【音楽の習いごと】ふさわしい「子どもの年齢」と「教室の選び方」を名ヴァイオリニスト・篠崎史紀氏に聞いた

NHK交響楽団特別コンサートマスター・篠崎史紀さんインタビュー#1 子どもに音楽がいい理由と音楽の始め方

ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター:篠崎 史紀

篠崎史紀さんが手にしているヴァイオリンは有名なストラディバリウス(1727年製)で、数億円以上の価値とも。撮影の合間にさっと奏でてくれスタッフ全員感動した。  撮影:日下部真紀

子どもの習いごととして人気の音楽。「うちの子にも音楽を習わせたい」と考えているママパパも多いはず。音楽と触れ合うことは、子どもにどんな良い影響があるのでしょうか。また、音楽を始めるのに適したタイミングや方法とは?

NHK交響楽団(N響)の特別コンサートマスターで、今年(2024年)4月には子どもへ向けて絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を刊行した、日本を代表するヴァイオリニスト・篠崎史紀(しのざき・ふみのり)さんにお話を伺います。

※1回目/全3回(#2#3を読む) 公開日までリンク無効

篠崎史紀(しのざき・ふみのり)PROFILE
ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター。愛称“まろ”。3歳からヴァイオリンを始め、1981年にウィーン市立音楽院に入学。1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より特別コンサートマスターに。子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力しており、2024年4月、絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を初刊行。

音楽は人類最強のコミュニケーションツール

ベネッセコーポレーションが小学生とその保護者3096組に聞いたアンケート調査(※)によると、小学生の習いごとランキング3位が「ピアノ・電子オルガン」。女子だと「ピアノ・電子オルガン」は1位でした。

いつの時代も子どもの習いごととして人気の音楽。3歳からヴァイオリンを始め、NHK交響楽団の特別コンサートマスターとして活躍する“まろ”こと、篠崎史紀さんは、子どもと音楽の関わりをどう見るのでしょう。

──音感やリズム感がよくなるなど、音楽は子どもの成長に良さそうなイメージがありますが、どのような好影響が期待できるでしょうか。

篠崎史紀さん(以下、まろさん) ちょっと難しい話をすると、そもそも音楽は音を鳴らして神に感謝の祈りを捧げるために生まれ、自分の感情を伝えるコミュニケーション手段として発展したといわれています。

音楽のいい点は、まず、優劣がなく対等であること。ゲームや格闘技は大人が手を抜かないと子どもが負けてしまうけれど、音楽ならありのままで子どもと向き合えます。

そして、ジェネレーションギャップがないこと。クラシック音楽をはじめ、伝承音楽や童謡、民謡は、世代に関係なく同じ曲を同じように感じて演奏することができる。言語よりもずっと早く、同調意識を作れるのも音楽です。

子どものボキャブラリーは大人より圧倒的に少ないけれど、音楽なら自分の感情を相手に伝えられる。音楽によって、親子のコミュニケーションがより取れるわけです。

私が幼児教育の専門家の両親のもと、ヴァイオリンを始めたのが3歳のころ。両親から「練習しなさい」と怒られたことは一度もなく、ただ「ヴァイオリンが弾けると、世界中に友達ができるよ」と言われて育ちました。

子どものころはよくわからなかったけれど、両親の言葉は本当だったなと。人種や宗教が違っても言葉が通じなくても、一緒に楽器を弾けば友達になれる。音楽は、人類最強のコミュニケーションツールですね。

楽器の音は脳をリラックスさせる「共振共鳴音」

──音楽の中でもクラシック音楽がいいのでしょうか?

まろさん クラシック音楽や楽器の音がいいといわれるのは、共振共鳴音(きょうしんきょうめいおん)だからです。

共振共鳴音とは、例えば小川の音や鳥の声、波の音など自然界に存在する音のことで、聞いていると脳波が安定し、気持ちが落ち着いてリラックスします。そうした音を人工的に作れるのが楽器の音や人の声。再生機なら、蓄音器です。

反対に、強制振動音といわれる工事現場の音やクラクションの音などを聞いていると、気持ちが乱れてイライラし、脳が疲れてしまう。脳と心には密接な関係があり、脳にストレスを与えれば与えるほど心もストレスを抱えるわけです。

そうした共振共鳴音と強制振動音の違いから、子どもには生の演奏、中でもクラシック音楽を聴かせることを推奨します。でも……子どもにジュースと抹茶をあげたら、どっちを飲む?(笑) 抹茶と同じで、クラシック音楽の良さは年齢を追うごとにわかるものだと思うのです。

ときどき小さいうちからクラシック音楽が好きな子もいるけれど、そういう場合はたいてい、親もクラシック音楽好き。子ども、特に小さいうちは、親が好きなものに興味を持つもの。無理に聴かせなくても、親がクラシック音楽を聴いていれば、子どももだんだんと興味を持つのかもしれません。

アニメ映画『窓ぎわのトットちゃん』の作中で、トットちゃんの父・守綱さんがヴァイオリンを奏でるシーンは、まろさんが演奏を担当している。  写真:日下部真紀

映画『窓ぎわのトットちゃん』× NHK交響楽団 演奏シーン解禁!

映画『窓ぎわのトットちゃん』の映像と演奏中のまろさんが見られるYouTube。深い音色に圧巻させられる。

基礎を習得する最短距離は「家から近い音楽教室」

──音楽は子どもの習いごととして人気ですが、音楽を習い始めるのに適した年齢はあるでしょうか?

