無自覚の差別感情を浮き彫りにした1つのセリフ
──プロデューサーのお二人は、ドラマの制作にあたり、どのようなことにこだわりましたか?
石井さん:やはり原作がありますので、原作をベースに、何を描かなければならないか、その指針がぶれることのないよう気を付けていました。難しかったのが、生活保護に関する内容やケースワーカーさんについての描写です。その描き方に現実とのズレがあってはいけませんので、全国公的扶助研究会の衛藤晃さんに生活保護監修として入っていただき、いろいろとお話を重ねました。細部でいいますと、ケースワーカーさんの持ち物などもそうですし、市役所のシーンは衛藤さんにも現場にお越しいただき、細やかにアドバイスをいただいて撮影を進めていきました。
西村さん:僕は石井さんからドラマ企画書を頂いて、小説を読ませていただきました。その際、いちばん印象深かったのが「君は施しを受けているんじゃない。社会から、投資をされているんだよ」という一文です。これを読んだときに、僕はハッとしました。ハッとしたということはつまり、無自覚ではありましたが、僕の中にも特別視や差別感情があったのに気づいたということだなと。ドラマを制作するにあたっては、この視点を絶対に外してはダメだと思いました。
また、この物語は和真の感情の流れが軸になります。最初は樹希に持ちかけられ、アベルに勉強を教えることになった。その時点ではイヤイヤのはずですが、あの場所が和真にとっても居場所になっていくという心の変化、そしてそこからどんどん踏み出していくけれど、ある事件が起きて、また元の和真に戻りかけてしまう……、その一連の感情の流れを途切れさせてはいけないと気を付けていました。
安田さん:西村さんが挙げてくださった「君は施しを受けているんじゃない。社会から、投資をされているんだよ」という一文は、いちばん悩んだところなんです。書けば書くほど、「物語をどう収めればいいんだろう?」、「どういうラストにすればよいだろう」と難しく、このセリフが出てくるまで悩み続けました。
ですから、ドラマでもこのセリフを入れてくださっているのが、とても嬉しかったです。作家という仕事は、1人で物語に向き合って書き進めていく作業です。編集さんもアドバイスをくださいますが、最終的に決めていくのは作家しかいませんから、孤独を感じることも多くて……。
でも今回、こうやってドラマ化していただくことで、西村さんや石井さん、キャストの方々やたくさんのスタッフの方々が関わってくださり、仲間ができたような感覚でとても嬉しいです! 「書いてよかったな」と改めて思っています。
#2では『むこう岸』の執筆中の思い出と、ドラマの制作を通して触れた社会問題について制作陣がなにを感じたのかを語っていただきます。
【NHK特集ドラマ「むこう岸」あらすじ】
とある公立中学校に転校してきた山之内和真は、「有名私立中学で落ちこぼれた」という秘密を、クラスメイトの佐野樹希に知られてしまう。「取り引きしない?」と樹希に命じられたのは、彼女を慕う口のきけない少年・アベルに勉強を教えることだった。
エリート主義の父親からのプレッシャーに悩んでいた和真は、近所のカフェのマスターが子どもたちに開放している小さな部屋で、アベルや樹希と過ごすうちに、自分の居場所を見つけてゆく。だが、病気の母と幼い妹を抱え、生活保護を受けて暮らす樹希は、将来に希望が持てず、なりたかった看護師の夢もあきらめていた。
そんな樹希を見かねて、「理不尽だよ」と和真が手にしたのは「生活保護手帳」。大人でも難解な内容を読み解き、なんとか解決策を見つけようと奮闘する。そして、ケースワーカーや塾講師など、周囲の大人たちを巻き込みながら、ついに起死回生の一手を見つけ出す。
だが、その矢先、事件は起きた! はたして和真の未来は? 樹希は夢を取り戻せるのか?
【放送情報】5月6日(月・祝)夜9:30~10:43
【放送局】NHK総合
【放送時間】73分
【出演】西山蓮都/石田莉子/サニー・マックレンドン/岡田義徳/酒井若菜/遠藤久美子/森永悠希/山下リオ/渋川清彦
【原作】安田夏菜「むこう岸」
【脚本】澤井香織
【演出】吉川久岳(ランプ)
【制作統括】齋藤圭介(NHK)、西村崇(NHKエンタープライズ)、石井智久(ランプ)
第59回日本児童文学者協会賞受賞作品。貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞受賞作品。
【対象:小学校高学年以上】
児童文学作家、ひこ・田中氏がイッキ読み! 「『貧乏なのはそいつの責任』なんて蹴っ飛ばし、権利を守るため、地道に情報を集める二人。うん。痛快だ。」
小さなころから、勉強だけは得意だった山之内和真は、必死の受験勉強の末、有名進学校である「蒼洋中学」に合格するが、トップレベルの生徒たちとの埋めようもない能力の差を見せつけられ、中3になって公立中学への転校を余儀なくされた。
ちっちゃいころからタフな女の子だった佐野樹希は、小5のとき、パパを事故で亡くした。残された母のお腹には新しい命が宿っていた。いまは母と妹と3人、生活保護を受けて暮らしている。
ふとしたきっかけで顔を出すようになった『カフェ・居場所』で互いの生活環境を知る二人。和真は「生活レベルが低い人たちが苦手だ」と樹希に苦手意識を持ち、樹希は「恵まれた家で育ってきたくせに」と、和真が見せる甘さを許せない。
中学生の前に立ちはだかる「貧困」というリアルに、彼ら自身が解決のために動けることはないのだろうか。
講談社児童文学新人賞出身作家が、中3の少年と少女とともに、手探りで探し当てた一筋の光。それは、生易しくはないけれど、たしかな手応えをもっていた──。
安田 夏菜
兵庫県西宮市生まれ。大阪教育大学卒業。『あしたも、さんかく』で第54回講談社児童文学新人賞に佳作入選(出版にあたり『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』と改題)。第5回上方落語台本募集で入賞した創作落語が、天満天神繁昌亭にて口演される。『むこう岸』で第59回日本児童文学者協会賞、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞を受賞。国際推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」選定。ほかの著書に、『ケロニャンヌ』『レイさんといた夏』『おしごとのおはなし お笑い芸人 なんでやねーん!』(以上、講談社)、『あの日とおなじ空』(文研出版)などがある。日本児童文学者協会会員。
兵庫県西宮市生まれ。大阪教育大学卒業。『あしたも、さんかく』で第54回講談社児童文学新人賞に佳作入選(出版にあたり『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』と改題)。第5回上方落語台本募集で入賞した創作落語が、天満天神繁昌亭にて口演される。『むこう岸』で第59回日本児童文学者協会賞、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞を受賞。国際推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」選定。ほかの著書に、『ケロニャンヌ』『レイさんといた夏』『おしごとのおはなし お笑い芸人 なんでやねーん!』(以上、講談社)、『あの日とおなじ空』(文研出版)などがある。日本児童文学者協会会員。