極端な不器用「DCD(発達性協調運動障害)」実例・合理的配慮・大人になったときの影響… 医師が解説
DCD(発達性協調運動障害)不器用すぎる子どもを支えるヒント 小児精神科医・古荘純一先生に聞く#3
2024.08.09
目次
真剣に取り組んでいるのに、うまくできない。「ふざけないで、まじめにやりなさい!」と、極端な不器用・運動音痴のせいで怒られてしまった……そんな経験をしたこと、ありますか?
幼稚園や保育園、学校などの集団生活で、周囲と同じペースで活動ができない。それって、もしかしたら「DCD」かもしれません。
DCD(発達性協調運動障害)とは、体の動きをコントロールする「協調」と呼ばれる脳機能の発達がスムーズにいかないため、困りごとが起きている障害のこと。ボールを蹴るのが下手、文字をうまく書けない、身支度にやけに時間がかかるなど「極端な不器用さ」が特徴です。
DCDの子どもは、30人クラスに1~2名の割合でいると言われています。
集団で同じように活動ができないという困りごとだけでなく、集団になじめないことから起きる、うつ状態やいじめ被害など深刻な問題を抱える場合も。
そんなとき、「困りごとの支援」そして「二次障害を防ぐ」ための有効的な方法として、「合理的配慮」を受けるという選択肢があります。
「DCDの基礎知識」を解説した第1回、「診断・支援の受け方」について解説した第2回に続き、最後となるこの第3回では、DCDの子どもの生活実態、二次障害、合理的配慮を受ける手段について紹介。子どもの発達に詳しい古荘純一先生(小児精神科医・青山学院大学教授)に、現在、自身もDCDの子を育てるライターが取材しました。
【古荘 純一(ふるしょう・じゅんいち)青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもち、教職・保育士などへの講演も行っている】
うつ状態・いじめ被害…DCDと二次障害
DCDの子どもたちは、それぞれに苦手なことや困りごとを持っているため、他の子どもたちと同じように遊びたくてもうまくできないという葛藤を抱えています。それは、学習や生活の場面においても同様です。
「DCDを持つお子さんに話を聞いてみると、『ノートをとるのが苦手で時間内に黒版を書き写すのが難しいからあせる』『できないことを先生に怒られた。また怒られると思うといつも不安だった』
『体育が苦手でみんなにからかわれるから授業に参加したくなかった』『○○は下手だから、いつもうちのチームは負ける、ととがめられた』などといった気持ちをかかえているようです。
常に葛藤をしているのですよね。葛藤を解消できずに抱え続けていると、本人の自己肯定感が下がったり、友達と遊びたくてもうまく輪に入れなくなります。
次第にからかいや、いじめの対象となることもあり、二次障害が生じるのも大きな問題です」(古荘先生)
また、周囲の理解が得られていないと、必要以上に過小評価をされることもあります。例えば、テストの答えは合っているのに「字が汚い」というだけで減点されたり、着替えが遅いことから生活態度の評価が下がったりすることも。
自信や意欲をなくしてしまうとさらに学習にも身が入らなくなります。苦手なこと、いじめられることへの恐怖から、友達や周囲の大人との関わりを避けて、一人で遊んでばかりになってしまったり。最終的には不登校や、家に引きこもってしまうというお子さんもいるそうです。
古荘先生は「周囲の人は、まずはDCDのお子さんがこうした葛藤をかかえて不安な気持ちでがんばっていることにどうか気づいてあげてほしいと思います。そのうえで、評価の際に必要な配慮をしてあげてほしいですね」と話します。
「合理的配慮」 工夫で負担を減らし暮らしやすく
困りごとを抱える中、少しでも快適に暮らすために、合理的な配慮を受けるという選択肢があります。
これは国が正式に公言していることです。文部科学省は教育現場での「合理的配慮」について、『障害のある子どもが、他の子どもと平等に「教育を受ける権利」を享有・行使する(※)』ために必要な配慮としています。
「合理的配慮」は、学校だけではなく、職場でも求めることができますが、「このことを知らずに、苦しみながら過ごす人も多い」と古荘先生は話します。
「医師のもとを訪ねて相談すれば、合理的配慮が必要だと診断を出すことが可能です。その診断書を持って学校の先生や職場へ相談に行きましょう。
ただし、前(※第2回)にもお話ししましたように、診断できる機関が限られています。その時は『DCDの疑い』でもかまいませんので、書類を作成してもらってください。疑い(グレーゾーンと呼ばれる)場合も、合理的配慮の対象となります。DCDを持つ子どもも大人も、それだけでぐんと暮らしやすくなるはずです」(古荘先生)
