大人の涙腺を崩壊させる長谷川義史の「自伝的絵本」を一挙紹介!

父、母、先生ときて『ミーコ』で幼き日に飼ったネコを描くまで

児童文学作家、児童文学評論家:ひこ・田中

子どもの頃に飼ったネコとの思い出がもとになって生まれたミーコ

泣ける自伝的絵本群をご存じですか?

絵本作家、長谷川義史さん。
すでに日本絵本賞、講談社出版文化賞、小学館児童出版文化賞、産経児童出版文化賞……などなど数々の受賞歴を誇り、『どこいったん』(ジョン・クラッセン)、『あめだま』(ペク・ヒナ)といったベストセラー絵本のテキストを翻訳したことでも知られています。

関西にお住まいの方であれば、テレビ番組でスケッチ旅行をされている姿をご覧になった方も多いでしょう。
では、長谷川さんに、幼き日のご自身を描いた自伝的な作品群があることをご存じでしょうか?

すでに刊行されている3作の絵本には、それぞれ、早くに亡くなった父親との思い出、シングルマザーとして2人の子どもを育てた母のたくましさ、そして、絵という表現方法で世界とつながれることを教えてくれた小学校の先生が描かれています。

その作品群に、この(2024年)11月、新たな一作が加わりました。
タイトルは『ミーコ』といいます。そこに描かれるのは、幼き日にもらってきたネコとの日々です。

この絵本群はもちろん、小学生であれば読めるよう、ひらがな、かつ、やさしい文章で構成されています。しかし、大人たちが読んでも、父、母、先生という自らも幼き日にさまざまな感情をぶつけた存在を思い、ふと気づくとじわりと涙がにじんでしまうのです。

長谷川義史さんの自伝的作品群について、絵本・児童書の評論でも定評のある作家、ひこ・田中さんが読み解きました。

父との思い出、父への思いがあふれ出す

これまで講談社から出版された長谷川義史の絵本3冊『てんごくの おとうちゃん』、『おかあちゃんが つくったる』、『おおにしせんせい』は、いずれも自伝的要素に満ちています。

おそらくそれは偶然ではなく、自身の生い立ちを描いた作品群を、個々に独立したものであるとはいえ、一つの家族の物語としても捉えてほしいとの願いが込められているのでしょう。

『てんごくの おとうちゃん』はタイトルどおり、少年が1年生のときに亡くなった父親との思い出と、亡くなってからの出来事を綴っています。

せっかく父親からプレゼントされたウクレレの弦を張りすぎてしまい、それを壊してしまったこと。
図工の授業でお父さんの絵を描くことになって、父親がいないことで先生に気を遣わせてしまったこと。
万引きをしそうになったけど、それで地獄に落ちたら、天国にいる父親と会えなくなると思って踏みとどまったこと。

亡くなった父親を大切に思っている子どもの心情がよく描かれています。
亡くなった父との思い出が綴られる『てんごくの おとうちゃん』。

父亡き後、たくましく2人の子どもを育てる母

『おかあちゃんが つくったる』では、少年の母親がどのような人物かが語られていきます。

柔道や剣道の道着を縫う仕事をしている母親は、夫が亡くなった後、2人の子どもを抱えて懸命に生きています。

少年は、ジーパンが欲しいとねだります。

すると母親は、道着の生地でジーパンもどきを作ってくれます。貧乏でお金がないから買えはしなくとも、なんとか子どもの希望に添いたいという親の気持ちです。

もちろんこのジーパンもどきを穿いていくと友だちに笑われるのですが……。

また、学校で父親参観があるのですが、少年には父親がいません。
父親を作ってくれと駄々をこねる少年に、母親はどう対応したかーーそこがこの作品の見せ所です。
母親のたくましい愛情が描かれる『おかあちゃんが つくったる』。

「絵」で生きていけると教えてくれた授業

この2作で長谷川は自分の生い立ちを、3作目の『おおにしせんせい』で自分が画家になったきっかけを描きます。

それは5年生になって1週間目、図画工作の時間です。

おおにし先生が、今日は6時間全部を図工に使うと宣言します。

時間割りが絶対的な計画案である学校の子どもたちにとって、これは驚きの決定だったでしょう。

しかも図画の時間は、太い16号の筆1本だけを使うとのこと。
太い筆を使うと自然に体が動き、体が動くと心も動くというわけです。

最初は今ひとつ意味がわからなかった少年ですが、絵の題材にした学校の廊下を描いていると、そこは絵の具の茶色ではなく、さまざまな色が混じって、匂いも混じっていることに気づきます。

ただ眺めて描くのではなく、心で反応し、心のままに描いていくこと。その最初の一歩を少年は踏み出します。

長谷川はここで、少年が家族や友だちとの閉じた世界から、その外にある表現しても表現し尽くせない開かれた世界への眼差しを手に入れた姿を描くのです。

まだ5年生の少年はこの先、筆を手放すことはないでしょう。
ひとりの少年の道を切りひらく授業に魂が震える『おおにしせんせい』。

少年の飼いネコへの愛しさが詰まっている

そして長谷川は、最新作『ミーコ』(2024年11月刊)で、2年生のときの子ネコとの思い出を語ります。

いつもより柔らかな色合いと、穏やかな筆遣いに驚かれる方も多いと思います。

少年は姉と一緒に、子ネコが生まれたばかりのよしださんのところへ行き、一番かわいいと思う子をもらって帰ります。
少年は、よしださんの家でミーコと出会います。
ミーコと名付けたその子ネコを、いかに少年が愛おしく思っているかは、わたしも抱きたいと手を伸ばした姉を見る少年の目つきから、誰にもわかることでしょう。

