力検定』など著作100冊以上。最新刊は『失礼な一言』(新潮新書)。現在(2023年)、4歳女児の現役ジイジ。

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現在の「留守番」事情

「かぎっ子」という言葉が生まれたのは、昭和30年代後半のこと。共働きの親が増え、学校が終わって家に帰っても誰もいないため、自分で家の鍵を開ける「かぎっ子」が増加します。核家族化の進行や地域社会のつながりが薄れたことも、深く関係していました。

「かぎっ子」の増加は、教育面でも防犯面でも「問題が多い」という声が高まり、学童保育の設置や拡大につながっていきます。

昭和、平成、令和と、共働き世帯やひとり親世帯は増え続けました。しかしいつの時代も、働く親にとって「仕事をしている間、子どもを安心して預けられる場所や方法」をどう確保するかは、切実な問題であり続けています。

そんな中、2023年10月に埼玉県で自民党県議団が「埼玉県虐待禁止条例改正案」を県議会に提出。

「小学校3年生までの子どもを保護者が放置することを児童虐待とみなす」といった内容から「留守番禁止条例」と呼ばれ、子育ての当事者だけでなく県内各地の自治体の首長からも強い批判を受けます。批判を受けて県議団は、採決の前に提出を取り下げました。

【根深く残っている「昭和の呪い」】

・母親が家にいて子どもをしっかり見るのが“当たり前”だ

・「おかえり」と言ってもらえない子どもは健全に成長しない

・欧米のやり方を真似るのが正解であり世の中の進歩である

「昭和の大家族」を理想としているうちは前に進めない

トンチンカンな条例が成立しなくて何よりです。埼玉県の自民党県議団が県議会に提出しようとした改正案には、成人の「養護者」が小学校3年生までの子どもを「住居やその他の場所に残したまま外出することその他の放置」を禁じること、4~6年生については努力義務とすること、県民には通報を義務づけることなどが盛り込まれていました。

提出した県議団の団長によると、放置というのはたとえば、子どもだけで「集団で遊ぶ」「登下校させる」「留守番をする」「車の中に残して買い物をする」といったことだとか。

車の中に放置するのはさておき、子どもだけで遊ばせたり登下校させたり留守番させたりするのは、そんなにいけないことでしょうか。

常に親などの大人がそばに付いていろと言われても、多くの親にとって現実的には困難です。だいいち、いつもいつも親の目が光っているのは、子どもにとって本当にいいことでしょうか。

「もしものことがあったら」と心配する気持ちは、よくわかります。しかし、親が先回りしてリスクを摘み取れば摘み取るほど、自分で何も考えられない子どもになるなど、別の重大なリスクが増えていく可能性は高いでしょう。

「留守番禁止条例」の根底には、母親が専業主婦で祖父母が同居している「昭和の大家族」が理想という考え方が見え隠れしています。

そして、条例の問題点を批判するのはいいとして、感情的に強い反発を覚えるとしたら、自分自身の中にも「昭和の大家族」のような環境で子育てをしていないことへの後ろめたさがあるのかもしれません。

「昭和の大家族や昭和の子育ては素晴らしかった」なんて、過去を美化しているだけの幻想のイメージに過ぎないことは、誰もがわかっています。

昭和は昭和で問題点もリスクも山ほどありました。政治家のみなさんも親や祖父母も、幻想でしかない理想像の呪縛を振り払わないと、令和の現実の中で前に進んでいくことはできません。

親が堂々としていれば「大切な経験」になる

「欧米ではちょっとでも子どもから目を離すと逮捕されるらしい」といった類いの話は、かなり前から聞こえてきていました。

「留守番条例」を考えた人たちが、もし「欧米の真似をするんだから正解に決まってる」と思っていたとしたら、ずいぶんと昭和な発想と言えるでしょう。日本は日本の、我が家は我が家のやり方を探っていけばいいだけです。

ジイジ世代の自分は、幼稚園のころから歩いて30分の道のりを子どもだけで通っていました。友だちと外で遊ぶときに、親が見守っていた記憶はありません。

家は商店を営んでおり店舗と自宅が一緒だったのでひとり留守番する機会はありませんでしたが、小学生のころからおつかいはよく行きました。もし埼玉県の例の条例が成立していたら、すべて「虐待」です。

「いい時代だった」と言いたいわけではありません。昭和には昭和の、令和には令和の常識があります。ただ、子どもにとって「大人の目が届かない子どもだけの世界」を持つことは、とても大事ではないでしょうか。

留守番だって、しょっちゅう長時間をひとり家で過ごさせるのはどうかと思いますが、たまになら貴重で大切な経験です。

ウチの家庭も共働きだったので、小学生のころの娘がひとりで留守番することもありました。

娘が大人になってから、「子どものころ、ひとりで家にいるときに誰か入ってくる怖い夢をたまに見た」と話したことがあり、留守番をさせた妻はずいぶん胸を痛めていました。私は「単身赴任」の状態だったので、そんなことがあったことすら知りませんでした。

しかし、そのときの我が家はそうするしかなかったわけだし、あとから「ひとりで留守番させてごめんね。至らない親を許してね」なんて謝られたりしたら、娘はがんばって留守番したことへの誇りや自信を持てなくなります。

その当時も何十年かたったあとでも、かけるべきセリフは「ごめんね」ではなく「がんばったね。えらかったね」です。

留守番に限らず、親の都合で子どもに無理や我慢をさせることはあるでしょう。もちろん、際限なく無理や我慢をさせるわけにはいきません。

しかし「全体的にはまあまあちゃんと子育てをしている」という自信があれば、たまに無理や我慢をさせても大丈夫です。

子どもにとっては「大切な経験」になるはず。ただし、そのためには親が自分自身への言い訳のために過剰に謝ったり自分を責めたりせず、堂々としていることが必須条件です。

【令和のパパママに贈る言葉】

そうするしかない場合は、子どもだけで留守番させてみましょう。子どもにとって貴重な経験になるのはもちろん、親の側も「子どもの力や可能性を信じる」「心配な気持ちと上手に折り合いを付ける」という大切な訓練ができます。親も子どもに助けられながら成長していきましょう。

「赤ちゃんはまだ?」「独身は自由でいいね」等々、普段の何気ないやりとりの中に実はたくさんの“失礼”がひそんでいます。日常会話からメール、LINE、SNSまで、さまざまな局面で知っておきたい言葉のレッドラインを石原壮一郎氏がレクチャーする『失礼な一言』(新潮新書)。
いしはら そういちろう

石原 壮一郎

コラムニスト

コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、数多くの著作や各種メディアで...