まずは診断書を持ち、本人と保護者が配慮してほしい内容を伝えることが大切です。その後、学校はどの程度の配慮ができるかを判断し、配慮の「合意形成」を行い、これにて実際に学校での配慮が始まります。
【※障害のある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮及びその基礎となる環境整備:文部科学省】
例えばどんな合理的配慮があるのでしょうか。
「着替えることが苦手で、体育の授業中や休み時間に着替えが間に合わないお子さんがいました。そのお子さんは先生と話し合い、登校時から体育着を着用して通学をすることを許可してもらったそうです。
また、書字が苦手なお子さんには、他のお子さんと同じスピードで板書するのが間に合わないことから、タブレットについているカメラで黒板を撮影させてもらうことにしたそうです」
古荘先生は、ユニバーサルデザインの文房具や、便利グッズなどを取り入れることもすすめています。
「例えば、『線が上手に引けない』お子さんには、滑り止めのついた定規を取り入れる。また『紐が結べない』お子さんには、マジックテープのスニーカーを履かせる。『指先が不器用』で財布から小銭が出せないお子さんには、電子マネーを所持させるなどです。
代替の道具で負担を軽くすることで、暮らしやすくなります。ただし、こうしたグッズを学校生活で取り入れたい場合は、担任の先生などと相談した上で導入すると良いですね。今の時代は便利な道具にあふれています。これらを大いに活用するべきです」(古荘先生)
苦手な動作の習得方法
とはいえ、もちろん苦手なことが克服できるに越したことはないのでは? そう思う親御さんもいるかと思います。実際のところ、苦手なことを完璧に克服し上手にこなせるようになるのは難しくても、不器用さが軽減することはあるそうです。
「協調運動は繰り返しが大切。例えば、家庭科や体育の授業の中で、“これだけは、なんとか習得したい”という動作があったとします。そのときは事前に、短期集中的に練習しておくと、苦手意識を持たずに授業で取り組み始めることができます。
DCDのお子さんは、動作を習得するのに他のお子さんよりも時間がかかる、と思っておくと良いかもしれません。みんなと一斉に習得スタートするのではなく、スタート時点である程度のプライオリティがあると、本人も気持ちに余裕を持って取り組むことができます」(古荘先生)
そして、協調運動は「予習と復習」が有効だそう。つまりは「反復すること」が大切なのです。くり返し行い、体に染み込ませることで、次第に苦手な動作ができるようになっていくそうです。
「もちろん無理に行う必要はありません。でも本人が“これはやりたい”“がんばりたい”と思うのであれば、その気持ちに応えてあげましょう。反対に“絶対に無理だ”“やりたくない”という気持ちを抱いている場合には、無理して克服させず、必要な配慮を求める。本人の気持ちが判断基準のひとつになります」(古荘先生)
就職・子育て…大人の困りごとエピソード
「DCDのお子さんの50%~70%は大人になっても困りごとが継続する」と古荘先生はいいます。そうはいっても、生活にどんな影響があるのか想像がつきがたいものです。
「例えばこんなケースがありました。教育免許の取得をめざし、大学で授業を受けていた学生の話です。教職課程には、体育の単位を取得するために、25m泳げる必要があった。これは教職課程での決まりがあったようなのですが、その子はあきらかなDCDの症状があり、泳ぐことだけはどうしてもできなかったのです。
こういったケースのとき、そのままにしておいたらその子は教師になれず、就職もできません。そこで合理的配慮をお願いし、合意を得たことで、本人の努力・プロセスを認めた上で単位を取得。無事に教職課程をクリアしました」(古荘先生)
また意外かもしれませんが「子育て」においても、DCDが困難さを生み出すこともあるそうです。
DCDを持つKさんは、お子さんに母乳をうまく飲ませられずに苦戦していました。楽な姿勢を維持できずに、そり返ったまま肩を壁にくっつけた状態で母乳を飲ませていたのです。さらに、自分が無理な姿勢のまま、赤ちゃんの姿勢も保とうとして、汗びっしょりで授乳をするしかなかったそうです。
「Kさんは、頭の中では母乳を与えるための正しい姿勢を理解してはいるのですが、実際にイメージどおりの姿勢を保てない、つまり母乳を飲ませるという協調運動ができていなかったのです。Kさんには、クッションや座りやすい椅子を用いて、できるだけ楽な姿勢で授乳ができるように助言しました」(古荘先生)
