目次
不登校・長期欠席になる前に
近年、「小1プロブレム・中1ギャップ・高1クライシス」など、進学時に起こるさまざまな問題が注目を集めています。
また、新生活に「疲れ・つまずき」を感じている状態をあらわす「5月病」に加え、最近では「6月病」という表現も見かけるようになりました。
「学校生活が、なんとなくつらい」
「学校に行くのが、しんどい」
子どもがこう言い始めたら、保護者はどうすれば良いのでしょう?
「元気に楽しく過ごしていると思っていたのに、なぜ?」と、突然の事態に親は面食らうかもしれません。
しかし「つまずきには必ず予兆がある」、そう教えてくれるのは、発達心理学が専門の飯村周平さん。思春期・青年期の環境感受性を研究している、大学の先生です。
そこで、「進学・進級などの環境変化が子どもに与える影響と、親の対応」について、飯村先生に詳しく伺いました。ひきこもりや長期欠席になってしまう前に、知っておくとよいことがあるそうですよ。
【飯村 周平(いいむら・しゅうへい)日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは思春期・青年期の環境感受性。著書に『高校進学でつまずいたら 「高1クライシス」をのりこえる』『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』など】
進学・進級で子どもの「つまずき」が増えている
──5~6月になって、子どもが何日も学校を休んでしまい、心配しているという声を聞きます。どうしてなのでしょうか?
飯村周平先生(以後、飯村先生):お子さんが新生活に「つまずいて」しまっている状態ですね。一般的には、数週間や数ヵ月の間「学校に行けない」など、なにかがうまくいかない状態を「つまずき」といいます。
もうすこし広い意味でいうと、気持ちが落ち込んだり、「友だちとうまくやれるかな」といった不安の高まり、「学校に行きたくない」「あの授業は受けたくない」といった特定の場面を回避する、学校に行く前におなかや頭が痛くなる、体に蕁麻疹(じんましん)のようなものが出てしまうのも、つまずいている状態ですね。
「つまずき」とは、心だけではなくて、体と行動も含めて表れてくるものなんです。
──他の子は元気に学校へ行っているのに、どうして……と親は心配になりますよね。なぜ「つまずき」が起きるのでしょうか?
飯村先生:我が子が学校へ行けない状況、親御さんにとっては非常に心配ですよね。しかし、環境の変化による「つまずき」は、誰でも経験する可能性があります。だからこそ、正しい知識を持って子どもに接することが大切です。では、保護者が知っておきたいことを大きく3つに分けてお話ししましょう。
かならず予兆がある【つまずきの知識①】
──あるご家庭では、突然、子どもが「学校に行きたくない」と言い出してびっくりしたそうです。
飯村先生:親にとっては「突然つまずいた」ように見えるかもしれませんが、実は、かならず予兆があったはずです。なにかが積み重なっていき、ある日まるでダムが決壊するように、誰が見てもわかるような「つまずき」の状態になるんです。少したって落ち着いてから、「あのときのあれが予兆だった」と気づくこともあるでしょう。
──つまずきの予兆とはどんなものですか。
飯村先生:心と体と行動は、それぞれつながっています。ですから、予兆はいろんな方向から出てきます。「元気がない」「不安そうにしている」「食欲がない」などの不調だけでなく、「いつもはおとなしいのに元気すぎる」というのもちょっと心配ですね。親に心配をかけまいとして、わざと元気にしていることもありますから。
進学や進級で環境が変わって、友達づくりのために無理して、本来の自分の性格よりも明るく振る舞っている、というケースもあります。「過剰適応」というのですが、張り切りすぎて家に帰るとぐったりしてしまったり。
「ふだんから元気な子が学校でも元気」ならまったく問題ありませんが、「本来の性格とちがった振る舞い」をずっとしているようであれば、つまずく前の予兆かもしれませんね。
思春期は心と体の変化の時期【つまずきの知識②】
──なぜそんなことが起きるのでしょうか。
飯村先生:誰でも、小学校や中学校、高校に入学したとき「つまずき」に近いことが起こるのは、昔から知られていますよね。新しい学校に入って、一から友だちとの関係をつくり直さなければなりませんし、教師との関係もそうですよね。勉強も難しくなります。
なかでも注意しなければならないのは、小学校から中学校にあがるとき。環境の変化に加え、体の変化──ちょうど「第二次性徴(※)」がはじまる時期と重なるからです。(※第二次性徴:性ホルモンが分泌され体が大人へと変化すること。)
心身の脆弱さ・不安定さが背後にあるなかで、新しい学校生活に飛び込んでいくので、特につまずきやすいタイミングといわれています。
──子ども本人の、心と体の変化が大きく影響しているのですね。
飯村先生:そうなんです。ちょうど子どもから大人に変わっていく時期で、いろいろな変化が同時に起こってくる。それが小学校高学年から始まる「思春期」です。
体が大人へと成長していくなかで、脳も発達し、自我が確立されていく。そうすると、自分と他人の違いに気づけるようになっていきます。小学校高学年くらいになると、一日中鏡を見ていたりすることもありますよね。「他人から自分がどう思われているか」が気になる年ごろなんです。
──思春期は、いつごろまで続くのですか。
飯村先生:思春期は第二次性徴の始まりからで、個人差はありますが、だいたい10歳前後の小学校4~5年生くらいからです。一般的には女の子のほうが1~2年早く始まります。
青年期の始まりを思春期の終わりと捉えることもでき、最近は社会に出る年代が遅くなっているため、思春期の終わりは24歳くらいまでとする考え方もあります。以前よりも、社会に出るとか結婚するといった大人としてのイベントが遅くなっている時代背景もあり、青年期の範囲を変えようという動きがあるからです。そのため、10歳から24歳くらいまでが「子どもと大人のあいだの時期」といわれています。
──大学を卒業するくらいまでですね。
飯村先生:脳の発達も「24歳くらいでようやく完成する」といわれているんですよ。
家庭が安定しているか?【つまずきの知識③】
──「学校で無理をしている」というつらさが、「つまずき」の原因になるのでしょうか?
