2022.05.18

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辞書引き学習で国語の成績が向上…国語辞典のレジェンドに聞くスゴ技

“自学自習”のススメ 辞書編集者・神永曉さんインタビュー#3

木下 千寿

5月18日は「ことばの日」。そこで、『美しい日本語101』『悩ましい国語辞典』の著者で、37年間ほぼ辞書編集一筋、国語辞典ファンの読者からは「レジェンド」と称される神永曉さんに、「ことば」にまつわる知識や、「辞書を使った学習」についての、深い話をお聞きしました。

読者から「レジェンド」と称される辞書編集者・神永曉(かみながさとる)さん

元小学館辞書編集部編集長の神永曉さんは、37年の間、辞書編集に携わり、日本最大規模の国語辞典『日本国語大辞典 第二版』をはじめ、さまざまな辞書を世に送り出してきました。

数多くのことばと触れ合う中で得た自身の経験を活かし、『辞書編集者が選ぶ 美しい日本語101』『悩ましい国語辞典』など著書を発表、講談社から刊行されたビジュアルずかん「日本のことばずかん」シリーズの監修などを通じ、ことばの面白さを多くの読者に伝え続けています。

辞書を使ったユニークな学習法“辞書引き”学習セミナーについて、また「日本のことばずかん」シリーズを通じて親子に届けたい想いを語っていただきました。

神永曉さん監修の『日本のことばずかん いろ』より
名作に登場する「色にまつわる美しい日本語」に写真や葛飾北斎の絵を添えて紹介している

辞書編集者・神永曉さんインタビュー#1
辞書編集者・神永曉さんインタビュー#2
辞書編集者・神永曉さんインタビュー#3
↑今回はココ

辞書引き学習の最終目標は「自ら調べて学び、身につける」こと

神永さんは辞書編集者としての経験を活かし、2014年に深谷圭助中部大学教授と「こども・ことば研究所」を共同設立。日本全国で、“辞書引き学習セミナー”を開催しています。

辞書引き学習とはいったいどのような内容なのか、またその狙いをお聞きしました。

「学習セミナーの導入では、子どもたちにことばの面白さの話をしたいと思っていて、対象が小学3~4年生ぐらいの生徒さんの場合は、『うんち』と『うんこ』の話をしています(笑)。もちろん、学校や主催の方々の許可を得たうえで、ですが。

みなさんご存知のように『肛門から排泄される食物のかすや、腸粘膜からの分泌物などのかたまり』を指すことばですが、『うんち』『うんこ』『大便』『糞(くそ/ふん)』などいろいろな言い方がありますよね。

『<うんこ><うんち>の“うん”は、出すときに<うんっ>と気張るところからきているんだよ』などと話すと、子どもたちは非常に興味をもって話を聞いてくれます。またここで和語と漢語の違いなども説明できますから、とてもいいネタなんです(笑)」

辞書引き学習セミナーの様子

「後半は子どもたちに辞書を持ってきてもらい、自分の知っていることばや好きなことばを探してもらいます。見つけたら、調べたことばを付箋に書いて、引いたページにペタペタと貼っていきます。

この辞書引きの作業に入ると、普段はにぎやかで落ち着きのない子どもも、黙々と辞書を引き始めるんですよね。保護者の方にその様子を見守ってもらうこともあるのですが、『自分の子どもがこんなに集中力を発揮するのを、初めて見た』と驚かれる方が多いです。

辞書に付箋が増えていくと、『自分はこれだけやったんだ』と目で見て分かりますから、自信がつきます。この作業を通して、子どもたちは『辞書にはこういうことが載っているんだ』と知り、やがて辞書を“読む”ようになっていきます」

「辞書引き作業」に夢中になる子どもたち

“辞書引き学習”と銘打ってはいるものの、辞書を引くことだけが目的ではない、と神永さんは言います。

「辞書を引くことが身近になれば、もちろん語彙力がつきます。ある小学校の調査では、辞書引き学習を行った生徒たちの国語の成績が向上したという結果が出たそうです。

しかし私たちが考える辞書引き学習の最終目的は、“自学自習”なんです。自分で調べて学び、自分でなにかしら身につけていく、そういう力をつけさせたいと思っています。『知りたい』という気持ちをエネルギーにもっと広い世界へ飛び出し、自ら調べて学ぶ楽しさに目覚めてもらえればというのが、いちばんの願いです」

