N響コンマス・篠崎史紀氏の子ども時代 「楽器が弾けると世界中に友達ができ戦争もなくせる」

NHK交響楽団特別コンサートマスター・篠崎史紀さんインタビュー#3 音楽の力と絵本に込めた思い

ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター:篠崎 史紀

「ゲームで遊ぶのもいいけれど、コンサートや美術館に連れていったり、自然に触れさせたり、子どものハートを育ててあげることが今の時代はいちばん大事かもしれない。ハートが育てば、世の中変わっていきますよ」と、まろさん。  撮影:日下部真紀
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ヴァイオリニストでNHK交響楽団特別コンサートマスターの“まろ”こと、篠崎史紀(しのざき・ふみのり)さんに伺う子どもと音楽について。

第1回は音楽が子どもにもたらす好影響と音楽の始め方、第2回は子どもが音楽の壁にぶつかったときの対処法について伺いました。

最終回となる第3回は、まろさんの音楽の才能をはぐくんだ子ども時代と、まろさんが感じる音楽の持つ力、そして、4月(2024年)に刊行した初めての絵本について。音楽家のまろさんが絵本を作った理由、絵本に込めた子どもたちに伝えたいメッセージとは?

※3回目/全3回(#1#2を読む)

篠崎史紀(しのざき・ふみのり)PROFILE
ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター。愛称“まろ”。3歳からヴァイオリンを始め、1981年にウィーン市立音楽院に入学。1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より特別コンサートマスターに。子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力しており、2024年4月、絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を初刊行。

まろ少年が生み出した音楽の“時短練習法”

──まろさんは子ども時代、どんなお子さんでしたか?

篠崎史紀さん(以下、まろさん) ウルトラセブンや仮面ライダー、ゴジラが大好きな、よくいる子どもの一人でした。ウルトラセブンになりたくて、毎日布団の上で空を飛ぶ練習をしたし、仮面ライダー自転車を買ってもらって、仮面ライダーになる気でいたし……ね、平凡でしょ?

唯一周りと違ったのは、子どものころから常にヴァイオリンがそばにあったこと。3歳のとき、幼児教育に携わる両親から習い始め、「楽器が弾けると、世界中に友達ができるよ」と言われて育ちました。

その言葉を信じて、ゾウと友達になりたいあまり、動物園のゾウの檻の前で一生懸命ヴァイオリンを弾いたのは4歳のころだったかな(笑)。

──かわいいエピソードですね。ヴァイオリンは、やはり毎日何時間も練習したんでしょうか?

まろさん そんなことはありません。だって、人間が集中できる時間は長くても90分くらいだから。大人は「音がしていれば練習している」「長時間練習しないと上達しない」と思いがちだけど、時間じゃない。必要な練習だけ集中してすれば、15分で終わるんです。

私が小学生のころ、1時間かけて練習するものを15分でできるようにするにはどうすればいいか、がんばって考え出した“時短練習法”があります。

それは、1日4小節と決めて、そこだけを練習する方法。次の日は5小節目から8小節目まで。最後に1回だけ通しで弾いて、弾けなかったところには楽譜にマルをつけておくの。これを曲の最後まで繰り返したら、練習が必要なところが一目でわかります。

1曲のうち、本当に弾けないところはだいたい5%くらい。そこだけを練習すればいいのに、毎日はじめから弾いて同じところでつっかえると、だんだんやる気がなくなるじゃない。15分集中して弾けなかったところが弾けるようになれば、「やった!」と前に進める。そういう練習なら楽しいし、毎日続けられるでしょう?

この練習法を思い付いたきっかけは、母の「できるところはやらないの。できないところだけ練習しなさい」という言葉でした。

まだ小学校に上がって間もないころ、学校のテストを白紙で出したことがあってね。先生に「どうして白紙なの?」と聞かれて、私が「わかっていることはやらなくていいでしょ。お母さんがそう言ってる」と答えたら、先生から家に電話がかかってきたんです。「どういう教育をしてるんですか?」って。

そうしたら、母は「息子はヴァイオリンをやっていて、『できるところはやらなくていい』と教えているんです。でも学校のテストを白紙で出すなんてねえ。何を勘違いしたんでしょうねぇ~」と軽く笑ってやり過ごし、私を責めなかったの。こういうときに焦ったり動じたりする親じゃなかったのは、ありがたかったですね。

ウルトラセブンやスターウォーズなど、まろさんが大好きなキャラクターグッズが詰まったヴァイオリンケースは宝箱のよう。友人が制作したという、ダースベイダーに扮したまろさんの版画絵も!  撮影:日下部真紀

音楽の力は人智を超える

──長年ヴァイオリンと共に生きてきたまろさん、音楽にはどんな力があると感じますか?

まろさん 16歳でウィーンを訪れたとき、宿舎だった修道院であるおじいさんに出会ったんです。彼は毎朝、私に会うたびにドイツ語で「音楽は素晴らしいから絶対に続けろ。音楽は人智を超える」と話しかけてきてね。

あまりにも不思議だったから、おじいさんの友人に聞いたら「彼は、音楽に助けられたんだよ。ナチスの強制収容所から生き延びて帰ってきた人なんだ」と。翌日、おじいさんにそのことをたずねると、無言で腕に刻まれた数字だけを見せられました。収容所で振られた番号だったのでしょう。

また、NHK交響楽団の指揮者だったロシア人のウラジーミル・フェドセーエフは、第二次世界大戦の激戦地・レニングラードの出身。子どものころ、もっとも非人道的な戦闘だったといわれる「レニングラード包囲戦」を体験しています。