飯村先生:「つまずき」は、学校だけで起こっている問題と考えられがちですが、ただ、それだけではないのです。背景にある家庭の問題も無視できません。
そもそも、それまでの家庭生活で困難を抱えている場合、子どもは不安定な気持ちのまま新しい環境に飛び込んでいくことになるので、つまずきのリスクが高まるのです。
もとから不安定さがある状態で、さらに新しい環境になんらかのきっかけが発生すると、つまずきやすくなってしまいます。子どもが「家庭でリラックスして過ごせている」かどうかも、大切なポイントです。
子どもの「安全基地」を作るために大切なこと
──「つまずき」には、いろいろな要因が重なっているのですね。どうしたら避けることができるのでしょうか。
飯村先生:子どもが何かあったときに、駆け込める「安全基地」があることが大切です。「困ったらしっかりサポートを受けることができる」という「安心感」を持っていることです。
戻ってきて安心できる場所や人がいること。外でいやなことや怖いことがあっても、家に帰って親の元に行けば慰めてくれたり助けてもらえる、という感覚があるからこそ、また外に飛び出していくことができる。その安心感がないと、子どもは積極的に外に出ていって活動することが難しかったり、ビクビクおびえてしまうようになるんです。
──「安全基地」になるのは、親をはじめとする保護者なのですね。
飯村さん:まず最初は家庭であり親ですが、思春期になってくると、子どもの安全基地が「友だちとの関係」や「教師」となることもあります。子どもの成長にはたくさんの人が関わるものですし、もともと人間は、大昔は集団で子育てをしていた生き物だったんですよ。
ですから、母親・父親どちらか片方だけに「安全基地」の役割を求めすぎると、親自身が苦しくなってしまうことがあります。一番身近な親が不安定になってしまって、それが子どもに伝わるという悪循環になることも。
まずは、子育てに苦労しているお母さんやお父さんご自身が、子どもだけでなく自分自身をケアすることも、大切にしてほしいですね。
────この記事のまとめ─────
「学校生活・新生活のつまずき」について発達心理学者・飯村周平さんにお聞きする連載(全3回)、第1回となる今回は「予兆・思春期・家庭」をキーワードにお話を伺いました。思春期による心身の変化を抱えながら新生活へ飛び込む子どもたちにとって、「安全基地」となる場所・人が大切なことも教えていただきました。
続く第2回では「つまずきの予防と対策」について、第3回では「つまずき」の実例や飯村先生ご自身の「つまずき」の経験をもとに、「環境の変化を乗り越える」ヒントを伺います。
撮影/市谷明美
飯村周平先生の本
【学校に行くのがなんとなくつらい人へ】人間関係、通学時間、授業や部活……進学後の環境の変化、馴染めていますか? 人間関係が大きく変わる。通学時間も長くなる。授業や部活についていくのが大変になる……。高校進学に伴う環境の変化が心に及ぼす影響は「高1クライシス」と呼ばれています。新生活で起こりうる「つまずき」をのりこえるための本。
「自分の育て方が正解かわからない……」「仕事に家事に育児、マルチタスクが苦手」……。繊細すぎる「HSP」のあなたは、子育てに悩んでいませんか? 子育てに正解はないからこそ、悩んでしまうもの。子育て中のパパとママの気持ちが、少しだけラクになるヒントを一緒に考えます。
高木 香織
出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。
出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。
飯村 周平
1991年生まれ。茨城県出身。2019年、中央大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。 日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは、思春期・青年期の環境感受性。日本心理学会研究教育委員会(博物館小委員会)委員、日本青年心理学会国際研究交流委員、『Humanities & Social Sciences Communications』編集委員。 主著に『HSPブームの功罪を問う』(岩波書店、単著)、『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(金子書房、単著)、『HSP研究への招待:発達、性格、臨床心理学の領域から』(花伝社、編著)、『繊細すぎるHSPのための 子育てお悩み相談室』(マイナビ出版、監修)、『高校進学でつまずいたら:「高1クライシス」をのりこえる』(筑摩書房、単著)など。
1991年生まれ。茨城県出身。2019年、中央大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。 日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは、思春期・青年期の環境感受性。日本心理学会研究教育委員会(博物館小委員会)委員、日本青年心理学会国際研究交流委員、『Humanities & Social Sciences Communications』編集委員。 主著に『HSPブームの功罪を問う』(岩波書店、単著)、『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(金子書房、単著)、『HSP研究への招待:発達、性格、臨床心理学の領域から』(花伝社、編著)、『繊細すぎるHSPのための 子育てお悩み相談室』(マイナビ出版、監修)、『高校進学でつまずいたら:「高1クライシス」をのりこえる』(筑摩書房、単著)など。