『グーニーズ』?『スタンド・バイ・ミー』?末原拓馬の冒険譚がエモい

想像を忘れた大人たちへ 劇団おぼんろ・末原拓馬が演劇と小説で紡ぐ愛に満ちた世界

ライター:横川 良明

撮影/三浦麻旅子

『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』へのノスタルジー。それは現実ばかり考えるようになってしまった大人が、頭の中で何でも思い描く力を持っていた子ども時代へ抱く憧憬かもしれません。この夏再演される舞台『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』は、小学生のときに提出できなかった夏休みの宿題をやり直すことになる物語。その魅力を“イケメン俳優オタク“として大人気のライター・横川良明さんが教えてくれます。

想像力があれば、本も演劇もどこへでも行ける

本は、ページをめくるだけで非日常の場所に連れて行ってくれる。たとえそれが電車の中でも、自宅のベッドでも、賑やかなカフェの片隅でも、本があれば私たちは物語の住人になれる。時間も場所も選ばない、本はいつでも使える魔法の扉だ。

そういう意味では、読書といちばんほど遠いのが演劇かもしれない。劇場に行かなければ観られない。時間も限られている。全然便利じゃないし、ポータビリティのカケラもない。

でもきっと本を好きな人は、演劇も好きになれると思う。本と演劇の共通点。それは、想像力を目いっぱい使うこと。本は文字だけ。あとは読者1人ひとりが、その情景を頭に思い浮かべる。演劇も同じだ。映画みたいに豪華なお城を建てることはできないし、CGだって使えない。その代わり、みんなが想像力を駆使する。想像力を膨らませば、そこは一瞬できらびやかな王宮になるし、魔法だって使える。

訪れた者に魔法をかける『おぼんろ』の世界

そんな観客の想像力を今最も信頼している演劇人が末原拓馬ではないかな、と思う。彼は自らが主宰を務めるおぼんろという劇団で、たくさんの物語をつくっている。養鶏所で出会ったキツネとヒヨコのお話もあった。人形同士が壊し合う見世物小屋のお話もあった。彼の紡ぐ物語は寓話的で、しばしば人間ではないキャラクターが登場する。

劇団おぼんろの主宰であり、脚本、演出、出演を務める末原拓馬。物語の力を信じていると、力を込めて語る。撮影/三浦麻旅子

それを、まるでボロキレのような、あるいは聖なる道衣のような衣装を身にまとった俳優たちが演じる(おぼんろでは、俳優のことを“語り部”と呼ぶ)。すると、人間であるはずの“語り部”たちが途端にキツネやヒヨコにしか見えなくなる。道化のように顔を白く塗り、頬に涙をあしらった“語り部”たちが、まるで幼い頃に初めて拾った子犬みたいに愛おしくて仕方なくなる。

劇場を彩る舞台美術も幻想的だ。布切れ。段ボール。流木。ランプ。人から見れば、ガラクタと言われるようなそれらを集めた美術は、揺るぎない美意識によって整えられ、他のどこにもない空間をつくり出す。客席に一歩足を踏み入れるだけで世界が変わる。スマートフォンやパソコンといった電子機器に管理されている日常とは、まったく違う世界に行ける。その快感は、幸福そのものだ。

おぼんろの“語り部”たちは、観客1人ひとりに読み聞かせをするように語りかける。その韻律は観客の脳に心地よく響き、まるでドロシーが竜巻に飛ばされオズの国へ迷い込んだように、観客を未知なる世界へと運ぶつむじ風となる。

そして物語が最初の山を迎えたとき、“語り部”たちは題名の描かれた大きな布を高らかに掲げる。それは海賊船の船出のようで、この航路が示す先にあるものを想像して、胸がはちきれそうになる。おぼんろは観客のことを“参加者”と呼ぶが、いつもこの瞬間にまさしく自分が物語の“参加者”になっていることに気づき、その美しい一体感になぜだか涙が出そうになるのだ。

美しくて残酷な冒険の旅が、始まる

おぼんろはこの夏、また新しく船を出す。タイトルは、『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』。人生に希望を見出せない初老の男性が、小学生のときに提出できなかった夏休みの宿題をやり直すお話だ。自由研究のテーマは“海を盗んでくること”。初老の男性は、かつての友人たちによく似た面影を持つ奇妙な仲間と共に、ベッドに乗って冒険の旅に出る。

おぼんろ公式チャンネル【瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった】

夏休みにぴったりの明るい冒険譚だ。昨年上演された初演を観たとき、僕は『グーニーズ』を思い出したし、『スタンド・バイ・ミー』に近いノスタルジーを覚えた。確かにあの頃の僕たちは何でも頭に思い描くことができた。片目のウィリーが遺した財宝はきっとどこかにあると信じていたし、線路の上を歩くだけでどこまでも行けそうな気がした。

でも大人になるにつれて、少しずついろんなことが想像できなくなった。海を見ても磯の香りのキツさに顔をしかめるようになったし、遠出をしようと誘われても日焼けと次の日の仕事のスケジュールの方が気になる。未知なるものに胸を膨らませる力を失った代わりに、現実的なことばかり考える大人になってしまった。

そんな僕を、末原拓馬のつくる物語は決してバカにせず、だけど、一回そういうものは全部置いて陽気に笑って楽しもうぜと誘いかけてくれる。新しい遊びを発明した子どもみたいに目を輝かせて、一緒に遊ぼうと手を引っ張ってくれる。

彼の紡ぐ物語は決して綺麗なだけじゃない。残酷な面もあるし、時に人生の厳しさに目を背けたくなる瞬間もある。でもそれらを引っくるめて、最終的に彼は愛を信じている。とびっきりの愛で、世界を変えられると信じている。だから、おぼんろを観ると心が洗われるのだ。世界を、愛を、僕も信じてみたいと思えるのだ。

昨年に続く公演だが、ダブルキャストとなり、演出もダイナミックに変わった。

末原拓馬が溢れる愛を絵筆にして描いた『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』がこの夏、再び上演される。しかも今回は、演劇だけではなく、児童文学としても出版される。演劇と本。2つで末原拓馬の世界が味わえるのだ。

ややこしい事前準備や難しい予備知識はいらない。必要なのは、想像力だけ。想像すれば、何の変哲もないベッドが、夢の世界へと進む船になる。ドロシーにもハックルベリーにもなれなかった僕たちが、もう一度、冒険の旅に出られる。それはきっと最高の夏の予定になると思う。

『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』
末原拓馬著 講談社
よこがわ よしあき

横川 良明

ライター

1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)が発売中。mi-molletにてエッセイ『自分のこと嫌いなまま生きていってもいいですか?』を隔週土曜に更新中。 twitter:@fudge_2002

1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)が発売中。mi-molletにてエッセイ『自分のこと嫌いなまま生きていってもいいですか?』を隔週土曜に更新中。 twitter:@fudge_2002