結婚しないか、共働きか…団塊ジュニアの選択
──その団塊ジュニアの女性たちが成人するのは、90年代の後半ですね。男女雇用均等法が施行されてしばらく経ち、女性総合職の採用も一般的になった時代です。
信田:ですがその頃には、日本経済の凋落が始まっていました。
1995年を境に非正規採用が増加し、日本社会は低成長期に入ります。
既成緩和など小泉政権を経て、いわゆる自己責任と自己選択を強調する社会への変貌し、どんどん生きづらい国になります。そして結婚しない男女が増えていきます。
2003年には、30代・未婚・子どものいない女性を描いた酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』が話題になりました。
──同じ世代で結婚した人々の間では、90年代の終わりから2000年代の初めに、共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を超えました。
信田:そのような団塊ジュニアの女性たちの人生や家族のあり方は、彼女たちの母親である団塊世代の女性たちが「自分の娘に何を期待したのか」の結果が、はっきりと表れています。
──結婚しないか、結婚しても専業主婦にはならないか。まさに「自分の母のようにはなりたくない」という意思が、この世代の人生選択に表れているようです。個人で見れば専業主婦家庭で幸せな方々はもちろんいるのですが、集合で見た世代の傾向は、このように統計にも出るのですね。
信田:この世代の女性たちについて『母が重くてたまならい 墓守娘の嘆き』という本を2008年に出版して、大反響がありました。2010年代には、親を断罪する「毒親」という言葉が広く使われるようになっています。私自身はこの言葉は使いませんが。
そしてこの2020年代は、団塊ジュニアの女性の子どもたちが、成人を迎え始めます。団塊ジュニアが母として何をしたかが、これから、その子どもたちによって検証されるでしょう。
「みんなが別々の食卓」は悪いことなのか
──団塊ジュニアの母親たちの子育てに関して、信田先生にはどんな特徴が見えますか?
信田:家族は個人を大切にして、個人を守る形にどんどん変わってきています。母の抑圧に苦しんだ団塊ジュニアの女性たちが、「こうはしたくない」という思いで生きて、子育てをしているからでしょう。
育休や保育園が普及し、育児を担う父親も増えましたが、まだまだ「育児を主に担うのは母親」という固定観念が、社会全体に強く残っています。
──家族のあり方についてはいかがでしょう。
信田:家族の変化の象徴的な例の一つは「個食」でしょう。家族が揃って食事をせず、それぞれのスケジュールの中で、それぞれに好きなものを、別々に食べる現象です。
その様子をまとめた『ぼっちな食卓』(岩村洋子、中央公論新社)という本が、今年の秋に出版されました。書評の多くは男性が書いていて、「恐ろしいことだ」「家族の崩壊だ」といった調子が多いのですが、私はそうは考えません。
生活リズムの異なる家族が揃って食事をするには、家族のうちの誰かが犠牲にならねばなりません。そしてその犠牲者は大抵、女性でした。揃って食事をしなくなったということは、犠牲になる人がいなくなったとも言えます。
犠牲になる人がそれに対して「イヤだ」と言えるようになった、その何が悪いのでしょう。家族のそれぞれが望むように食事を取れるようになったことが、果たして悪なのでしょうか?
──誰かの犠牲のもとに成り立つ家族像が、変わってきている、それが食卓に表れている、と。私の父もそうでしたが、夕飯の時間に家におらず、一人で食事をする父親は以前からいましたよね。それは語られず、今になって「個食」として取り沙汰されるという変化は、考えさせられます。
信田:そしてこの変化は、もう止めようのない変化です。であれば前向きに捉えたいと私は考えます。
──今の日本では、性暴力の問題や子どもの権利が、より重要視されるようにもなりました。これは前向きな変化と言えますね。
信田:その表れが、配偶者間の暴力である『DV(ドメスティック・バイオレンス)』と、親から子への暴力である『虐待』です。今ではこれは加害であると認められ、まだ十分ではないものの、国として対策が取られるようになりました。
私がカウンセリングを始めた80年代にはこれらの言葉も、加害の認識もありませんでした。『家庭内暴力』とは、子どもが親に向ける暴力だけを指していました。
配偶者間、親から子への暴力は、加害と認められていなかったから、それを指す言葉もなかったのです。
──その進歩の裏側で、自分が親から受けた言動が虐待であったことに気づいていなかったり、それを受け止められないまま、親になっている人もいます。気づいていて、その虐待を我が子に繰り返さないためにはどうしたらいいのかと、苦悩する人も少なくありません。
信田:今では精神医学や臨床心理学の研究が進み、DVや虐待のリスク要因に、科学的に光が当たるようになっています。そしてそのリスクをどう克服するかも、セットで研究されている。令和の子育て世代には是非、それを知ってほしいです。母親だけではなく、父親にもですね。
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信田さよ子さんインタビューは全3回。第1回となる今回は、「親子関係の変化」について、カウンセリングの現場から見えた40年の変化を伺い、時代とともに家族観や子育てのあり方が変わってきた背景には、日本の経済など社会構造の変化があったことを解説しました。
続く第2回では、親子関係や子育てをめぐる科学的なアプローチと、それがどのように日本社会に広がっているかを、第3回では、「令和を乗り切る子育てのヒント」を、引き続き信田先生に伺います。
※第2回は2023年12月27日(水)、第3回は12月28日(木)に配信されます
参考文献:
『母が重くてたまらない』(春秋社)
『母・娘・祖母が共存するために』(朝日新聞出版)
『後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと』(講談社)
『家族と厄災』(生きのびるブックス)
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。