首都圏から沖縄の美しい離島に3人の子どもと移住したまちだファミリー。
豊かな自然に優しい島民、小学校の生徒数は少なく、先生はしっかり子どもに寄り添ってくれる。子どもにとっても最高の環境かと思いきや、長男(小4)と次男(小2)はコロナの休校明けから「学校に行きたくない」と言いだしました。
学校に行かない日々で、子どもたちの過ごし方やママの不安とは。そんななか、末っ子の長女も小学校に入学しますが……。
●2回目/全4回(#1を読む)
夫婦の考えとオンライン習い事
2020年初夏、コロナの休校明けとともに始まった長男(小4)と次男(小2)のめまいと登校しぶり。子どもが学校に行かないことに対して夫は「行きたくないなら無理して行かなくてもいいんじゃない」との意見でした。
もともと夫は、子どもに対してあまり心配するそぶりを見せないタイプです。仕事が忙しく、子どもと一緒に過ごす時間は少なめですが、遊ぶのが上手で心をうまくつかみ信頼を集めています。
登校しぶりや不登校について、夫は何か行動したり調べたりはほぼしません。でもそれは、私がリサーチ魔なことをよくわかっているから。ときどき「少しくらい調べてよ!」と思ったりもしますが、どっしり構えてくれていたことは家族にとってよかったと思います。
この時期、小4の長男はオンライン授業で人気の習い事「探究学舎」を受講し始めました。受講すると、保護者向けにも“部活”と呼ばれるコミュニティがあるため、「ホームスクール部」をたまにのぞいていました。その名のとおり、学校に行かずに過ごしている親子がやりとりをしています。
学校に行ってない平日も親子で家庭学習をしていたり、子ども同士が「マインクラフト」などのゲームでオンラインのコミュニケーションをとっていたり、前向きに過ごしている姿もありました。
探究学舎の代表である宝槻泰伸氏は3兄弟で、3兄弟全員が高校や塾に通わず京都大学に進学したという驚きの経歴でも有名です。その育ちについて記した著書も読んでいたので、学力や学歴はともかく、“学校に行かなくても子は育つ”とはどこか私の頭の片隅にあったように思います。
コロナによる休校期間も、その後の登校しぶり期間も、宝槻先生の本や、オンラインで出会った人たちに大いに励まされていました。
長男6年生・次男4年生・長女1年生 3人とも自由登校状態に〔2021年・沖縄〕
登校しぶりと不登校の間のような1学期を終え、夏休みに入ると、2人ともめまいが出なくなりました。夏休みというと一般的には、「夏休みが早く終わってほしい」「毎日のお昼ご飯しんどい」などの声が多いですが、わが家にとっては、もはや登校のプレッシャーがなくてほっとできる期間です。
めいっぱい遊び、すっかり元気な子どもたちの様子に「やっぱり学校がストレスなのかもしれないね」と夫と話していました。予想どおり、2学期になるとまためまいが出る日々に逆もどり。学校へは行ったり行かなかったりを繰り返していました。
2021年の春、長男5年生と次男3年生に進級してからは、それぞれの担任の先生が好きだったこともあり、2人とも楽しそうに登校する日が増えました。私もやっと明るい兆しが見えてきたようで、少しホッとした気持ちに。
でも登校が続いたと思えば、週末や連休明けの学校が始まった夜には「くらくらする……」と家でエネルギーチャージをするかのように休んでいました。
翌年の2022年4月には、保育所に通っていた娘もとうとう小学生に。長男6年生、次男4年生、長女1年生になりました。3人が同じ小学校に通えることで学校行事などが同日になるので、本当であれば3人の入学は私にとっても楽しみなことでした。
ただ、相変わらず登校はなかなか安定しません。
さらに小1になった娘まで「今日はお母さんと一緒にいたいから休みたい」「おなかがいたい」と言いだしました。長男は「くらくらするから」と欠席、次男は朝の支度が進まず9時過ぎに登校する。
日によって状態の異なる3人の自由すぎる登校スタイル。これまで極力ポジティブに考えてきた私も「本当にこのままでいいのかな」と不安がつのり始めました。
3人が不登校状態になり、実はけっこうしんどかったことが、毎朝の学校への連絡です。これは不登校の保護者の間ではあるあるとして語られることが多いと思います。
私も、マジメに毎朝電話をしていました。そのたびに、「あー、また休むんだって思われてる」「甘い親だと思われてるのかなあ」と、さまざまな思いが頭をよぎるのです。
離島で人との距離感が近いからか、担任の先生とLINEでもつながっていたため、途中から、朝の欠席連絡はLINEでするようになりました。
