中学生が「ヤングケアラー問題」に立ち向かう 傑作小説『むこう岸』がNHKドラマ化

中学生の17人に1人がヤングケアラーという現状への問題提起 #1

ライター:木下 千寿

ヤングケアラーの問題は、貧困問題にもつながっている(写真:アフロ)
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中学生の17人に1人がヤングケアラー。ケアを始めた時期は小学校中学年から──厚生労働省が2021年に行った「ヤングケアラーの実態に関する調査」の結果が明らかになりました。

一般社団法人日本ケアラー連盟の定義によると、ヤングケアラーとは「家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている18歳未満の子ども」のこと。しかもヤングケアラーは困窮世帯・生活保護世帯に多く、ケアのため学業に十分な時間が割けない結果、次世代へ貧困が受け継がれてしまう「貧困の連鎖」が起きています。

そんな社会問題に2人の中学生が立ち向かい、一縷の光を見出していく安田夏菜の傑作小説『むこう岸』が、ドラマとして、5月6日(月・祝)夜9:30~10:43にNHK総合チャンネルにて放送されます。

恵まれた家庭で育ったけれど、学校での居場所を失った少年・和真と、病気の母と幼い妹と3人で生活保護を受けて育ってきた少女・樹希。生活環境が全く違う二人が「貧困」という現実に立ち向かい、未来への希望を見出してゆく姿を描く本作の映像化について、原作者とプロデューサーの対談をお届け。#1では、安田夏菜さんが小説に込めた想いと、ドラマ制作のこだわりを語っていただきました。

きっかけは「私、高校に行けるんだ!」と涙を流した中学生の記事

──安田さんが生活保護や貧困家庭、ヤングケアラーをテーマに据えた小説を執筆しようと思ったきっかけはなんでしたか?

原作・安田夏菜さん(以下、安田さん)
:だいぶ前のことになりますが、生活保護を受けながら無料学習塾に通っている中学生女子のことを取り上げた新聞記事を目にしました。彼女は「ウチみたいに貧乏な家の子は、高校には行けない」と思い込んでいたのですが、ボランティア講師の大学生のお姉さんから「今は制度も整備されてきているから、生活保護を受けていてもちゃんと高校に行けるんだよ」と聞いて、「私、高校に行けるんだ!」とはらはら涙を流したという内容でした。

この記事を読み、私は「社会的弱者と言われる人たちは、情報弱者ともなってしまう可能性があるのだ」ということに気づかされたのです。きっと彼女の周りにも親にせよ学校にせよ大人がいたと思うのですが、社会福祉の支援制度について誰もきちんと教えていなかった。だから彼女は自分の将来についてプランを立てようもなく、希望を持てずにいたわけです。

「何も知らずに希望を失ったまま、貧困が再生産されていくという現状をどうしたらいいのだろう?」と考え、「私にできるのかも、どのような形になるかも分からないけれど、何か貧しい子どもを主人公にした物語を書けたらいいな」と思ったのが始まりでした。

──執筆に向けての準備は、どのように進めていきましたか?

安田さん:私は社会福祉や法律の専門家ではありませんので、まずはそういった方面の勉強をしたり、「どんなふうに書けばいいのか」と切り口を考えたりというのにとても時間がかかり、何年か時間が過ぎました。
今回、実際に生活保護を受けている方の取材はしていません。取材をしても、生活保護を受けている子どもさん全員に話を聞くことができるわけではなく、どうしてもその一部になってしまいます。またその方々に感情移入してしまい、かえって自分の描く世界が狭くなってしまうかなとも考えました。“木を見て森を見ず”のようなことになってしまうのではないかと……。そういった懸念もあり、資料を集めてひたすら勉強というのが、主な準備だったかと思います。

貧困が再生産されていく現状を打破する“希望の光”を求めて

──和真、樹希、アベルの3人のキャラクターは、どうやって生まれたのでしょうか。

安田さん:最初は貧困にあえいでいる子、ヤングケアラー的役割を担っている子を中心に据えて物語を構想していたのですが、その子だけでは“出口”が見えなくて……。苦しんでいる貧困家庭の子がどれだけ根性を出して頑張ったとしても、根本的な解決は無理だと思ったのです。

私は、児童書は“希望の文学”だと考えています。現実の厳しさを適当に書くことはできませんが、何か光となるようなものを書きたい。そう思ってはいたものの、その光はどこから来るのかがずっと分からず、悩みました。あるときふと、「やはりこの問題はいわゆるエリート層、政治や制度、社会の仕組みを変えるような知識を持ち合わせている人が介入しなければ、話が進まない」と思い、和真くんというキャラクターを出すことにしました。

アベルくんは、物語を書いている途中で出てきた子です。和真くんもいろいろ悩みの多い子で、自分に対する自信をなくして、人との交流にも気が進まないでいる。そんな和真くんがどうやって立ち直るのか、自分自身を取り戻し、目標に向かって歩けるのかを考えたときに、“人にものを教える”のは難しいことですが、成功したときには大きな達成感がありますし、彼自身の特性も活かせるなと。それで、アベルくんがひょっと現れました。

NHKエンタープライズ・西村崇さん(以下、西村さん):実は僕は本を読んだとき、アベルくんがいちばん身近に感じられたんです。彼の生きづらさにピンと来たというか……。だからアベルくんに関しては、いちばん具体的なイメージが持てたように思います。

プロデューサー・石井智久さん(以下、石井さん):作品の主人公は和真ですが、僕はやっぱり樹希に感情移入してしまいました。樹希を通して生活保護への偏見や差別感情など、現代日本の抱えている現実が描かれているような気がしたんです。

物語の中心人物となる3人の中学生。海外にルーツを持つアベル(中央)、病気の母と幼い妹の世話をしている樹希(中央)、進学校から公立中学に転校してきた和真(右)(NHK特集ドラマ「むこう岸」より)
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