【子どもの習いごと】「練習しない」「上達しない」の壁を超えるには? N響コンマス・まろさんに聞いた

NHK交響楽団特別コンサートマスター・篠崎史紀さんインタビュー#2 音楽の壁にぶつかった子どもに親ができること

ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター:篠崎 史紀

“まろ”は、小学生のころからのあだ名。江戸時代の浮世絵師・写楽が描いた浮世絵に似ていたことから、絵の作者を喜多川歌麿と勘違いした友人がつけたという。  撮影:日下部真紀

日本が誇る名ヴァイオリニストでNHK交響楽団特別コンサートマスターの“まろ”こと、篠崎史紀(しのざき・ふみのり)さんに伺う子どもと音楽について。

第1回は、音楽が子どもにもたらす好影響と音楽の始め方を伺いました。第2回は「練習しない」「上達しない」など、子どもが音楽の壁にぶつかってしまったときの対処法について。

やる気をなくした子ども、なかなかうまくならない子どもとはどう向き合えばいい? 親の抱えるモヤモヤをまろさんが解決します。

※2回目/全3回(#1#3を読む)公開日までリンク無効

篠崎史紀(しのざき・ふみのり)PROFILE
ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター。愛称“まろ”。3歳からヴァイオリンを始め、1981年にウィーン市立音楽院に入学。1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より特別コンサートマスターに。子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力しており、2024年4月、絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を初刊行。

子どもは1歩前に進めば自分の力で5歩進める

──「子どもが習いたいと言って音楽の習いごとを始めたものの、練習しない」というのは、親にありがちな悩みです。このようなとき、親はどう対応すればいいのでしょうか。

篠崎史紀さん(以下、まろさん) せっかく音楽を始めたのに、親や先生がストレスを与えるような教え方をしていたら、子どもはやる気をなくしてしまうかもしれません。

よくあるのは、つい「練習しなさい」と親が小言を浴びせてしまうこと。自分は何もしていないのに口だけ出してくる親ほど、子どもにとってうっとうしいものはないです(笑)。

親がどう接するかによって、子どもの未来は大きく変わると私は思っています。大人は“こうすればこうなるだろう”と、経験値でだいたいの答えを知っているから、つい先回りして結果ばかりを求めようとします。でも、子どもが本当に望んでいるのは、親が一緒に歩んでくれること。

子どもと本気で向き合うなら、親も一緒に音楽を始めることをおすすめします。親が共にがんばってくれたら、子どももがんばろうとやる気になるし、親子のつながりを深めるきっかけにもなる。子どものころに音楽を習っていて一度やめてしまった人も、また子どもと始めたらきっと楽しいですよ。

──子どものやる気を刺激する効果的な声がけはあるでしょうか?

まろさん 親は「◯◯くんは上手」「◯◯ちゃんは、もうこの曲を弾いている」などと、周りの子やきょうだいと比較しがちですが、あれはよろしくない。その子ども自身と比較して、自分の中の成長を認めてもらえると子どもはもっと伸びようとします。

「昨日より上手になったね」と言われれば、明日はもっと上手に弾こうとがんばるし、「姿勢がよくなったね」と褒められるだけでもうれしいものです。

そうやって、子どもに1歩前に進むことを教えてあげる。1歩進むことができれば、その後、自分の力で5歩前に進むことができる。

その大事な手助けができるのが親です。小言や他者との比較はやめつつも、成長や上達に関してはしっかり見て褒める。ここはお節介なくらいの関わり方で、ちょうどいいと思います。

300年近く前に作られた愛器・ストラディバリウスを手に「クラシック音楽は“再生と伝承”。いろいろな人の手に渡り、演奏されてきた楽器と接するだけで、歴史と共に歩んでいる気持ちになるの」と、まろさん。  撮影:日下部真紀

“習慣”になれば子どもは自ら練習する

──まろさんは、ご両親から一度も「練習しなさい」と怒られたことがないそうですが、それでも練習を続けられたのはなぜでしょう?

まろさん 極論を言うと、ヴァイオリンの練習は、私にとって歯を磨くのと同じだから。子どものころは歯磨きが面倒だったけど、今では歯を磨かないと気持ち悪いでしょう? それと同じで、練習しないと何だか気持ちが悪い。要は“習慣”なんです。

練習を強制するよりも大事なのは習慣づけで、小さいうちに毎日練習する習慣をつけたら、その子は毎日必ず練習するようになります。

私の場合よかったのが、習慣づけのタイミングでゴジラに出会ったこと。ヴァイオリンを始めてまもない4歳のころ、私の好奇心の対象だったのがゴジラ。

あの有名な『ゴジラのテーマ』は、ヴァイオリンの基本となるファーストポジション(※指の並び方)がきちんとできていないと弾けない楽曲で、夢中で練習しましたね。

「この曲が弾けたらゴジラに会えるんじゃないか」って。おかげで基礎が身について、ゴジラが私をヴァイオリン上手にしてくれました(笑)。

子どもに必要なエネルギーは、こうした好奇心や憧れ。「もっとうまくなりたい」「この人のようになりたい」という気持ちがあれば、子どもは前に進むことができると思います。

「憧れは、子どもを動かす大きなエネルギー。ヴァイオリンをかっこよく弾いている大人を見て、“あのお姉さんみたいになりたい!”と、いきなり音楽に興味を持ち始める子どももいますよ」とまろさん。  撮影:日下部真紀

達成感や満足感は最大のごほうび

──音楽は好きだけれど、なかなか上達せずに伸び悩む子もいます。こうした壁にぶつかったとき、親ができることはあるでしょうか?

