
わが子の「性別違和」を23年支え続けた小児外科医が明かす 子どもの特性や不登校を救う「親の受容」
松永正訓さん著者インタビュー後編〜性別違和のわが子と父・医師として〜 (2/3) 1ページ目に戻る
2026.08.14
医師・ノンフィクション作家:松永 正訓
子どもの差別的発言は真剣に𠮟る
松永正訓さん(以下松永/敬称略):LGBTQ+の問題は、誰にとっても他人事ではありません。全人口の「8.9%(11人に1人)」が該当するという調査もあります。30~40人のクラスだと2~3人はLGBTQ+の当事者がいる計算です。
お子さんが当事者の友だちについて「あいつ、オカマなんだ」などと差別的な表現で語ることもあるかもしれません。マイノリティに対する教育は、親の責任です。10歳になったら、世の中にはいろんな人がいて、どの人も同じように人格と人権を持っているんだと話してあげましょう。
特別なセクシャリティを持つ人もいれば、さまざまな障害を持つ人もいる。ダウン症という染色体の病気があって、こういう特徴がある。でも、みんなキミと同じ「人」なんだってね。その意識を持てば、マイノリティの特性を持ったクラスメイトをイジメたりはしないはずです。
6歳や7歳でも、差別や偏見に基づいた言葉を口にしたら、強めの口調で「そういうことを言ってはいけない」と𠮟って、どの人もあなたと同じ人格と人権を持っているという話をしてもいいと思う。全部は理解できなくても、自分はよくないことをしてしまったんだと感じてはくれます。
──わが子が性的マイノリティの特性を持っている可能性も十分にあります。親に言い出せないケースや、本人が自覚できていないケースも少なくないのではないでしょうか。
松永:ウチの光のような性的マイノリティの子は、外から見ただけではわからないことがよくあります。言い出せなくて苦しんでいるかもしれないし、社会の「常識」に縛られて本人が自分の心にフタをしているかもしれない。
その可能性を考えて、相談やカミングアウトをしやすい雰囲気を作ってあげたいですね。「あれ?」と感じた場合も「お前、もしかして……」なんて尋ねるんじゃなくて、まずは一般論として「どんな人にも同じ人格と人権がある」という話をしてみる。
「この親なら話しても大丈夫だ」と信用してもらわないと、子どもを苦しめることになります。
わが子が勇気を振り絞って告白してくれたときは、あたたかく受け止めて「よく言ってくれたね」とホメてあげてください。
ときどき、親に強い言葉で自分のセクシャリティを非難されたなんて残酷な話も聞きます。子どもは自分のすべてを否定されたと感じて、深く絶望してしまうでしょう。ひとつ間違えると取り返しのつかない結果を招きかねません。
子どもの「できない」より「できる」を数える
──わが子がかけがえのない存在であるのは大前提です。しかし、いわゆる「普通」ではない特性がある場合、親がその事実をすんなり受容できるとは限りません。
松永:ぼくは小児外科医として、小児がんの子どもをたくさん診てきました。何とか病気をサバイブしても、長い間、使い続けた抗がん剤の影響で、いろんな障害が残ってしまう場合もあります。晩期障害といって、身長が伸びなかったり、あとになって内臓に影響が出たりするのです。
そういうとき、人間は二つの方向に分かれます。「あれもできない」「これもできない」とできないことを数える人と、「これはできる」「これもできた」とできることを数える人。
医師から見るとできないことがあるのがわかってしまうので、親に対して「できないことを数えても意味がありません。それより、何ができるかを探しましょう」と言っています。時間がかかる場合はありましたが、ほとんどの親は受け入れてくれましたね。
発達障害の場合、母親は子どもと接している時間が長いせいか、診断が出るとむしろホッとする傾向にあります。でも、父親は断固として「単なる個性だ」と言い張るケースが少なくない。わが子のありのままを受容するのに時間がかかるんですよね。
自分もそうでしたが、我々は「普通」という価値観に強くしがみついてしまう。いろんなことを妥協して譲ったとしても、最後まで執着してしまうのが「普通であってほしい」という思いです。それを捨て去るのは容易ではありません。
病気や障害もですが、LGBTQ+の特性にしても「なんでウチの子はこうなんだ」と言っても仕方がない。現実を見ようとしなかったり、誰かや何かのせいにしたりしているうちは、親は苦しいままです。何より子どもが救われない。
わが子のありのままを受容して、わが子に承認を与えることが、明日に向かって歩いていくための第一歩なんです。
































