【見逃される発達障害】不器用・運動オンチは「発達性協調運動障害(DCD)」の可能性 専門家が解説

DCD(発達性協調運動障害)不器用すぎる子どもを支えるヒント 小児精神科医・古荘純一先生に聞く#1

永見 薫

ただの不器用・運動オンチだと思っていたけれど……(写真:アフロ)

泳げない、スキップができない、文字を書くのが苦手、身支度にやけに時間がかかる……。「ただの不器用」だと思っていたけれど、実はそれが発達障害かもしれないと、あなたは考えたことはありますか?

DCD(発達性協調運動障害)についてご存知でしょうか。初めて耳にした方が多いかもしれません。

社会での認知度が高くないために、そもそも気づいていない、また障害に気づいていても支援を受けられず困りごとを抱えたままのお子さんや保護者が多くいます。

一体どんな症状なのか。小児精神科医でDCDについて詳しい古荘純一先生(青山学院大学教授)に、現在、自身もDCDの子を育てるライターが取材しました。

古荘純一先生

【古荘 純一(ふるしょう・じゅんいち)青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもち、教職・保育士などへの講演も行っている】

「極端な不器用さ」がDCDの特徴

発達性協調運動障害(DCD)(※)はいったいどのような症状なのでしょうか。

DCDの一番の特徴は「極端な不器用さ」があることです。

例えば「ファイルからプリントを1枚取り出す」ことさえ難しかったり、「ボタンを1つとめる」のに何分もかかったりするのです。なんてことのない動作のように見えるかもしれませんが、DCDをもつ人にとってはとても難しい動作です。また、ボールを投げる・蹴ることや、鉄棒や水泳ができないなど「運動が極端に苦手」な場合もあります。

(※「DCD」はDevelopmental Coordination Disorderの略。体の動きをコントロールする「協調」と呼ばれる脳機能の発達がスムーズにいかないため困りごとが起きている障害)

古荘先生は「DCDは、これまで全く注目されてきませんでした。なぜなら他の発達障害(※)よりも程度が重視されず、後回しにされてきたからです」と話します。

(※発達障害にはADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)、ASD(自閉スペクトラム)などさまざまな種類がある)

▲代表的な発達障害と特徴
(書籍『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』より)
▲DCDとその他の発達障害の重なり
(イラスト:コクリコ編集部作成)

都道府県等、各行政が公表している発達障害医療機関リストには、症状別に診断可能な病院が一覧にまとめられています。しかし先生は、ADHD・ASDやLDは症状の一つとして反映されているものの、DCDは反映されていない、と指摘します。(2024年現在)

もちろん、全く知られてこなかったわけではありません。医療分野では、発達障害の診断マニュアルが存在し、診断基準も作成されています。しかし、診断や療育を進める上で、学業の成績や日常生活の質向上を目的としていたため、運動機能面の質向上をサポートする療育というのは、どうしても後回しにされる項目となっていました。

ところが昨今状況が変わりました。

「運動機能面は、幼少期・青年期を経て、社会に出た大人にとって生きづらさとして残ることがわかり、その重要性が高まってきたのです。運動機能は体育の授業やレジャー・スポーツ活動だけではなく、学業や就業にも必要な、書字やハサミや定規、鉛筆などといった器具の動作にも直結してくることから、DCDの重要性が見直されています」と、先生はその事情について話します。

社会生活を行う上での困難性を考えると、早い段階での療育が必要だと説かれるようになり、以降は日本でも研究が進み、DCDの療育を推進するようになってきています。

縄跳び、スキップ、ボタンをとめる…「協調運動」とは

ところで協調運動とはどういうことでしょうか?

