「学校に行けなくなった」実例から知る「つまずき」の理由と乗り越え方・発達心理学の専門家が解説

「学校・新生活のつまずき」を防ぐ 飯村周平先生インタビュー #3

ライター:高木 香織

これって「5月病?6月病?」学校生活の「つまずき」に、どう対応すべきか、実例から考えます(写真:アフロ)
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「学校を休みがち」になってしまったら

「学校に行きたくない──」子どもが休みがちになってしまったら、親はどうすべきでしょうか?

進学・進級し元気に学校へ通っていたはずが、だんだんと「つまずき」はじめる子どもが出てくる……そんな時期が5~6月くらいといわれています。

「『つまずき』は誰でも経験する可能性がある」と語るのは、発達心理学が専門の飯村周平さん。思春期・青年期の環境感受性を研究している、大学の先生です。

「進学・進級などの環境変化が子どもに与える影響と、親の対応」について、「つまずきの知識」を伺った第1回、「5つの予防と対策」について伺った第2回に続き、連載最後となるこの第3回では、学校を休みがちになってしまったときの対応を、実例をひもときながら教えていただきます。

▲飯村周平先生

【飯村 周平(いいむら・しゅうへい)日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは思春期・青年期の環境感受性。著書に『高校進学でつまずいたら 「高1クライシス」をのりこえる』『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』など】

「つまずき」は誰でも経験する可能性がある

〈小中学校・高校への進学や、進級してクラスが変わるなど、子どもたちにとって「環境が変わるとき」に、なんらかの原因で数週間・数ヵ月といった長期間にわたりうまくいかなくなってしまった状態を、飯村先生は「つまずき」と呼んでいます。「つまずき」が長引けば、長期欠席となってしまうこともあります〉

──進学後につまずいて学校に行けなくなってしまう子どもが増えていると聞きました。どんなきっかけで長期欠席になってしまうのですか? 何か特別なことがあったのでしょうか。

飯村周平先生(以下、飯村先生):
いいえ、「つまずき」は誰もが経験する可能性があることなんですよ。学校に進学するという環境変化は、子どもにとってよい方向にも悪い方向にも心が影響を受けるできごとです。

進学をきっかけに大きくつまずいてしまう人もいますし、反対に、以前よりのびのび過ごせるようになる人もいます。環境が変わっても、その影響をあまり受けない人もたくさんいます。

では、実例を見ながら心の変化について考えていきましょう。

【ケース①入学そうそうカゼで休んだために孤立したAさん】

Aさんは、入学式の翌日からカゼを引き、高熱で寝込んでしまいました。4日ほど休んで登校すると、クラスはすでに数名単位の友だちグループができあがってしまっていました。

それぞれグループごとに楽しそうにおしゃべりしています。小学校から一緒に入学した人もいません。一人ぼっちのAさんは、手元のスマートフォンを見て気を紛らわせているのが精一杯でした。

まったく知らない人たちの中で、友人関係をつくらなければならないのは初めての経験でした。移動教室の行き先もわからず、電車で登下校するのも初めて。なにもかもが初めてづくしです。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」。次第にAさんは、学校に行くのがおっくうになっていきました。

【ケース②勉強でも部活でも輝けないBさん】

小学校のとき、地元のサッカーチームで活躍していたBさんは、中学に入ったらサッカー部に入って活躍するのを夢見ていました。監督にアピールしようと、意気込んでサッカー部に入部。ところが、そのサッカー部は県内でも上位に入る強豪校。小学生のころとは違って、練習がとてもハードだったのです。

サッカー部の慣れないハードな練習に、だんだん疲れがたまってきます。授業中に居眠りすることが増えていきました。Bさんはもともと勉強が得意で好きでした。ところが、だんだん授業についていけなくなり、学校が楽しくなくなっていきました。

中間試験では成績がガタ落ちで、放課後に補講に参加しなければならず、何より大切にしていたサッカーの練習時間が少なくなっていきました。

入学して数ヵ月で、Bさんは勉強も部活も振るわなくなり、入学式ではキラキラと輝いていた目が、いつしか曇りがちになってしまいました。「こんなはずではなかったのに……」。Bさんは学校に行ってもつまらなく、休むことが増えていったのです。