まろさん 練習していてうまくいかないのなら、まずは絶対に怒らないこと。私は子どもたちに教えるとき、「努力はするな」と伝えています。なぜなら、響きが暗いから。楽しくないと、続けられないでしょ?

がんばっているのなら、子どもはきっと努力をしているのでしょう。大人は結果ばかり見てしまうけれど、そこには必ずプロセスがあるので、一歩進むには何を変えればいいのか、しっかりと観察してほしいと思います。

そして、うまくできたときはちゃんと褒める。子どもが達成感や満足感を得るのは、とても大事なことです。私たちが設立した「東京ジュニアオーケストラソサエティ」にはプロの大人を入れず、子どもの楽団員だけで演奏しています。それは、プロの大人と一緒に演奏すると、その演奏に引っ張られて子どもたちが弾けた気になってしまうから。

「自分たちだけで成し遂げた」「ここまで来られたんだ」という思いによって、子どもは前に進むことができる。達成感や満足感は、子どもにとって最高のごほうびです。

──わが子にもし音楽の才能がないなら、親として「もっと合う別のものを与えたほうがいいのでは?」という思いも浮かびます。まろさんの考えはいかがですか?

まろさん 子どもが自分でけじめをつけて辞めるならいいけれど、親が才能を見極めて勝手にストップさせる必要はないと思う。そんなのは子どもに失礼だもの。「継続は力なり」とはよく言ったもので、続けることによって見えるものが必ずあります。

そうじゃなかったら、いろいろなおもちゃを出して遊んで、散らかしている状態と一緒。おもしろいかもしれないけれど、いずれすべてのおもちゃが壊れてしまう。与えることだけに満足しないで、1個1個大切に使う方法を教えるのも親の役目かもしれません。使い方さえわかれば、子どもはぐんと才能を伸ばしますから。

ヴァイオリンでもピアノでも、子どもが演奏していると「そうじゃない」「ここはこう弾くべき」などと、親は口を出してしまいがちです。たしかに、楽譜にはそう書かれているかもしれないけれど、作曲家には楽譜に書けなかったことがあるわけです。

作曲家にどんな思いがあったのか、楽譜に書けなかったことを子どもに想像させて語らせたら、いっぱいしゃべりますよ。そうした“正解がない物事”をおもしろがることも、大人には必要ではないでしょうか。

─・─・─・─・─・─・

親の手助けで子どもは1歩前に進めれば、自分の力で5歩前に進める。

まろさんの言葉は、音楽だけでなく、勉強やスポーツなど、ほかの分野にもいえることではないでしょうか。親心からつい口を出してしまいがちですが、子どもと一緒に歩み楽しむことで、子どもの力をもっと伸ばすことができるのだと感じました。

第3回は、まろさんが感じる音楽の力と、初めての絵本についてお話を伺います。

取材・文/星野早百合

音楽の力がわかるまろさんの絵本

まろさんが子どもたちに伝えたい思いを込めた初の絵本『おんがくはまほう』(文:篠崎史紀、絵:村尾亘/リトルモア)。ひとりぼっちだった猫のマロ。大好きなヴァイオリンを弾いていると、次々と仲間が集まってきて……。音楽が持つ楽しさや不思議な力を親子で実感できる一冊。リズミカルで読み聞かせにもぴったり。

編集部おすすめの本『映画 窓ぎわのトットちゃん ストーリーブック』

アニメ映画「窓ぎわのトットちゃん」のストーリーブック。文章と約160点のアニメ絵で、映画の内容をたどることができ、すべての漢字がふりがな付きで小学校低学年からひとり読みできる。

※篠崎史紀さんインタビューは全3回(公開までリンク無効)
#1
#3

しのざき ふみのり

篠崎 史紀

Fuminori Shinozaki
ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター

愛称“まろ”。幼児教育専門家の両親の手ほどきを受け、3歳からヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学し、翌年にはコンツェルト・ハウスでコンサートデビューを果たし、ヨーロッパを中心に幅広く活動。 1988年に帰国し、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より、特別コンサートマスターに。「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を設立するなど、子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力している。 2024年、初の絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を出版。 ●公式HP MARO SHINOZAKI ●NHK交響楽団

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愛称“まろ”。幼児教育専門家の両親の手ほどきを受け、3歳からヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学し、翌年にはコンツェルト・ハウスでコンサートデビューを果たし、ヨーロッパを中心に幅広く活動。 1988年に帰国し、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より、特別コンサートマスターに。「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を設立するなど、子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力している。 2024年、初の絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を出版。 ●公式HP MARO SHINOZAKI ●NHK交響楽団

ほしの さゆり

星野 早百合

ライター

編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。

編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。