アンモナイトを取り出す作業「化石のクリーニング」の全工程を古生物学者が紹介!

【ちょっとマニアな古生物のふしぎ】古生物学者・相場大佑先生が見つけた古生物のふしぎ

古生物学者:相場 大佑

化石のクリーニングって知ってますか?

僕は採集した化石を観察したり、色々な解析をしたりして研究していますが、堆積岩の中に保存されている化石がポロンと出て、そのまま研究に使えることは滅多にありません。野外調査で化石が入っている岩石を見つけたら、岩石ごと持ち帰り、後から室内で岩石から化石を取り出したり、観察できる状態に整えたりします。

その屋内で行う作業をクリーニングと言います。今回は僕が普段研究所でどんな風にクリーニング作業を行なっているのかを紹介したいと思います。
2024年6月に行った北海道調査で採集した中生代白亜紀の岩石
海底で溜まった泥がカチカチに固まってできた岩石の中に、アンモナイトや二枚貝などの海棲生物、陸から流れてきた木片の化石などが含まれています。
クリーニングするのはとても小さい化石
この中の真ん中より少し右下に見えるアンモナイトのクリーニングをやってみたいと思います。特徴的な縫合線模様が見えるのでアンモナイトであることはわかるのですが、この状態では殻全体の特徴までよくわからず、種類を特定できません。化石の周りについている余分な岩石を取り除いて、アンモナイトの形がはっきりわかるようにしていきます。
机の上に砂袋を置き、その上に岩石を置きます。これが基本配置です。砂袋を置くのは、机に直接岩石置くと、岩石も机も痛めてしまうし、安定しないためです。
クリーニングに使う道具の一部
はじめは、小さなトンカチとタガネを使って余分な岩石を砕いていきます。タガネは電動ドリルの先端をベルトサンダーで研磨して尖らせたものです。
慎重に作業します
こんな風に両手に持ち、タガネを岩石に当て、タガネの背中をトンカチでコンコンと叩いていきます。あまり力を入れすぎると岩石が砕け過ぎて化石が壊れてしまうので力加減が重要です。それから自分の手を叩かないようにも注意です。
繊細な作業が続きます
しばらく作業すると、左側に棘のようなものが見えてきました。このままトンカチとタガネで作業すると棘を壊してしまいそうなので、道具を変えます。
エアーチゼル
次に使うのはエアーチゼルです。コンプレッサーで圧縮させた空気の力で針を高速で振動させて岩石を砕きます。
緊張感あふれる作業
エアーチゼルのスイッチを入れると、歯医者さんのドリルみたいな音がします。歯医者さんに痛い思い出がある方、思い出させてしまってごめんなさい。ちょっとずつ、慎重に石を砕いていきます。
顕微鏡を見ながら作業します
棘の付近やアンモナイトの中心の窪みなど、より細かいところを作業する時には実体顕微鏡も使います。エアーチゼルの針の太さや出力にも種類があり、これも対象物によって使い分けていきます。
顕微鏡越しではこんな感じに見えています。
完成までもうちょっと!
突起付近と殻中央の窪みにあった岩石が取り除かれてだいぶ形がはっきりしてきました。
完成!
もう少し削り進めると、ぐるっと一周アンモナイトの輪郭が出ました。
ビフォーアフターで見比べるとこんな感じ
論文で化石を報告する時などには、多くの場合、化石だけを完全に取り出しますが、今回は一旦片面までにしたいと思います。

3cmほどの小さな化石ですが、3時間くらいかかりました。棘の部分に特に時間をかけました。慎重に作業していましたが、途中で棘が折れてしまい、接着剤で付けてなんとか復元しました。(その時に、棘のカケラをどこかに飛ばしてしまい、床を這いつくばって探しました……。見つかってよかったですが、他の石クズと混ざらないように机の周りを片付けておくことも意外と大切です)
棘がくっきり!
そんな奮闘の甲斐があり、この通り、棘をばっちり残せました。アンモナイトが生きていたときには、この棘が防御などに役立っていたのかもしれません。

また、こういう棘はアンモナイトの分類にとても重要で、棘の有無や数、長さなどで種が区別されています。今回のアンモナイトは、側面の長い棘の特徴から、発見地であるアフリカのマダガスカル島の地名が学名の由来となっているMenabites mazenoti(メナビテス・マゼノッティ)という種だとわかりました。
ホワイトニング処理をして写真を撮ると、よりはっきりと形がわかるようになりました
以上、化石のクリーニング作業を紹介しました。クリーニングには他にも色々な方法があります。例えば、酸を使って岩石だけを溶かしたり、砂を高圧で吹き付けて岩石を砕いたり。最近は改造した電動歯ブラシを使う方法もあるみたいです。僕は今のところ、トンカチとタガネ、エアーチゼルを使うオーソドックスな手法しか用いませんが、今後、色々な手法も試してみたいと思います。

化石のクリーニングは時間がかかるし、目も肩も疲れる作業です。しかし、余分な岩石が綺麗に取り除けて化石がよりはっきり見えてくる過程はとても楽しいものですし、実は化石を一番じっくり観察している瞬間でもあります。実際に、クリーニングをしながら化石を見ているうちに形を三次元的に理解できたり、研究のアイディアを思いついたりすることもあります。

クリーニングをしている時の、化石と一対一で向き合う贅沢な時間をこれからも大切にしていきたいと思います。
画像提供/相場大佑

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あいば だいすけ

相場 大佑

Daisuke Aiba
古生物学者

深田地質研究所 研究員。1989年 東京都生まれ。2017年 横浜国立大学大学院博士課程修了、博士(学術)。三笠市立博物館 研究員を経て、2023年より現職。専門は古生物学(特にアンモナイト)。北海道から見つかった白亜紀の異常巻きアンモナイトの新種を、これまでに2種発表したほか、アンモナイトの生物としての姿に迫るべく、性別や生活史などについても研究を進めている。 また、巡回展『ポケモン化石博物館』を企画し、総合監修を務める。

深田地質研究所 研究員。1989年 東京都生まれ。2017年 横浜国立大学大学院博士課程修了、博士(学術)。三笠市立博物館 研究員を経て、2023年より現職。専門は古生物学(特にアンモナイト)。北海道から見つかった白亜紀の異常巻きアンモナイトの新種を、これまでに2種発表したほか、アンモナイトの生物としての姿に迫るべく、性別や生活史などについても研究を進めている。 また、巡回展『ポケモン化石博物館』を企画し、総合監修を務める。