【ケース③淡々とマイペースで穏やかに過ごしたCさん】

Cさんは、とくに学校で何かをしたいという期待は持っていませんでした。性格は穏やかで控えめ。入学式後のクラスでは、マスコットキャラクターをきっかけに、やはり内気な友だちと仲良くなりました。部活には入らず、授業が終わったら家に帰ってのんびり過ごします。授業にはまじめに取り組んだので、勉強に楽しさを見出していました。

Cさんにとって、進学は、ただ学ぶ場所が変わった程度のことで、期待もしなかった代わりに落胆することもなく、学校生活は穏やかに過ぎていきました。

「ふつう」から離れると、「ふつう」に押しつぶされることがなくなる

──どの子も、「ふつう」に過ごしていた子どもたちですね。ふとしたきっかけで学校生活がうまくいかなくなることもあれば、マイペースで安定している場合もあるのですね。

飯村先生:
そうなんです。「ふつう」に過ごしていたとしても、うまくいかなくなることがある。つまり、「つまずき」は誰でも経験する可能性があるのです。

少し特殊ですが、私の例もお話ししましょう。

私が中学生のころ、自営業をしていた両親は別居。スポーツが得意で甲子園を目指していた私は、野球の強豪校であった県内の進学校に入学することにしました。高校に進学すると、家庭の事情で一人暮らしを始めたのです。

私は高校の野球部で活躍する輝かしい自分の姿を想像していました。強豪校の野球部の練習はハードで、へとへとになって家に帰っても、一人暮らしですから話し相手はいません。洗濯も食事づくりもぜんぶ自分一人でやらなければならないのです。

異変に気がついたのは、高校1年の秋学期が始まったころでした。体がだるく、蕁麻疹(じんましん)が出たり、胸が痛かったりする状態が続くようになりました。おそらく、その前から予兆はあったのでしょう。

進学後の「つまずき」を決定づけたのは、両親の離婚でした。高校1年の私にはショックなできごとだったのです。結果的に、高校1年の後半には、学校に通えないほど、心と体が言うことを聞かないようになっていました。出席と欠席を繰り返しながら2年に進級しましたが、やがて数ヵ月の長期欠席をするようになり、授業にまったくついていけなくなりました。

私は誰にも悩みを打ち明けられず、一人で抱え込んでいました。その後、私は定時制高校に転校します。進学直後に思い描いていた輝かしい自分の姿はなく、授業や部活もあきらめなければならない状況に、自分だけ時間が止まり、取り残されてしまった気持ちだったのを覚えています。

▲つまずいた子どもに必要なのは、「自分の心が守られる環境に身を置いて、自分をねぎらって思いやること」と語る飯村先生 

──大変だったのですね……。

飯村先生:
人間の長い一生の中では、誰もが「ふつう」と思っていたことから遠ざかるタイミングがあると思います。それが、つまずいた子どもにとっては、たまたまその時期だったのかもしれません。私は、誰もが思い描く順風満帆の「ふつう人生」は、幻想だと思うんです。

そもそも人の人生を考えたとき、実は「ふつう」でないことのほうが多いのではないでしょうか。「ふつう」からいったん離れてみると、うまくいかなくなったときに「ふつう」に押しつぶされることはありません。

──なるほど、たしかに大人になったら「同じ人生」の人はいませんものね。

飯村先生:
進学での心のつまずきは、自分の意志ではどうにもならない偶然や、たまたまによる結果である、とも考えることができます。自分ではコントロールできないことって、生きているとたくさんあるんですよね。

こうした「たまたま」による結果でつまずいたとき、つまずいた自分を責めることができますか? 私は自分を責めなくていいと思います。もちろん、「たまたま」の結果でなくても、自分を責める必要なんてありませんよ。

