
軍事力はなぜ必要なのか 小泉悠氏に聞くこれからの平和教育と親の役割
東京大学准教授・小泉悠先生に聞く、現代の戦争と国際社会のリアル #3 (3/4) 1ページ目に戻る
2026.03.30
東京大学准教授:小泉 悠
武器を持つことに抵抗がある親へ 「保険」としての軍事力
──日本を守るために防衛力を強化すべきという議論がありますが、同じ子育て中の知人たちと話していると、「武器を持つこと」自体に抵抗を感じる人が多いようにおもいます。
小泉先生:日本人が軍事力に対して強いアレルギーを持つのは、戦前の「軍部の暴走」でひどい目に遭った歴史があるからで、その感覚自体は民主主義国家の市民として非常に健全なものです。ただ、今の時代に「軍事力なしで安全保障ができるか」と言えば、それは現実的に不可能だと思います。
私は軍事力を、「車の保険」のようなものだと話しています。戦争は起こしたくなくても、向こうから理不尽にぶつかってくる相手がいるかもしれない。
そのときに、一方的に殴られないための準備は必要です。もし相手が「この国は反撃してこない」と思えば、かえって戦争のハードルは下がってしまうことになります。厳しい現実ですが、軍事力を持つことは、最悪の事態を避けるための「平和への投資」とも言えるでしょう。
──「外交で話し合えば解決するのでは」と考えてしまうのですが、それは難しいのでしょうか? 「平和の投資」だとしても「車の保険」が生活費を圧迫するのは本末転倒です
小泉先生:なぜか日本では「外交か軍事か」の二択になりがちなのですが、本来これらは両輪です。強い外交をするためには、その裏付けとしての「力」が必要なのです。そしてその力とは軍事力だけでなく、経済力や知恵も含まれます。
歴史を振り返れば、大英帝国がインドから撤退する際も、単に引くのではなく、その後の影響力をどう残すか、撤退の後に考えられる混乱を必死に計算していました。日本にもこれからはこういう力が必要になると思います。
やってくる多極世界が、単なる大国による「世界分割」になるのか、それとも日本や韓国のような「ミドルパワー」がちゃんと呼吸できる世界になるのか。それは、我々が「望ましい多極世界」になるために、どう振る舞うかにかかっています。つまり軍事という裏付けがあるからこそ、外交のテーブルで粘り強く対話を継続できるのです。






























