激増中のトコジラミ 約20年前まで日本では「幻の虫」だったってホント?〔専門家が解説〕
[ちょっとマニアな季節の生きもの]昆虫研究家・伊藤弥寿彦先生が見つけた生きもののふしぎ
2024.01.19
昆虫研究家:伊藤 弥寿彦
「トコジラミ」と「ヒトジラミ」
トコジラミは日本では2000年くらいまでは、「幻の虫」と言ってもよいくらい滅多に見ることのない昆虫だったのです。
トコジラミはカメムシのなかま!
トコジラミは肉食性のカメムシの中で、特に哺乳類や鳥類の血液を吸って生きるという進化をとげました(海外にはトコジラミの他にも人を含めた動物の血液を吸うサシガメのなかまがいます)。
しかし人が移動するときの荷物などにくっつくことで世界中に分布を広げました。日中は布団や家具のすき間、畳のふちなどにじっと身を潜めていて、夜暗くなると活動を始めます。そして寝ている人に取り付いて手足、首など露出したやわらかい皮膚に口を突き刺して血を吸います。
それが「床虱(トコジラミ)」と呼ばれるゆえんです。
刺された後の症状は人によって違います。無症状の人もいるけれど、多くの場合、アレルギー症状を起こして赤い発疹ができ、夜も眠れぬほど痒いそうです。これはできれば刺されたくないですね。
「トコジラミ」という和名はよろしくない
カメムシの仲間なのですから、それがわかるように「チスイカメムシ(あるいはチスイガメ」とか「ネドコノカメムシ」とか、せめて「トコジラミカメムシ」とするべきでしょう(注:生きものの名前は学名をむやみに変えることはできませんが和名にはその決まりはありません)。
本当のシラミとは?
シラミは「カジリムシ目」に含まれる昆虫です(昔は「シラミ目」として独立していましたが、「チャタテムシ目」と「ハジラミ目」と同じグループだと考えられるようになり、最近では「カジリムシ目」とされています)。
シラミも動物の血液を吸って生きています。ただし針のような口で血を吸うカメムシ目の「トコジラミ(カメムシ)」と違って、シラミは「カジリムシ目」ですから、かじるタイプの口で皮膚に嚙みついて血を吸うのです(シラミも幼虫、成虫、オス、メスのすべてが吸血します)。
ヒトジラミは人の血しか吸いません。「ヒトジラミ」には、髪の毛について暮らす「アタマジラミ」と衣類について暮らす「コロモジラミ」がいます。元々裸だったヒトに寄生していたのはアタマジラミでしたが、ヒトが服を着るようになったことで、アタマジラミの一部が居場所を衣類に移して進化したものだと考えられています。
もう1種、ヒトの血を吸うのが「ケジラミ」です。ケジラミはヒトジラミと別のグループ(属)のシラミで、頭髪以外の毛に取り付きます。研究によって非常に面白いことがわかっています。「ヒトジラミ」はチンパンジーにつく「チンパンジージラミ」から、「ケジラミ」はゴリラにつく「ゴリラジラミ」から分化した種類だというのです!
ただアタマジラミは、毎年どこかの保育園や小学校などで発生して子どもの頭にわくようです。私はアタマジラミの写真を撮りたくて数年前から情報を集めているのですが、なかなか「よい知らせ」?が届きません(苦笑)。そんな中、今年(2023年)、ある研究所の協力で、コロモジラミの観察をさせていただく機会を得ました。せっかくですから献血(餌やり)もさせてもらいました。
コロモジラミに血を吸わせてみた
腕に神経を集中していると、ほんのかすかにチクッという刺された(咬まれた)感覚がありましたが、気にしなければほとんど気が付かないほどの刺激です。よく見ると白かった体が吸った血でみるみる黒っぽくなっていきます。しばらくするとお尻の先から粒を出しました。血の塊の糞のようです。
伊藤 弥寿彦
1963年東京都生まれ。学習院、ミネソタ州立大学(動物学)を経て、東海大学大学院で海洋生物を研究。20年以上にわたり自然番組ディレクター・昆虫研究家として世界中をめぐる。NHK「生きもの地球紀行」「ダーウィンが来た!」シリーズのほか、NHKスペシャル「明治神宮 不思議の森」「南極大紀行」MOVE「昆虫 新訂版」など作品多数。初代総理大臣・伊藤博文は曽祖父。
1963年東京都生まれ。学習院、ミネソタ州立大学(動物学)を経て、東海大学大学院で海洋生物を研究。20年以上にわたり自然番組ディレクター・昆虫研究家として世界中をめぐる。NHK「生きもの地球紀行」「ダーウィンが来た!」シリーズのほか、NHKスペシャル「明治神宮 不思議の森」「南極大紀行」MOVE「昆虫 新訂版」など作品多数。初代総理大臣・伊藤博文は曽祖父。