つまずいた子どもに必要なのは、「自分の心が守られる環境に身を置いて、自分をねぎらって思いやること」なんです。

──親は、その環境をつくってあげるといいんですね。

飯村先生:
そうです。ただそのときに、母親・父親どちらか片方だけに頼りすぎるのもよくありません。もともと大昔、人の祖先の子育てはアロマザリングといって、複数の人たちでいろんな子どもの世話をするというものだったんです。

子どもがつまずき始めたら、それは家族の誰にとっても無関係なことではありません。

例えば母親が父親に、もしくは父親が母親に「最近、あの子の様子がおかしいけど、何か気づかない?」と声をかけるなど、子どもの様子は家族みんなで見る、というようにする。直接何かしてあげることだけがサポートではなくて、見守ってあげる目が多くなるといいですね。

────この記事のまとめ─────
「学校生活・新生活のつまずき」について発達心理学者・飯村周平さんにお聞きする連載(全3回)、第1回では「予兆・思春期・家庭」をキーワードにお話を伺い、続く第2回では「つまずきの予防と対策」について伺いました。

最後となるこの第3回では、実例をもとに、「つまずき」は誰でも経験する可能性があることを教えていただきました。

ご自身の「つまずき」の経験、そして発達心理学の見地から、「自分の心が守られる環境に身を置いて、自分をねぎらって思いやること」が必要だと語る飯村先生のアドバイスは、学校生活の「つまずき」だけでなく、人生における「つまずき」を乗り越える上でも大切な考え方と言えるでしょう。

撮影/市谷明美

飯村周平先生の本

高校進学でつまずいたら 「高1クライシス」をのりこえる(飯村周平:著)ちくまプリマー新書

【学校に行くのがなんとなくつらい人へ】人間関係、通学時間、授業や部活……進学後の環境の変化、馴染めていますか? 人間関係が大きく変わる。通学時間も長くなる。授業や部活についていくのが大変になる……。高校進学に伴う環境の変化が心に及ぼす影響は「高1クライシス」と呼ばれています。新生活で起こりうる「つまずき」をのりこえるための本。

繊細すぎるHSPのための 子育てお悩み相談室(飯村周平:監修、おがたちえ:まんが・イラスト)マイナビ出版

「自分の育て方が正解かわからない……」「仕事に家事に育児、マルチタスクが苦手」……。繊細すぎる「HSP」のあなたは、子育てに悩んでいませんか? 子育てに正解はないからこそ、悩んでしまうもの。子育て中のパパとママの気持ちが、少しだけラクになるヒントを一緒に考えます。

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いいむら しゅうへい

飯村 周平

Syuhei Iimura
発達心理学者

1991年生まれ。茨城県出身。2019年、中央大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。 日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは、思春期・青年期の環境感受性。日本心理学会研究教育委員会(博物館小委員会)委員、日本青年心理学会国際研究交流委員、『Humanities & Social Sciences Communications』編集委員。 主著に『HSPブームの功罪を問う』(岩波書店、単著)、『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(金子書房、単著)、『HSP研究への招待:発達、性格、臨床心理学の領域から』(花伝社、編著)、『繊細すぎるHSPのための 子育てお悩み相談室』(マイナビ出版、監修)、『高校進学でつまずいたら:「高1クライシス」をのりこえる』(筑摩書房、単著)など。

1991年生まれ。茨城県出身。2019年、中央大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。 日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、2022年より創価大学教育学部専任講師。専門は発達心理学。研究テーマは、思春期・青年期の環境感受性。日本心理学会研究教育委員会(博物館小委員会)委員、日本青年心理学会国際研究交流委員、『Humanities & Social Sciences Communications』編集委員。 主著に『HSPブームの功罪を問う』(岩波書店、単著)、『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(金子書房、単著)、『HSP研究への招待:発達、性格、臨床心理学の領域から』(花伝社、編著)、『繊細すぎるHSPのための 子育てお悩み相談室』(マイナビ出版、監修)、『高校進学でつまずいたら:「高1クライシス」をのりこえる』(筑摩書房、単著)など。

たかぎ かおり

高木 香織

Kaori Takagi
編集者・文筆業

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。