「協調運動とは、手と足、目と手など別々に動く機能をひとつに統合して、目的に合わせて協調させて動かす運動のことを言います。例えば縄跳びやスキップ、ボールを目で追いながら足で蹴るなどの運動は協調運動ですね」

「人の脳は乳児期から顕著な発達が見られますが、視覚情報や聴覚情報をとらえて体全体を動かす『粗大運動』が先行して発達します。次に、乳児期の後半から幼児期にかけて、手先の運動である『微細運動』を獲得していきます」(古荘先生)

▲協調運動のしくみ
(書籍『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』より)

実際にボタンをとめる動作を例に、強調運動のプロセスを分解してみましょう。

〔1〕視覚情報としてボタンとボタンホールの位置が入ってくる
〔2〕片方の指先でボタンホールの周囲を持ち、ホールの位置を触覚で捉える
〔3〕もう一方の手でボタンをつまむ
〔4〕つまんだ触覚を維持したまま、ボタンホールにボタンの端を差し入れる
〔5〕ボタンを途中まで通したら、それぞれの持ち手を交代する
〔6〕ボタンをつまみ替えたら、ボタンを持った手で引っ張り出しながら、触覚を頼りにもう一方の手でボタンを押し出してとめる


このような形で、私たちは日常、無意識のうちにさまざまな感覚を統合しながらいくつもの筋肉を動かしています。とはいえ、これはあくまで例の一つ。できることや苦手なこと、症状の程度は人によって異なり、さまざまです。

あなたの周りを見渡してみて、思い当たる人はいないでしょうか?

自分の同級生や職場の仲間、知人や友人、家族など……。もしかしたら周囲も本人も、極端な運動音痴と思っていたけれど、ふたを開けてみたら実はDCDだったということがあるかもしれませんね。

クラスに1~2人いるDCDの子ども

症状の程度がさまざまだからこそ、周囲が気づきにくいという点がネックのDCD。実は子どもの5~6%(※)に症状があると言われています。(※世界保健機関(WHO)が作成した疾病分類「ICD11版」で公表されている割合)

これを1組30人のクラスに置きかえて考えると、クラスに1~2名はDCDの子どもがいることになるのです。

▲DCDの子どもはクラスに1~2人いる
(書籍『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』より)

しかし、先生は潜在的なDCD有症者はもう少し人数がいるのではないかと指摘します。

「この統計データは世界の子ども全体の人数に対して、DCDと診断確定されている子どもの人数を割り出した統計データにすぎないからです。実際はその障害に気づいていない人も存在しているんですよね。

悩ましいのは、大人になっても困難が残る人が50%~70%ほど存在するということです。『大人になれば治るでしょう?』『努力すれば克服できる』『トレーニングを重ねるべき』といった精神論はまったく根拠がないのです。

それどころか、子どもたちの自己肯定感を下げることになり、更なる生きづらさを生み出してしまいます」(古荘先生)


日々の暮らしや仕事、学業での困りごとがつみ重なるだけではなく、余暇やレクリエーション、健康促進活動などを楽しむことができない。これでは、豊かな人生を作り上げることも阻害されてしまいます。

乳児期〜幼児期〜学童期 具体的な困りごと

実際にどんな困りごとがあるのか、乳児期と幼児期、学童期に分けて見てみましょう。

▲DCDの子どもたちによくみられる症状
(書籍『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』より)

幼児期には「ミルクでむせやすい」「寝返りができるようになるのが遅い」「はいはいがぎこちない・できない」などといった傾向があります。

特に乳児期は見分けが難しいかもしれません。

「それが神経の発達に問題があるのか、成長の遅さによるものなのかと考えてしまうことでしょう。個人差もありますが、1歳の誕生日を迎える前までに気づくことが多いようです。定期健診の機会を利用して相談をしてみると良いでしょう」と先生はアドバイスをしてくれました。

幼児期に入ると、微細運動(手先を使った細かく精密な動作)に兆候が表れ始めます。「スプーンやコップがうまく使えない」「ハサミがうまく使えない」「ボタンがとめられない」「ぬり絵がうまくできない」といったものです。