付箋でいっぱいになった参加者の辞書

日本人の心や歴史、文化に想いを馳せることができるビジュアル図鑑

ことばをビジュアル化したユニークな図鑑「日本のことばずかん」シリーズの監修に携わった神永さん。書籍の企画を聞いたときは、「ちょっとやられたな!」という想いがあったそう。

「ことばをビジュアル化するという発想が、辞書編集者にはあまりないんです。ことばを写真で見せるというのは考えてきませんでしたし、何かを作るとなると、辞書的な発想で、五十音の“あ”から“ん”、とにかく網羅的にすべてやらなければならないという頭になってしまう(笑)。

空や色、数など切り口に合わせて載せることばを選び、ことばに沿った美しいビジュアルで構成する本というのは『絶対に売れるな』と思いました。ビジュアルでことばの楽しさや面白さが伝わる、そんな本になっているのではないでしょうか」

神永曉さん監修の『日本のことばずかん いろ』より

「たとえば色というのは、ことばで説明しようとすると非常に難しく、辞書編集者にとって大きな壁なんです。私もかつて、辞書の口絵に色の見本を出して解説したりもしましたが、辞書ではどうしてもそこ止まりになってしまう。

『日本のことばずかん』ではたくさんの色の名前を取り上げ、色を表すことばがどのようにして生まれ、人々の生活の中に浸透していったのかまで踏み込んで解説しています。さまざまな色の名前を知るだけでなく、そのことばを使ってきた日本人の心持ちや歴史、文化などを感じ取ることができるはずです」

「単にことばの意味を解説するだけでなく、そのことばに関わる文学作品を取り上げている点もいいなと思います。色のことを書いている文学作品というのは、けっこうあるんですよ。

色に興味をもち、その色が出てくる文学作品の一節に触れ、気になってその小説を読みたくなる。そういうふうに興味の幅が自然と広がっていくつくりの図鑑です。子ども向けに作られたものではありますが、親世代の大人が読んでも十分に楽しめ、『もっと知りたい!』と知的好奇心がかき立てられると思います。ぜひ親子で読んで、楽しんでいただきたいですね」

どこから読んでもOKな辞書でたくさんのことばに出会ってほしい

最後に、長く辞書編集に携わってきた立場から、読者の方々にどのように辞書や図鑑を楽しんでもらいたいか、メッセージをいただきました。

「辞書や図鑑は、文学作品とは違ってどこから読んでもいいものです。リビングや学習机の近くなど手近なところに置いておき、暇つぶしにときどきパラッと開いて、そのページをちょっと読んでみてください。そのページのどこかに、自分に刺さったり、引っかかったりすることばがあると思いますから、その出会いを楽しんでもらえたらなと思います」

「お子さんが辞書や図鑑で何か調べて発見したときは、『よく気がついたね』『よく知っているね!』とできるだけ褒めてあげてください。褒めるのはとても大事です!

またお子さんが調べたことばを保護者の方が大人の辞書・図鑑で調べて、『こっちには、こういう解説が書いてあるよ』と教えたりするのも、会話のきっかけになると思いますよ。辞書や図鑑を挟んで、親子がお互いにいろいろなことを教え合い、話し合う。辞書や図鑑がそんなきっかけになればいいなと思います」

神永曉さんが監修した『日本のことばずかん いろ』

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【神永曉さんPROFILE】
1956年、千葉県生まれ。1980年、小学館の関連会社尚学図書に入社。1993年、小学館に移籍。尚学図書に入社以来、37年間ほぼ辞書編集一筋の人生を送る。

担当した辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方のわかる類語例解辞典』『現代国語例会辞典』『美しい日本語の辞典』など多数。2017年2月に小学館を定年で退社後も、『日本国語大辞典 第三版』に向けての編纂作業に参画している。著書に『悩ましい国語辞典』『さらに悩ましい国語辞典』(単行本は時事通信社、文庫本は角川ソフィア文庫)、『辞書編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)などがある。

2014年にNPO法人「こども・ことば研究所」を「辞書引き学習」を考案した深谷圭助中部大学教授と共同設立。国語に限らず小学校の英語教育や支援教育も視野に入れて、「辞書引き学習」による子どもの語彙力アップを目指した教育活動を展開(http://kokolab.or.jp/)。

取材・文/木下千寿

きのした ちず

木下 千寿

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメン...

かみなが さとる

神永 曉

Satoru Kaminaga
辞書編集者

1956年、千葉県生まれ。1980年、小学館の関連会社尚学図書に入社。1993年、小学館に移籍。尚学図書に入社以来、37年間ほぼ辞書編...

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