このように、就職や子育てなどにも影響がある実例から、DCDへの理解と配慮がその人の人生を大きく左右することがわかります。
─────────────
子どものころだけではなく、大人になってもずっとつき合うことになるDCD。
本人がDCDとわからずに一生涯その状況に戸惑いを持ち続けてしまった場合を思うと、心身の苦しさはいかほどかと胸が痛くなります。
たとえ上手にできなくても、その人の人生において少しでも「できた」「負担が減った」と思える、心が軽くなるような体験が積み重ねられるように。
そのためにまずは、周りがDCDのことを知る。そして、誰かに相談しつながることが解決の一歩目だと、本人も気がつけるようになることが大切ですね。
【発達性協調運動障害(DCD)について、発達障害の専門家・古荘純一先生に伺う連載は全3回。「DCDの基礎知識」について解説した第1回、「DCDかな? と思ったら・DCDの診断」について解説した第2回に続き、最後の第3回では、「DCDの二次障害や大人のDCD、その支援」についてお話を伺いました】
写真/市谷明美
イラスト/村山宇希〔『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(著:古荘純一)より〕
DCD「発達性協調運動障害」について詳しく知る
DCDは、極端に不器用で、日常生活にさまざまな困難さを抱える発達障害の1つです。協調運動の不具合で起こるため、診断がつかずに困難さを抱えたまま学童期を迎えることが多く、周囲からは理解されず、生きづらさを抱えているケースも少なくありません。
本書では、DCDという疾患がどんな症状を呈し、どんな生きづらさを伴っているのかを解説するとともに、実例を多くあげて本人・家族が抱える困難さの現状、支援方法やアドバイスを紹介していきます。
【本書の内容構成】
プロローグ「DCD」という発達障害を知っていますか?
第1章 「不器用」では片づけられない「極端なぎこちなさ」
第2章 まだ知られていない「DCD」という発達障害
第3章 幼児期の「極端なぎこちなさ」に気づいてほしい
第4章 学校でいちばんつらいのは体育の時間
第5章 学校生活のあらゆる場面で困りごとを抱えている
第6章 大人になっても就労や家事でつまずきやすい
第7章 自分なりのライフスタイルをみつける
永見 薫
複数の企業勤務後、フリーライターへ。地域や街、暮らしや子育て、働き方など「居場所」をテーマ に、インタビューやコラムを執筆しています。 東京都の郊外で夫と子どもと3人でのんびり暮らす。知らない街をおさんぽしながら、本屋を訪れる休日が好き。 X:https://twitter.com/kao_ngm note:https://note.com/kaoru_ngm
複数の企業勤務後、フリーライターへ。地域や街、暮らしや子育て、働き方など「居場所」をテーマ に、インタビューやコラムを執筆しています。 東京都の郊外で夫と子どもと3人でのんびり暮らす。知らない街をおさんぽしながら、本屋を訪れる休日が好き。 X:https://twitter.com/kao_ngm note:https://note.com/kaoru_ngm
古荘 純一
青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。
青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。1984年昭和大学医学部卒、88年同大学院修了。昭和大学医学部小児科学教室講師を経て現職。小児精神医学、小児神経学、てんかん学などが専門。発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、教職・保育士などへの講演も行う。小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ。 主な著書・監修書に『自己肯定感で子どもが伸びる 12歳までの心と脳の育て方』(ダイヤモンド社)、『発達障害サポート入門 幼児から社会人まで』(教文館)、『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書)、『空気を読みすぎる子どもたち』『ことばの遅れが気になるなら 接し方で子どもは変わる』『DCD 発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント』(ともに講談社)など。