周りの大人たちが次々と餓死し、フェドセーエフと友人たちが「もう死んだほうがいいんじゃないか」と絶望しかけたとき、ラジオからチャイコフスキーの『くるみ割り人形』が流れてきた。「やっぱり僕たちは生きなければいけない」と希望がわき、そのとき、音楽をやろうと決めたらしい。

私がヨーロッパに留学していたころ、周りには戦争を体験した人も多くいたし、テロも起きて大変な状況だったけれど、たとえ敵対する国同士であっても、ひとつの音楽を一緒に奏でることができました。今も戦争が起きていますが、音楽によってそうした争いをなくせるかもしれません。

だからこそ、世界中の人に音楽を奏でてほしい。音楽には目に見えない、人智を超えたパワーがあると、これまでの経験を経て私も思っています。

まろさんが人生で大事にしている言葉が「夢があるから人生は輝く」。「これは、モーツァルトが残した言葉。素敵でしょう? 夢は何歳になってもあっていいし、いくつあってもいいの」  撮影:日下部真紀

音楽を一緒に奏でれば誰でも友達になれる

──今年(2024年)4月、初めての絵本『おんがくはまほう』を刊行しました。音楽家のまろさんが、絵本を作ろうと思ったきっかけは何だったのでしょう?

まろさん これまでお話してきたとおり、親がどう接するかによって子どもの未来は変わると私は思っています。親が子どもに寄り添い、一緒に歩むためのひとつのツールが絵本。絵本は、親が読まないと始まらないでしょ?

親が子どもに読み聞かせてほしいから、文字をあえて小さくしました。親も仕事があるし自分のやりたいこともあるし、忙しいのはもちろんわかっているけれど、親子の時間は非常に大事なものです。この絵本を読んで、親子が共に過ごすコミュニケーションの時間にしてもらえたら。

──主人公は、ヴァイオリンが得意な猫のマロ。マロの演奏を聴いて集まってきた動物たちに、マロは魔法を使って楽器をプレゼントし、次々と仲間を増やしていきます。マロのモデルは、まろさんご本人ですね。

まろさん 子どもにとって最大の喜びは、友達が増えることだと思います。私が高校を卒業してヨーロッパへ行ったとき、人種や宗教、言葉の壁があったけれど、楽器を弾けば友達ができた。これは、ヨーロッパ生活でいちばん楽しかったことのひとつでした。

だからこそ絵本のテーマになっているし、この絵本は「楽器が弾けると、世界中に友達ができるよ」と私に教えてくれた両親への感謝状でもあります。

──マロがとなえる魔法の呪文「マーロマロ・テュッティ!」の響きがとってもかわいくて、筆者の小1の子どもがよくマネしています。

まろさん 「テュッティ」は、イタリア語源の音楽用語で「みんな一緒に」という意味。絶対に絵本の中に入れたかった単語でした。子どもって、呪文が好きでしょう? 新しいことが始まるワクワク感があるよね。「マーロマロ・テュッティ!」は、友達が増える魔法の呪文なんです。

猫のマロの前には、鳥、犬、ウサギ、クマ、ワニ、ハイエナ、コヨーテ……と、草食動物から肉食動物までさまざまな動物が現れて、音楽を奏でることで友達になります。これこそが音楽の持つ力。音楽は、人類最強のコミュニケーションツールなんです。

人種やジェネレーション、ジェンダー、宗教を超えて友達になれたら、戦争だってなくなる。世界は平和になる。そんなメッセージを子どもたちが何か少しでも感じ取ってくれたらうれしいですね。

─・─・─・─・─・─・

人と人をつなぐ音楽の力、そして、親子で歩むことの大切さを教えてくれたまろさんのインタビュー。子どものころ、練習が嫌でピアノを辞めてしまった筆者でしたが、取材の後、子どもと一緒に再びピアノの練習を始めました。

30年ぶりにピアノに向かう私と、まだ楽譜も読めない娘。わずかなひとときですが、親子のコミュニケーションの時間として大切にしていきたいと思います。

取材・文/星野早百合

音楽の力がわかるまろさんの絵本

まろさんが子どもたちに伝えたい思いを込めた初の絵本『おんがくはまほう』(文:篠崎史紀、絵:村尾亘/リトルモア)。ひとりぼっちだった猫のマロ。大好きなヴァイオリンを弾いていると、次々と仲間が集まってきて……。音楽が持つ楽しさや不思議な力を親子で実感できる一冊。リズミカルで読み聞かせにもぴったり。

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※篠崎史紀さんインタビューは全3回
#1
#2

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しのざき ふみのり

篠崎 史紀

Fuminori Shinozaki
ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター

愛称“まろ”。幼児教育専門家の両親の手ほどきを受け、3歳からヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学し、翌年にはコンツェルト・ハウスでコンサートデビューを果たし、ヨーロッパを中心に幅広く活動。 1988年に帰国し、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より、特別コンサートマスターに。「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を設立するなど、子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力している。 2024年、初の絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を出版。 ●公式HP MARO SHINOZAKI ●NHK交響楽団

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愛称“まろ”。幼児教育専門家の両親の手ほどきを受け、3歳からヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学し、翌年にはコンツェルト・ハウスでコンサートデビューを果たし、ヨーロッパを中心に幅広く活動。 1988年に帰国し、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より、特別コンサートマスターに。「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を設立するなど、子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力している。 2024年、初の絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を出版。 ●公式HP MARO SHINOZAKI ●NHK交響楽団

ほしの さゆり

星野 早百合

ライター

編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。

編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。