まろさん 何歳から始めてもいいし、大人になってからでもいいと思いますよ。音楽はプロをめざすためにやるのではなく、コミュニケーションツールですから。

よく「絶対音感を身に付けるなら小さいうちから始めるのがいい」と言われるけど、あんなのはウソ(笑)。訓練すれば誰でも身に付くし、そもそも私からすれば「絶対音感ってそれほど大事なもの?」と。音楽を始めるのに遅い年齢はないのです。

子どもの出会いのチャンスは、親が作るものだと私は思います。例えば音楽ならクラシックコンサートに連れていったり、目の前で楽器を演奏したり、好きになるきっかけを親がたくさんちりばめたら、子どもは興味を持って自分から動き出します。

「うちの子にはまだ早い」「子どもが嫌がるかもしれない」などと親がタイミングを見極めていたら、いつまで経っても出会いのチャンスはめぐってきません。

──まろさんは幼児教育で音楽を教えていたご両親からヴァイオリンを習ったそうですが、一般的な家庭では、どのように音楽を始めるのがいいでしょうか?

まろさん 小さいうちから楽器を始めるなら、ピアノかヴァイオリンがいいと思います。いろいろな楽器がありますが、子ども用の小さいサイズが作られてないの。

だから、まずはピアノやヴァイオリンから始めて、体ができあがる高校生以降に別の楽器に変える人も多いです。私の長男ももともとヴァイオリンをやっていたけれど、大学生のころに打楽器に変えて、今はティンパニ奏者ですからね。

習うのなら、おすすめは自分の家から近い、専門家のいる音楽教室。どんなに評判の教室でも、家から遠いところはおすすめしません。大人ならがんばって通えるけれど、子どもは遠い距離だとどうしても行くのがだんだん嫌になってしまいます。

あと、先生がその楽器の専門家であることも大切。なぜなら、基礎の習得まで最短距離をめざせるから。「守破離(しゅはり)」という言葉を聞いたことはありませんか? 茶道や芸道、格闘技の世界でよく使われる、千利休が提唱した修業の過程を示す言葉です。

「守(しゅ)」は師の教えをしっかりと守る基礎の段階、「破(は)」は自分のアイデアを足して「守」を越える自立の段階、「離(り)」は独自の世界を確立する創造の段階のこと。音楽も同じで、まずは「守破離」の「守」が大事。楽器の持ち方や音の出し方など、基礎の手ほどきをしてくれる人に習うのが早くて確実です。

そのうえで、やっぱり大事なのが、先生との相性。デタラメを教える先生はもちろんいないし、先生自身の良し悪しではなく、子どもと合うか・合わないか。これはもう直感でしかないけれど、合う先生であれば大丈夫。「先生のようにうまくなりたい」と憧れの対象ができるから、楽しく音楽を続けられると思いますよ。

─・─・─・─・─・─・

ジェネレーションを超えて、親子で向き合うことができる音楽。楽器の音色が与えるリラックス効果によって、お互い穏やかな気持ちでコミュニケーションが取れそうです。

また、「今から習い始めても遅いかな」と二の足を踏んでいた親には、音楽を始めるのに年齢は関係ないという朗報も! 音楽を習うことへのハードルが一段下がった気がしました。

第2回は、「練習しない」「上達しない」など、子どもが音楽の壁にぶつかったときの親の対応について、まろさんに伺います。

取材・文/星野早百合


【参考】※=【2024年版】小学生に人気の習い事ランキング! 平均費用や習っている数も紹介

音楽の力がわかるまろさんの絵本

まろさんが子どもたちに伝えたい思いを込めた初の絵本『おんがくはまほう』(文:篠崎史紀、絵:村尾亘/リトルモア)。ひとりぼっちだった猫のマロ。大好きなヴァイオリンを弾いていると、次々と仲間が集まってきて……。音楽が持つ楽しさや不思議な力を親子で実感できる一冊。リズミカルで読み聞かせにもぴったり。

編集部おすすめの本『映画 窓ぎわのトットちゃん ストーリーブック』

アニメ映画「窓ぎわのトットちゃん」のストーリーブック。文章と約160点のアニメ絵で、映画の内容をたどることができ、すべての漢字がふりがな付きで小学校低学年からひとり読みできる。

※篠崎史紀さんインタビューは全3回(公開までリンク無効)
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しのざき ふみのり

篠崎 史紀

Fuminori Shinozaki
ヴァイオリニスト、NHK交響楽団特別コンサートマスター

愛称“まろ”。幼児教育専門家の両親の手ほどきを受け、3歳からヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学し、翌年にはコンツェルト・ハウスでコンサートデビューを果たし、ヨーロッパを中心に幅広く活動。 1988年に帰国し、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より、特別コンサートマスターに。「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を設立するなど、子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力している。 2024年、初の絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を出版。 ●公式HP MARO SHINOZAKI ●NHK交響楽団

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愛称“まろ”。幼児教育専門家の両親の手ほどきを受け、3歳からヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学し、翌年にはコンツェルト・ハウスでコンサートデビューを果たし、ヨーロッパを中心に幅広く活動。 1988年に帰国し、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2023年4月より、特別コンサートマスターに。「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を設立するなど、子どもに音楽の楽しさを教える活動にも注力している。 2024年、初の絵本『おんがくはまほう』(リトルモア)を出版。 ●公式HP MARO SHINOZAKI ●NHK交響楽団

ほしの さゆり

星野 早百合

ライター

編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。

編集プロダクション勤務を経て、フリーランス・ライターとして活動。雑誌やWEBメディア、オウンドメディアなどで、ライフスタイル取材や著名人のインタビュー原稿を中心に執筆。 保育園児の娘、夫、シニアの黒パグと暮らす。