彼は独占的にミーコをかわいがりたいのです。

それは、1年前に父親を亡くした少年が、ミーコの父親のように振る舞うことで、自分の喪失感を埋めている姿かもしれません。

少年は大切に大切に、ミーコを育てています。

「からだの けは やわらかく。おなかから あしの ところを なでると、あたたかい はだは すきとおるようで、ぼくの ゆびに ミーコの ほねが あたった。」
少年のミーコへの愛情が伝わってくる
でも、よしださんが、ミーコの兄弟を連れてやってきたとき、少年はミーコが他のネコと比べて小さいことを痛感します。愛情をかけて懸命に育てているのに……。

ミーコは近所のネコのようには外で遊びません。ずっと家の中にいます。

それが不思議でたまらない少年が理由を尋ねると、母親は、

「この こ からだが よわいねんなあ」

と答えます。生まれつき虚弱なのです。

ミーコが大好きなのに、腹を立ててしまう自分

それでもミーコはある日、家の塀を登ろうと必死にチャレンジします。それを応援する少年の気持ちはよくわかります。

祭りを見せようと連れていくと、腰を抜かしてしまうミーコ。

少年の心は複雑です。

ミーコは大好きなのに、みんなの笑いの対象になっている。

ぼくはそれが悔しいし、悲しいし、ミーコに腹を立てている自分がいることも知っている。

飼う、つまり命を預かるという行為は、愛することはもちろん、こういう感情のすべてを含んでいます。
おそらくはそのことを少年はミーコとの毎日から学んでいったのでしょう。

やがて別れが訪れ、それは少年にとって悲痛なことなのですが、最後に長谷川は、かわいいミーコを描くことで、ミーコと少年の短い日々を暖かく包みます。
ミーコのあまりの小ささ、弱さに揺れる少年の心……。

1年生→3年生→5年生→2年生……

それぞれ単独で読める絵本ですが、一つのシリーズのとして眺めると、1年生の『てんごくの おとうちゃん』、3年生の『おかあちゃんが つくったる』、5年生の『おおにしせんせい』、そして2年生の『ミーコ』という順に作品は仕上げられています。

何故この順番に刊行されたのかと考えてみてもおもしろいでしょう。

この順に読んだわたしは、少年が5年生になって心のままに表現することに目覚めたのをすでに知っていたので、ミーコとの別れの辛さを痛く感じながらも、この少年はいつかその悲しみを絵で表現するのだろうなと思いました。

作者の側に立って言えば、すでに『おおにしせんせい』を描いていることで、『ミーコ』で少年が悲しみの中に座り込んでしまっていたとしても、いつか立ち上がる道筋は示しています。

ですから、少年が感じたありのままを、心の奥底まで入り込んで描くことが可能になったのではないかと思います。そうしても少年は大丈夫だと。

どうであれ『ミーコ』は一人の少年が子ネコを飼う喜びから、死と直面する悲しみまでを描ききっていて、長谷川の代表作のひとつとなるでしょう。

1年生、3年生、5年生、2年生と描いてきた長谷川が次に描くのは4年生でしょうか。楽しみなことです。
長谷川義史さんの最新作『ミーコ』
『ミーコ』刊行記念
原画展と長谷川義史さんトーク&サイン会を開催!


講談社『ミーコ』刊行記念原画展
日時:2024年11月30日(土)~12月20日(金)
ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店入口 原画展スペース

長谷川義史さんトーク&サイン会
日時:2024年12月01日(日)15:00~16:30

① トーク&サイン会 15:00~ 限定30名 整理券をお持ちの方先着順
整理券をお持ちでない方はお入りいただけません。ご同伴の方で整理券をお持ちでない方は、会場外でお待ちいただきます。

② サイン会 16:00~ 整理券をお持ちの方先着順 ①が終了次第のご案内となります。

会場:ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店特設会場 (あべのハルカス近鉄本店ウィング館7階 街ステーション)
対象書籍:講談社「ミーコ」(11月中旬刊行予定)

ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店にて、対象書籍をご購入のお客様に、一冊につき一枚、整理券をお渡しいたします。
書籍をご購入の上、上記特設会場にお越しください。
事前に電話にてお取り置きも承ります。

お問い合わせ先:06(6626)2151 
ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店10:00~20:00
ひこ たなか

ひこ・田中

Hiko Takanaka
作家

1953年、大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。1990年、『お引越し』で第1回椋鳩十児童文学賞を受賞。同作は相米慎二監督により映画化された。1997年、『ごめん』で第44回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。同作は冨樫森監督により映画化された。2017年、「なりたて中学生」シリーズ(講談社)で第57回日本児童文学者協会賞を受賞。ほかの著書に、『サンタちゃん』『ぼくは本を読んでいる。』(ともに講談社)、「モールランド・ストーリー」シリーズ(福音館書店)、『大人のための児童文学講座』(徳間書店)、『ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?』(光文社新書)など。『児童文学書評』主宰

1953年、大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。1990年、『お引越し』で第1回椋鳩十児童文学賞を受賞。同作は相米慎二監督により映画化された。1997年、『ごめん』で第44回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。同作は冨樫森監督により映画化された。2017年、「なりたて中学生」シリーズ(講談社)で第57回日本児童文学者協会賞を受賞。ほかの著書に、『サンタちゃん』『ぼくは本を読んでいる。』(ともに講談社)、「モールランド・ストーリー」シリーズ(福音館書店)、『大人のための児童文学講座』(徳間書店)、『ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?』(光文社新書)など。『児童文学書評』主宰