「息子がピンクばかり選ぶのがイヤ」 親の【ジェンダーバイアス問題】 坂東眞理子さんからのアドバイス〔令和の育児悩み〕

「子どもの“好き”はどんどん変わる」

「好き嫌いは、小さいころからあるのよ。生まれながらにして、個人個人で違うもの。平均的には、男の子はメカニックなものを好み、女の子はヒューマンなものに惹かれる傾向があるけれど、それはあくまで平均の話」

「一人ひとりは違う。その子が何が好きかを、ちゃんと見てあげることが大事なんです」


だからこそ、親は「こうあってほしい」という願いや、「周囲からどう見られるか」といった不安を切り離し、子ども本人の気持ちに耳を傾けてほしい、とも。

(写真:アフロ)
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「親が『こうなってほしい』と強く思うあまり、その願望を子どもに押しつけると、子どもは無意識のうちに親の期待に応えようとしてしまいます。けれど、本当に大事なのは、その子自身が何に関心を持ち、何に向いているのかを、親がよく見てあげること」

「誰よりも近くで子どもを見ている親こそ、その役割を担える存在なんです」


そう語ったうえで、坂東さんは子どもの自我の芽生えに触れ、こんなふうにアドバイスしてくれます。

「物心がつかないうちは、親が好きな服を着せたって構わない。でも、子どもが『これが好き』と自分の意志を持つようになったら、親はそれを尊重する。そういうバランス感覚が大事なのではありませんか」

子どものころ、『鉄腕アトム』に夢中だったという坂東さん。自身の「好き」が時代を超え、いま令和を生きる親たちへのやさしいエールとして響いてくるようです。

「ちゃんとした親」じゃなくてもいい──肩の力を抜くという選択

「いい母親」「ちゃんとした父親」でありたい──そう願う気持ちは尊いものです。けれど、その「正しさ」に自分を縛ってはいないでしょうか。

「私もね、『自分はちゃんとした母親じゃない』って、ずっと罪悪感を抱えていましたよ。特に働きながら育てるのは、本当に大変だった。0歳児保育は東大より入るのが難しいって言われていた時代ですから」

高い倍率をのりこえて無事に保育園に入れても、日々の送り迎えに苦労したと坂東さんは振り返ります。

お迎えに行けないので、近所の方に頼む。病気になれば実家の母に助けてもらい、「総動員体制」で子育てを乗り切っていたといいます。

「それでもね、子どもから『ママなんて大嫌い』『私は絶対、働く母親にはならない』なんて言われて、落ち込むこともありました……。でも、子どもの意見はどんどん変わっていきます」

「ある時期までヒラヒラの洋服が好きだったのに、『こんなのもうイヤ』と言い出したり、『働くママなんて大嫌い』と言っていたくせに、『私も働くお母さんになる』と言ってみたり。その時々、揺れ動く子どもの発言に親が振り回されないことも大事なのではないでしょうか。ちなみに、結局娘は二人ともワーキングマザーです(笑)」


完璧な親なんて、どこにもいない。坂東さんは、そこに気づいたときから、少し肩の力が抜けたそう。

「子どもは、親のすべてを条件として受け止めて育つ。だったら、親が“100%じゃない自分”をまず認めてあげることも、大事なんです」

「私の場合、仕事を一生懸命やっていて、子育ては十分でなかったという自覚があった。だから、“謙虚な母親”だったと思う。その点は、良かったのではないかと思います」

「割り切り」と「対話」のバランス

子育ての場面では、祖父母やパートナーとの価値観の違いに直面することもあります。

とくにジェンダーの話題は、世代間での感覚のズレが大きくなりがちです。

「祖父母と親で意見が違うのは、ある意味当たり前。世代が違えば、価値観も違う。祖父母が孫に対して、『男の子はしっかり』『女の子はおしとやかに』なんて言うこともある。そこで『そんなこと言わないで』と正すより、『おじいちゃんやおばあちゃんは、そう思っているんだな』と割り切って受け止めるくらいのほうが、うまくいくはずです」

