平野レミ「社会のことは家庭の中で全部学べるような子ども時代でした」

【WEBげんき連載】わたしが子どもだったころ #9平野レミ

ライター:山本 奈緒子

シャンソンに魅了され、歌手デビュー

私は歌が大好きな子どもでもあったんです。我ながらいい声をしていてね。父が招いたたくさんのお客さんの中にいたフランス人のおじさんが、シャンソンのレコードを持ってきていて曲を聴かせてくれたんです。当時は歌といえば演歌ばかりだったから、シャンソンの美しいメロディが新鮮でハマっちゃったの。だから庭にあったあずま屋で、毎日大きな声で歌っていました。雨の日も雪の日も。そうしたら父が「歌を習うかい?」と先生を紹介してくれて。面白かったのは、その先生はなぜか「歌で絶対にプロになっちゃダメよ」と言うんです。何でも「お金は汚らわしいものだから」とか。でもそう言いながら、先生はしっかり月謝を取っていたんですけどね(笑)。

私は先生の教えに逆らって、当時、銀座のホテル内にあったサロンの歌手オーディションをナイショで受けたんです。そしたら合格しちゃって! 汚らわしいお金を稼ぐことになっちゃったんですよ(笑)。

それでコロンビアレコードの方がスカウトしてくださって4枚のレコードを出したんですけど、出せば出すほど演歌調の曲になっていきました。4枚目は『カモネギ音頭』といって、「あコリャコリャ♪」というバックコーラスも入っているの。しかもこれがわりとヒットして、「あれ、このままじゃどんどんシャンソンから離れていってしまう」と思って辞めることにしたんです。まあその期間は、あちこちのテレビに出させてもらって楽しかったんですけどね。

結婚、そして料理愛好家に

それで歌手を辞めて家でボーッとしていたら、突然TBSラジオから電話があって。「新しい番組をスタートするので、MCアシスタントのオーディションを受けませんか?」と言われたんです。行ってみれば背の高いチョビひげを生やした男性がいて、「この人と一緒にいろいろ喋ってください」と。それが、あの久米宏さんでした。

で、オーディションで私の言動がウケたみたいで、合格しました。晴れて久米さんとお仕事することになったんですけど、後から聞いたら、どうも私の履歴書に手違いがあったみたいで。何と顔写真が、辺見マリさんの写真に入れ替わっていたそうなんです。で、「この子、かわいいからオーディションに呼ぼうよ」となって、呼んでみたけどどうも顔が違う。でももうオーディションはスタートしているから、「しょうがないから君が受けてよ」となって、合格したんです。だから辺見さんには本当に感謝しているの(笑)。

ちなみにその久米さんと、夫の和田さんが仲良しで。ラジオを聴いていた和田さんが「紹介して」とお願いしたところ、久米さんは「あれだけは絶対紹介しません!」と断っていたそうです。

結局、別の方から和田さんを紹介されて、私たちは結婚。和田さんも父に似て、家に人を呼ぶのが好きな人でした。いつもいろんなお客さんが来ていたんですけど、その中に作曲家の八木正生さんがいて、彼が料理雑誌のリレー連載記事を書いたとき、「次を書いてほしい」って私を指名したんです。私は子どものころから、オリジナルレシピでデタラメ料理を作るのが得意だったんですね。それでその記事にも、そんなレシピをいっぱい載せたの。そうしたら、それを見た雑誌やらテレビやらの人たちからオファーが殺到しました。料理愛好家として活動することになったわけです。

私の子育てはデタラメだらけ(笑)

当時は息子2人も小さかったので、子育てしながらの仕事は大変でした。でも私は、そんな大層な子育てはしていません。ご飯だけはしっかり作るのと、風邪を引かせないようにする、ということだけ気を付けていました。私は料理をすることが好きだったので、どうにも自分のベロを通したものを食べさせないと落ち着かないんです。だから忙しくてもご飯だけは毎日作っていたんですけど、息子は私の目を盗んでインスタントラーメンとか食べていたみたい。

唯一、子育てで意識してやっていたことがあるとすれば、それは子どもに料理する姿を見せていたことかもしれません。宿題なんかもいつも「台所でしなさい」って言っていたの。中学とか高校とかになっても。それが嫌な時期もあったのかなあ。もしかしたら反抗とかしていたのかもしれないけど、全然覚えていない。

息子たちには料理を教えたわけでもないし、「これからは男性も料理する時代よ」とか言ったこともありません。でも大学生になったころから、突然自分たちで料理をするようになったの。今では長男はステーキを焼くのがうまいし、次男はピザ竈を持っていて生地から作ったりしています。
私の子育てといえば、本当にそれくらい。他はなんにもしなかったし、なんにも言わなかった。最近の親御さんなんて、見ているとすごいですよね。学校とか習い事とか、毎日あちこちに送り迎えしていて。私はあんな大変なこと、絶対できない。だからこの間も子どもたちから言われたんですよ、「うちはあんなに自由だったのに、僕らよくグレなかったよね」って(笑)。

自立した息子たちは今、しょっちゅう家族で遊びに来たり、私が行ったりして、よく一緒にご飯を食べています。デタラメばかりの私の子育てですが、今もいい関係を築けている理由があるとしたら、子どもたちを信じていたことだと思います。愛さえいっぱい与えていれば、子どもはちゃんと育つものなんじゃないかなあ。その愛の表現方法は人それぞれだと思いますけど、私の場合はそれが、「自分のベロを通してご飯を作ること」だったんだと思います。
平野レミ

家庭料理を作り続けた経験を活かし、料理愛好家として活躍。
「シェフ料理」ならぬ「シュフ料理」をモットーに、テレビ・雑誌等を通じて数々のアイデア料理を発信。
レミパンやエプロンなどのキッチングッズの開発も行い、ツイッターでの140字レシピも人気。
エッセイ「おいしい子育て」は、第9回 料理レシピ本大賞のエッセイ賞を受賞。
新刊の「エプロン手帖」も好評発売中。
オフィシャルサイト:remy
twitter:@Remi_Hirano
Instagram:remy_kitchen
平野レミ著「エプロン手帳」
(ポプラ社)
好評発売中


【内容紹介】
私の料理の原点は、やっぱり母の味でした。
子ども時代の味覚の記憶から、両親や夫・和田誠さんとの料理にまつわるおいしい思い出まで。食材への敬意あふれるエッセイ集。自らスタイリング&撮影した写真とともに、53品のオリジナルレシピも収録。
撮影/岩田えり 文/山本奈緒子
28 件
やまもと なおこ

山本 奈緒子

ライター

1972年生まれ。愛媛県出身。放送局勤務を経てフリーライターに。 『ViVi』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、 インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、 主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。

1972年生まれ。愛媛県出身。放送局勤務を経てフリーライターに。 『ViVi』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、 インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、 主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。

げんきへんしゅうぶ

げんき編集部

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「いないいないばあっ!」と、幼児向けの絵本を刊行している講談社げんき編集部のサイトです。1・2・3歳のお子さんがいるパパ・ママを中心に、おもしろくて役に立つ子育てや絵本の情報が満載! Instagram : genki_magazine Twitter : @kodanshagenki LINE : @genki

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