また、粗大運動(体全体を動かす動作)である「階段がうまく上れない」「ブランコなどの遊具で遊べない」「ひんぱんに転ぶ」といった症状もあります。

これらは集団活動のしにくさにつながり、子どもたちのストレスの原因にもなります。

そして、集団活動への参加がさらに求められる学童期になると、さらに事態は深刻になります。

微細運動の困りごとだと「文字がうまく書けない」「コンパスや定規などの道具が使えない」「教科書のページがめくれない」「靴ひもが結べない」といったものから、粗大運動である「鉄棒ができない」「陸上競技や水泳ができない」「球技でボールをうまくコントロールできない」といった、授業にも直結する困りごとが増えていきます。

正確に行えば行おうとするほどに、ますます時間がかかり、授業の時間内で収められないことも。一番の悲しいことは、できないことを揶揄されたり、いじめや仲間外れに発展することも考えられることです。また、運動嫌いから過食や肥満に、書字が苦手なことから勉強嫌いなど、二次的な悪影響も出やすくなります。

そうならないためにも、まずはDCDの存在を知り、困りごとの解決のために、行動していくことが必要ですね。

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今まであまり知られていなかったDCDについて古荘先生の専門家ならではの解説に驚いた方もいたのではないでしょうか。

次回は、我が子が発達性協調運動障害(DCD)だったら、親は・周囲は、どうアクションするべきなのか。見分け方、相談先、子どもへの接し方について教えて頂きます。

【発達性協調運動障害(DCD)について、発達障害の専門家・古荘純一先生に伺う連載は全3回。第1回では、「DCDの基礎知識」について教えて頂きました。続く第2回では「DCDかな?と思ったら・DCDの診断」について、最後の第3回では、「DCDの二次障害や大人のDCD、その支援」についてを解説します】

写真/市谷明美
イラスト/村山宇希〔『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(著:古荘純一)より〕

DCD「発達性協調運動障害」について詳しく知る

『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』著:古荘純一 (健康ライブラリースペシャル)

DCDは、極端に不器用で、日常生活にさまざまな困難さを抱える発達障害の1つです。協調運動の不具合で起こるため、診断がつかずに困難さを抱えたまま学童期を迎えることが多く、周囲からは理解されず、生きづらさを抱えているケースも少なくありません。

本書では、DCDという疾患がどんな症状を呈し、どんな生きづらさを伴っているのかを解説するとともに、実例を多くあげて本人・家族が抱える困難さの現状、支援方法やアドバイスを紹介していきます。

【本書の内容構成】
プロローグ「DCD」という発達障害を知っていますか?
第1章 「不器用」では片づけられない「極端なぎこちなさ」
第2章 まだ知られていない「DCD」という発達障害
第3章 幼児期の「極端なぎこちなさ」に気づいてほしい
第4章 学校でいちばんつらいのは体育の時間
第5章 学校生活のあらゆる場面で困りごとを抱えている
第6章 大人になっても就労や家事でつまずきやすい
第7章 自分なりのライフスタイルをみつける

ふるしょう じゅんいち

古荘 純一

Junichi Furusho
小児精神科医

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。

ながみ かおる

永見 薫

Kaoru Nagami
ライター

複数の企業勤務後、フリーライターへ。地域や街、暮らしや子育て、働き方など「居場所」をテーマ に、インタビューやコラムを執筆しています。 東京都の郊外で夫と子どもと3人でのんびり暮らす。知らない街をおさんぽしながら、本屋を訪れる休日が好き。 X:https://twitter.com/kao_ngm note:https://note.com/kaoru_ngm

複数の企業勤務後、フリーライターへ。地域や街、暮らしや子育て、働き方など「居場所」をテーマ に、インタビューやコラムを執筆しています。 東京都の郊外で夫と子どもと3人でのんびり暮らす。知らない街をおさんぽしながら、本屋を訪れる休日が好き。 X:https://twitter.com/kao_ngm note:https://note.com/kaoru_ngm