それでも、毎朝「今日はどうするの?」「先生に何て連絡するの~!」と子どもたちに声をかけて、先生にLINEをする。たったこれだけのことでも、毎日続くとじわじわと心に負荷がたまっていくのです。途中からは夫に連絡を頼んでいました。
今思えば、「行く日に連絡するので、毎日連絡はしなくてもいいでしょうか」の一言を伝えればたぶんよかったはず。「不登校の欠席連絡はしなくていい」「連絡はしないと学校に伝えた」との体験談を近ごろは多く見聞きするようになり、バカ正直に毎日連絡することなかったんだ! と思っています。
特にこの年は、次男のめまいがひどく、1学期は50日くらいある中で30日ほど欠席していました。さらに、2学期になると、とうとう長男がかたくなに学校に行かなくなりました。
幸い、先生や友達の多くは「◯◯(長男の名前)は今はこういう選択をしているんだね」と子どもたちの気持ちを尊重したスタンスで受けとめてくださったので、オンラインで授業中に入らせてもらったり、途中から登校したり下校したり。
3人ともそれぞれの状態に合わせて対応してもらいました。どうしたらいいのか、親も先生も本当は戸惑いがあったように思いますが……。
勉強面では特別な対策はとりませんでしたが、休みがちだった次男の担任の先生は、放課後たまにプリントを届けにきて、その日に進んだ部分を玄関先で教えてくれることもありました。
子どもたちは、日中はパソコンでプログラミングソフトのScratch(スクラッチ)を作る、コマ撮りアニメを作る、映画を見る、漫画を読むなど思い思いに過ごしていました。
放課後になると、何ごともなかったかのように友達と家を行き来して、外で駆け回ったり、ゲームをしたり。ある意味、毎日が夏休みのような過ごし方をしていました。
公立学校の形が合わないのかも?
子どもたちが通っていた離島の小学校は少人数とはいえ普通の公立小です。決まった時間に席について、みんな同じ活動をします。当たり前のことですが、その“当たり前”がうちの子どもたちに合わなかったのかもしれません。
3人とも、学校という集団の中で思いのままに過ごしたり、ためらわず発言をしたりするような活発タイプではありません。学校に行くと、比較的落ち着いて活動しています。でも、それを積み重ねると、どこか我慢をしているのか、めまいなど体に不調が出てしまう。
特に家庭内外でいつも「優しい」と評される次男は、かなり気をつかっている様子でした。次男は3年生ごろからいつの間にか先生に敬語を使うようになりました。もちろん、誰かに強制されたわけではなく、周りの子たちは親戚に話しかけるようなテンションで先生と話しているのに、です。
先生や先輩にタメ語を絶対に使えない私と似ているなあと苦笑してしまいました。そんなに気をつかうことないんだけどなあ……。きっと性格なんでしょう。
「無理をしないで」って言ってくれる優しい人に囲まれているけれど、少しはがんばらせないとダメなんじゃないか? 親が甘いからラクなほうを選んで学校に行かないのでは? と落ち込むこともありました。
スクールカウンセラーに相談もしていましたが、離島なので発達特性を詳しく知る検査や、フリースクールなどのサポート機関とはなかなかつながれません。
学校に行かないのであれば、習い事など、サードプレイスがあるといいのでは、もっとより良い選択肢があるのではないか、自分には見えていないより良い相談先があるのではないかなど、揺れ動く毎日。
11月には、一大イベントの運動会がありました。島では、運動会は地域の人も参加する大イベント。次男と長女は嬉々として参加していましたが、小学生最後の運動会の練習も、長男はかたくなに行きません。
当日、全員でエイサーを踊っているとき「どうしてここに長男はいないんだろう」と思うと、切なくて涙が込み上げてきました。人数が少ないからこそ、学校に行かないことや、行かないことでできない経験があることがかえって目立つように思えたのです。
〈つづく〉
※【離島で子どもが不登校! 3児ママの“不登校”奮闘記】は全4回(公開日までリンク無効)
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まちだ 結衣
東京都出身。 東京学芸大学卒。小学校教諭免許所持。 教育や子育て分野で取材記事やコラムを執筆・編集。2男1女の母。子どもたちの不登校を機に、フリースクールやホームスクールなど学び方を模索中。 ・X(旧Twitter) yuimachi123
東京都出身。 東京学芸大学卒。小学校教諭免許所持。 教育や子育て分野で取材記事やコラムを執筆・編集。2男1女の母。子どもたちの不登校を機に、フリースクールやホームスクールなど学び方を模索中。 ・X(旧Twitter) yuimachi123