麴町中学元校長・工藤勇一「いじめ問題」を本当の民主主義教育から解決する
学校改革の旗手・工藤勇一氏「今こそ子どもたちに本当の民主主義教育を」 #3~いじめ問題~
2023.01.15
横浜創英中学・高等学校長:工藤 勇一
「自分が嫌なことは他人にしない」「みんな仲良く」はNG
いじめの定義が広がり、いじめと認定されることが増えると、大人が介入する機会は増えます。そんなとき、意識したいのはやはり民主主義教育で「いじめ問題は民主主義と関わりが深い」と工藤先生は言います。民主主義の考え方を改めて学ぶ機会でもあるからです。
例えば相手に「あなた嫌い」と言葉で伝えた生徒のいじめに対し、工藤先生はこう伝えます。
「心の中で『あの子嫌い』と思うのは自由だよ。でも口に出して『嫌いだよ』と言うと、相手は傷つくよね? 心の中で思うのはあなたの自由だけれど、相手が嫌な思いをする言葉を使っちゃダメだよね。自分が自由に生きることを尊重したいんだったら、相手も自由に生きることを尊重しないといけないよね?」
自分の自由を尊重するなら相手の自由も尊重する。国レベルで考えると、自国の自由のために、相手国の自由も尊重するということに。EU(欧州連合)の基本概念です。
また、いじめ問題を仲裁する大人は、民主主義を意識した言葉選びが重要とも工藤先生は念押しします。
「日本ではよく『自分がやられて嫌なことは他人にするな』という教え方をするんですけど、これは民主主義じゃないんです。なぜなら、『自分がされて嫌なこと』が本当に相手の嫌なことかどうか、わからないからです。だから『俺が嫌じゃないからやってるんだけど?』となるんです。
『みんな仲良くしなさい』っていうフレーズも、素敵な言葉だと勘違いしている先生たちが山ほどいます。でもこの言葉の中で育った子どもたちって、いじめる側になってしまうんです。
例えば一つのことに没頭すると周りの声が耳に入らない発達に特性のある子がいたとします。子どもたちは『みんな仲良くね』と先生に教わっていると、『先生! あの子だけみんなと一緒にやってくれない!』と文句を言うようになるのです。
日本は“みんなで”が大好きなんです。例えば『絵本を読むからみんないらっしゃい』とみんなを集めます。来ない子がいたら『○○くん、来なさいよ』となる。この必要があるのかな?
一般に欧米の幼児教育ではこういうことはあまり行いません。みんなバラバラの興味をどんどん伸ばしていくってことを主体に考えています。日本では『手はお膝の上』ともよく指導されますが、そんなことよりも優先するべきものがあるというのが欧米の幼児教育の考え方のように感じます。
そもそも『みんな仲良く』なんてできるわけないんです。大人でもできませんよね。なのに子どもに率先してやらせようとする。これは民主主義ではありません」(工藤先生)
いじめ問題における大人たちのベストな介入とは
では、いじめに対し、大人はどう介入するのがベストなのでしょうか。「大人はやった行為が問題だという点をしっかり教えていく必要があります」と工藤先生。
例えば相手を殴ったといういじめの場合、それなりの発達段階になったら民主主義の視点から工藤先生はこう伝えたいと言います。
「もし、『嫌なことがあったら相手を殴っていい』という社会だったらどうなる? みんな自分の力を蓄えようとするかな? 強くなりたいって思うよね?
でも強くなりたいと思っても、結局人は老いていくし、ケガをすることだってある。そう考えると“相手を自由に殴っていい”という社会は成り立たないね。だからやっぱり人を勝手に殴ってはいけないようにしませんか、となるよね?
これをみんなで話し合って国会で法律を作っていこうとなる。そうやって作られていくのが民主的な国なんだよ」(工藤先生)
ここで心得ておきたいのは、“嫌”という感情に注目するのではく、殴った行為そのものに注目するということ。
“思いやり”などの心の教育で解決しようとするのではなく、行為が相手に害を与えるものなのか。相手を傷つけるものなのか。そこをきちんと判断し、なぜその行為がだめなのかの理解につなげていきます。
「いじめ問題を心の教育で解決しようとする限り、この問題は改善しません」(工藤先生)
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民主主義といじめ問題。一見関係のない問題のように思えますが、じつは深く関係していることがわかります。次回は工藤先生の考える「子育てのあり方」についてお届けします。
取材・文/大楽眞衣子
大楽 眞衣子
社会派子育てライター。全国紙記者を経てフリーに。3人の育児で培った生活者目線を活かし、現在は雑誌やWEBで子育てや女性の生き方に関わる社会派記事を執筆している。大学で児童学を専攻中で、保育士資格を取得。2歳差3兄弟の母。昆虫好き。イラストは三男による「ママ」 ●公式HP「my luck」
社会派子育てライター。全国紙記者を経てフリーに。3人の育児で培った生活者目線を活かし、現在は雑誌やWEBで子育てや女性の生き方に関わる社会派記事を執筆している。大学で児童学を専攻中で、保育士資格を取得。2歳差3兄弟の母。昆虫好き。イラストは三男による「ママ」 ●公式HP「my luck」
工藤 勇一
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から2020年3月まで千代田区立麴町中学校校長。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革を実行。一連の改革には文部科学省が視察に訪れ、メディアがこぞって取り上げるなど話題になる。 初の著書『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)は10万部超えのベストセラーに。著書に『麴町中学校の型破り校長 非常識な教え』、『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』(以上SBクリエイティブ)、『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史氏との共著/講談社現代新書)など。2022年10月には哲学者・教育学者の苫野一徳氏との共著で『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』を上梓。
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から2020年3月まで千代田区立麴町中学校校長。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革を実行。一連の改革には文部科学省が視察に訪れ、メディアがこぞって取り上げるなど話題になる。 初の著書『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)は10万部超えのベストセラーに。著書に『麴町中学校の型破り校長 非常識な教え』、『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』(以上SBクリエイティブ)、『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史氏との共著/講談社現代新書)など。2022年10月には哲学者・教育学者の苫野一徳氏との共著で『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』を上梓。