坂東さん自身、子育てをしていた当時、母親の存在が大きかったと振り返ります。

「私は母がいなかったら、とても育児はできなかった。だからこそ、母が私の娘たちにどう接していようと、基本的には母の自由にしてもらっていました。私が母の言葉をいちいち制限するより、母なりの愛情を受け取ってもらったほうが、子どもにとっても良いと感じていましたから」

▲祖父母が子どもへどう接するかを全てコントロールするのは難しい。相手を信じて任せることも時には大切です。
▲祖父母が子どもへどう接するかを全てコントロールするのは難しい。相手を信じて任せることも時には大切です。

そもそも、「祖父母に限らず、子どもに入ってくる情報を親が100%コントロールするのは無理」と坂東さんは力説。

「例えば、私が母に向かって『うちの娘にそんなこと言わないで』と頼んで、母が言うことを聞いてくれたとしても、子どもは学校や近所など、いろんな場所でいろんな価値観に触れるもの」

「ですから、家庭だけで“正しい型”を教え込むなんて、そもそも無理があるんです。親は、子どものまわりに集まってくる情報の全部はコントロールできないと覚悟しておいたほうがいいと思いますよ」


とはいえ、「ジェンダーの価値観を含め、親は子どもに自分の考えを伝えておくべき」と坂東さん。

「『別の考え方をする人もいるけど、ママはこう考えているのよ』と、子どもには伝えるようにしていました」

「言ったところで、子どもは忘れてしまうし、『はっ?』という感じで、反発されることもあるでしょう。実際、うちの娘からは、『それはママの考えでしょ』と言われたこともあります。そんなときは、『そうよ』で流しちゃう。自分が言いたいことが子どもにうまく伝わらなくても、クヨクヨしないことが大切なんです」

「子育てに限らず、いろいろなシーンで、自分の言うことが100%相手に伝わることなどほとんどない。そう思っておけば、気持ち的にかなり楽になります」

子育てに迷うのは、子どもと真っ直ぐに向き合っている証。坂東さんの言葉に、「今日の“もやもや”は、きっと明日につながっている」と勇気づけられますね。

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坂東眞理子さんへ「子育てとジェンダーバイアス」をテーマに伺う連載は前後編。前編の今回は、親の「モヤモヤ」の背景と、子どもの個性との向き合い方をお話しいただきました。

次回の後編では、坂東さんの半生と子育てについてお聞きします。「女の子」で落胆された幼少期から、大学・就職・官僚時代のエピソードまで。

「逆風」の中でも歩みを止めず、仕事と子育てに向き合った坂東さんの半生は、ジェンダーバイアスとの静かな闘いでもありました。

「女だから」の枠に挑み続けてきた坂東さんに、令和の子育て世代に向けたメッセージを伺います。

撮影/市谷明美

祖父母の品格 孫を持つすべての人へ (朝日新書)
人は本に育てられる (幻冬舎新書)
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ばんどう まりこ

坂東 眞理子

Mariko Bando

1946年、富山県生まれ。東京大学卒業。1969年総理府入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事等を経て、1998年女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)。2001年内閣府初代男女共同参画局長。2004年昭和女子大学教授となり、同大学女性文化研究所長、2007年同大学学長、2014年同大学理事長、2016年から同大学総長。 ベストセラー『女性の品格』『親の品格』(以上、PHP新書)のほか『錆びない生き方』(講談社)『美しい日本語のすすめ』(小学館101新書)『幸せの作法』(アスキー新書)『大人になる前に身につけてほしいこと』(PHP研究所)『祖父母の品格 孫を持つすべての人へ』(朝日新聞出版)など著書多数。

1946年、富山県生まれ。東京大学卒業。1969年総理府入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事等を経て、1998年女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)。2001年内閣府初代男女共同参画局長。2004年昭和女子大学教授となり、同大学女性文化研究所長、2007年同大学学長、2014年同大学理事長、2016年から同大学総長。 ベストセラー『女性の品格』『親の品格』(以上、PHP新書)のほか『錆びない生き方』(講談社)『美しい日本語のすすめ』(小学館101新書)『幸せの作法』(アスキー新書)『大人になる前に身につけてほしいこと』(PHP研究所)『祖父母の品格 孫を持つすべての人へ』(朝日新聞出版)など著書多数。

さとう みゆき

佐藤 美由紀

Miyuki Satou
ノンフィクション作家・ライター

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。