2021.12.01

上皇さまの教育係が実践した「子供を幸せにする4つの視点」

「近代幼児教育の父」「日本のフレーベル」と呼ばれた教育者・倉橋惣三の教え

高木 香織

幼児教育とは、人間の根っこを育てること

子供の可能性を信じて、寄り添い、待つ――。大正から昭和の初期にかけてこんな教育に取り組んでいた人がいました。

「日本のフレーベル」「近代幼児教育の父」と呼ばれた教育者・倉橋惣三です。

惣三は、上皇さまが4歳のころに教育係を務めたことでも知られています。

そう聞くと、なんだかとっても偉そうですね。でも、惣三は小さな子供と遊ぶのが大好きな人でした。ただ、ちょっぴり人と違っていたのは、一緒に遊びながら、子供たちが抱える問題に気づき、改革していったことです。

史実に基づき、一部創作を加えた伝記小説『倉橋惣三物語 上皇さまの教育係』(2021年11月25日刊)には、惣三が唱えた幼児教育の方法がわかりやすく描かれています。

それらは、今の子供たちにも役立つものばかり。惣三が語り、実践し続けた「子供たちが幸せになる4つの視点」とは、どんなものでしょうか?

惣三は、子供たちのことを、自分を照らしてくれる【小さな太陽】だと言っていました。写真/お茶の水女子大学所蔵

視点①子供の気持ちになって関わる

第一高等学校(※)の角帽を被った惣三が、砂山で子供たちと団子作りをしています。

ここはお茶の水幼稚園(今のお茶の水女子大学附属幼稚園)。日本で初めてできた幼稚園です。

「お兄ちゃんの団子、大きいなあ。いいなあ」
「一緒に作ろうか」

たちまち惣三は子供たちに囲まれ、とけこんでしまいます。心から楽しんでいることが、まわりから見ても明らかです。

学生時代から、惣三は休みになると、公園や幼稚園に通って、子供たちと遊んでいたのでした。

のちに惣三は、このように言っています。

「大事なのは、『子供の心になる』ということです。子供を楽しませるのはよいことです。子供とともに楽しむのはさらによい。しかも、子供と一緒に自分も愉快に楽しく遊ぶことは最も大切なことです。私は、そう思いますよ」

*編集部註:現在の東京大学教養学部および、千葉大学医学部・薬学部の前身となった旧制高等学校。

視点②できるだけ野外で、自然に親しむ

野山を駆け回り、草や石ころなどの自然で遊ぶ――。子供たちは、身近な環境の変化に気づき、驚き、いろいろなことを試してみようとします。

惣三は「子供の健やかな成長には自然との出会いが大切」と考えていました。

ある講演会で、惣三はこのように語りました。

「現在の保育は、まず室内で行われます。次に、机の保育。手先で行う細かい作業がもっぱら行われているような状況です。子供たちが健全に育つためには、できるだけ野外で、足や腰などの大きな筋肉を十分に働かせ、自然の中で生活し、自然に親しむことが大切です」

視点③生活することのなかに教育がある

小学生のころに出会った浅草の子供たちは、桶のつくり方や大工道具の名前、草花の名前、おいしい野菜の見分け方、遊びまわるときの浅草中の抜け道など、たくさんのことを知っていました。それは、生活の中の体験からつかんだ「生きる力」だったのです。

惣三は、「生活そのものが教育である」と考えていました。

生活することの中でごく自然に教育が行われていき、将来の「生きる力」を養うことになるのです。

親はなにかを教える前に、いたわるべき人。親にも子にも寄り添い続けた一生でした。写真/お茶の水女子大学所蔵

視点④自ら育とうとするものを育てる

「倉橋先生は、子供たちの可能性を引き出すのが非常にうまいですね」

ある人にこう言われた時のことです。惣三は首を横に振って答えました。

「いや、引き出すのではなく、『出口を開けてあげる』のです。書こうとしたときに材料があり、作ろうとしたら粘土がある。そうすることによって、心の蓋がだんだん開いていくようにするんですよ」

惣三は、子供の中にある可能性を信じ、自主性を大事にしていたのです。著書『育ての心』のなかで、惣三はこう書いています。

「自ら育つものを育たせようとする心、それが育ての心である。世にこんな楽しい心があろうか。それは明るい世界である。育つものと育てるものとが、互いに結びつきに於いて相楽しんでいる心である」

そうして、惣三は「育ての心」をもっとも深く持っているのは親だといいます。後年、日本中を講演した惣三は、それぞれの土地で父母の悩みに耳を傾けました。

親はなにかを教える前に慰めるべき人。いたわるべき人。つらさを察するべき人であり、悩みを解決する前に、まずは話を聞くことが大切だというのが惣三の考えだったからです。

「私たちのようなものでも、親がつとまるのでしょうか」と、切実な悩みを打ち明ける親たちに対して、

「ああなれ、こうなれとは言いません。親はそのままで親なのです」

惣三はこう言って、いたわり、励ましたのです。

それは、どの親にもその子の親であることの幸せと喜びを感じてほしいという強い願いがあったからでした。

惣三の一生は、子供たちと親たちに寄り添い続ける長い道のりでした。

(おわり)

倉橋惣三物語 上皇さまの教育係

『倉橋惣三物語 上皇さまの教育係』
子供は自ら育つ――自発性を大切にし、子供たちの中に眠る可能性を信じた倉橋惣三の教育が、今の時代にこそ求められている。
“日本のフレーベル”、“近代幼児教育の父”と呼ばれる倉橋惣三は、大正期から昭和にかけて活躍した教育者。昭和3年からは昭和天皇、皇后陛下へのご進講が始まり、上皇陛下が皇太子でいらした幼少期に、教育係を務めた人物である。
少年時代、運動が苦手で不器用なうえ、引っ込み思案だった惣三の心を開いてくれた、下町の子供たち。導いてくれた恩師や、夢を語り合った生涯の友。さまざまな出会いが、惣三という人間を作っていく。
学生時代から幼児教育に興味を持ち、やがて教育者となった惣三は、激動の時代にあっても、変わらず「子供の友達」であろうとした。幼児教育の改革を次々行っていく一方で、息子との関係に悩む一人の親でもあった。遺された日記をはじめとする貴重な資料をもとに描く、感動の物語。

著者について

●倉橋 燿子(くらはし・ようこ)
広島県生まれ。上智大学文学部卒業。出版社勤務、フリー編集者、コピーライター を経て、作家デビュー。講談社X文庫『風を道しるべに……』等で大人気を博した。 その後、児童読み物に重心を移す。主な作品に、『いちご』(全5巻)、『青い天使』(全9巻)、『ドリームファーム物語 ペガサスの翼』(全3巻)、『月が眠る家』(全5巻) 『パセリ伝説』(全12巻)『パセリ伝説外伝 守り石の予言』「ラ・メール星物語」シリーズ、「魔女の診療所」シリーズ、「ドジ魔女ヒアリ」シリーズ、「ポレポレ日記」シリーズ、「夜カフェ」シリーズ、『生きているだけでいい! 馬がおしえてくれたこと』(以上、すべて青い鳥文庫/講談社)、『風の天使』(ポプラ社)などがある。

●倉橋 麻生(くらはし・まお)
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒、上智大学博士前期課程修了。卒業後、宮内庁に勤務。事務官として、皇室業務にかかわる。現在は、企業のESG/SDGs調査の仕事に携わっている。倉橋燿子の長女であり、惣三のひ孫に当たる。

高木香織/文

たかぎ かおり

高木 香織

Kaori Takagi
編集者・文筆業

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言...