【宮城・岩沼で小6の震災語り部が誕生】少女が決意した背景にあるものと両親の2大教育方針

大震災後に生まれた私が「震災語り部」になったワケ #1 (3/3) 1ページ目に戻る

定例会で、副会長やそのほかの会員に向けて近況を報告する心彩さん(左から4人目)。心彩さんの右隣が兄の大遥さん、続けて母・明子さん。  写真:コクリコ編集部
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親は我慢! 子どもの主体性を育む鈴木家の2大教育方針

自身のことを「結構、人見知りなんです」という心彩さんですが、取材に緊張しつつも、自分の意見や感じたこと、考えたことを相手の目を見て、臆せずにしっかりと伝えてくれます。

震災や防災についても積極的に接点を持ち、震災語り部をやってみたいと希望したのも心彩さん本人です。

どこの家庭でも、我が子には主体的な子に育ってもらいたいと思うものですが、どのように子どもに接すれば自律心を育めるのでしょうか。鈴木家の子育てや教育方針について、母親の明子さんは次のように語ります。

「我が家は、親子でいろいろな経験をして、子どもと一緒に親もそれを楽しんで共有することを大事にしています。

あとは、危険なこと以外はあまり口出しや手出しをしないこと。ここは見守るぞと決めたら親はじっと我慢して、子どもに任せます。

これは子どもが幼いころの話になりますが、他のお子さんがちゃんと座って先生の話を聞いているなら、我が子も同様の態度が取れるように、親は注意したり、動き回る子どもを追いかけたりするものですけれど、鈴木家では先生のフォローもいただきながら、子どもの興味や行動を優先したことが何度もあります。

子どもが興味の赴くままに行動している間は、親は気が気でないことは確かです。でも、最後には子どもが『楽しかった!』なんて言いながら満面の笑みを浮かべて親のもとに駆け寄ってくるので、ここで我慢して良かったんだと思うことが度々ありました。

ですから、娘から震災語り部をやってみたいといわれたときは、震災の経験がないので大丈夫かしら……とは思ったんですけど、結局はやってみたらいいじゃんと背中を押しました」(明子さん)

入会を決意するまでには親子で会話を重ねたと母の明子さんはいいますが、心彩さんが入会を決めかねている裏では、防災イベントなどに一緒に参加をしてきた中学3年の兄・大遥さんも震災語り部になる意志を固めていきます。

そして最終的には2025年8月、心彩さんと大遥さんのきょうだいガイドが誕生。その後、2026年1月には子どもの活動をフォローしてきた父・浩也(ひろや)さんと母・明子さんも子どもに触発されて会に入り、家族で震災語り部として活動していくことを決断しました。

鈴木家は教育方針どおり、これからは震災語り部を通して、親子で伝承活動の経験を積み重ねていきます。

災害を子どもに伝えるときは「怖さ」だけではダメ

鈴木家はその教育方針を実践して、バザーや旅行など、親子でできることをさまざまに体験しています。しかし、イベントやスポーツ、音楽などとは違って、災害などのセンシティブな出来事は親子で共有しづらい内容です。

できるなら避けたい話題だけれど、子どもも無視できない事柄を、鈴木家ではどのように伝えているのでしょうか。

「津波や地震といった災害には怖さはありますが、我が家ではあの恐怖よりも、その先にある大事なことまで伝えるようにしています。

大事なことというのは『命を大切にすること』です。これを守るためにはどうしたらいいのか、というところまで落とし込んで伝えます。

私たち夫婦は、県内にある震災遺構の中浜小学校(屋上などに避難した児童と教職員、保護者ら90人の命を守り抜いた校舎)や、大川小学校(津波によって児童74人・教員10人が亡くなった学校)にも子どもたちを連れて見学に行っています。

テレビで原爆に関するニュースや画像が流れても、そのまま子どもたちに見せることもしています。

事実を隠さず伝えたあとは、これが起きないためには、命を守るためにはどうすればいいのかを子どもに考えさせ、家族で会話を交わすようにしています。

といっても、家族会議のように時間を設けるわけではなく、あくまでも生活の流れの中で話す感じです。それから、子どもの意見は『そう思っているんだね』と、できるだけそのまま受け止めるようにもしています」(明子さん)

大震災を知らない世代だけれども、「いわぬま震災語り部の会」で活動していくことを決心した心彩さんと大遥さんきょうだいの背景には、災害の事実を真っ正面から受け止め、自分にできることを主体的に考える姿があります。

また、それを育む鈴木家の教育からは、子どもの興味をできるだけ優先することや、センシティブな出来事でも隠さずに伝える大切さ、つらいことでも子どもと共有するコツをつかめたのではないでしょうか。


次回は、震災語り部としてデビューした心彩さん、大遥さんきょうだいの当日の様子や、ふたりの活動を支える原動力、すべての人に伝えたいことなどを紹介します。

取材・文/梶原知恵

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◆鈴木心彩(すずき ここあ)
2013年4月3日生まれ。父・浩也(ひろや)さん、母・明子(あきこ)さん、兄・大遥(たいよう)さんの4人家族。震災伝承や防災啓発を行う「いわぬま震災語り部の会」に、小学6年生時の2025年8月に入会。その後、同年9月27日に震災語り部としてデビューした。

【大震災後に生まれた私が「震災語り部」になったワケ】の連載は、全2回。
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※3月10日よりリンク有効

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梶原 知恵

KAJIWARA CHIE
企画・編集・ライター

大学で児童文学を学ぶ。出版・広告・WEB制作の総合編集プロダクション、金融経済メディア、外資系IT企業のパートナー会社勤務を経て現在に。そのなかで書籍、雑誌、企業誌、フリーペーパー、Webコンテンツといった、さまざまな媒体を経験する。 現在は育児・教育からエンタメ、医療、料理、冠婚葬祭、金融、ITシステム情報まで、各媒体の企画・編集・執筆をワンストップで手がけている。趣味は観劇。特技は長唄。着付け師でもある。

大学で児童文学を学ぶ。出版・広告・WEB制作の総合編集プロダクション、金融経済メディア、外資系IT企業のパートナー会社勤務を経て現在に。そのなかで書籍、雑誌、企業誌、フリーペーパー、Webコンテンツといった、さまざまな媒体を経験する。 現在は育児・教育からエンタメ、医療、料理、冠婚葬祭、金融、ITシステム情報まで、各媒体の企画・編集・執筆をワンストップで手がけている。趣味は観劇。特技は長唄。着付け師でもある。