虫歯予防のため〔食器を親子で共有しない〕は科学的根拠なし 専門医が語る真相とは

東京医科歯科大学・相田潤教授が解説する「乳幼児期の親子の食器共有」乳幼児の虫歯予防を科学的に考える

東京医科歯科大学教授:相田 潤

親子間の食器共有は虫歯になるリスクが高まるのは本当なのでしょうか?  写真:アフロ

虫歯の原因となる菌の感染を防ぐために、「親が使ったスプーンやコップなどは赤ちゃんと共有しないほうがいい」と子育て中に一度は耳にしたことがある人も多いかと思います。

しかし、東京医科歯科大学の教授で、日本口腔衛生学会認定医でもある相田潤先生は、「親子間での食器の共有が、虫歯予防となる科学的根拠はない」と言います。

そこで相田先生に、親子の食器共有と虫歯予防について解説していただきました。

「実は科学的根拠はない」日本の食器共有を控える風潮

──2023年8月31日、日本口腔衛生学会は、「食器の共有をしないことで、う蝕(虫歯)予防ができるという科学的根拠は必ずしも強いものではない」という見解を発表しました。まずはこの発表に至ったきっかけを教えてください。なぜ、このタイミングだったのでしょうか?

相田潤先生(以下、相田先生):きっかけは、2023年5月に「乳幼児期に親の唾液に接触することで、子どものアレルギー発症リスクを予防する可能性を示す」和歌山大学の研究内容が報道されたことです。

※乳児期の唾液接触と学齢期のアレルギー発症リスクとの関連性明らかに

この研究に関する、ある新聞の記事の記述に、「親の唾液から虫歯の原因となる『ミュータンス菌』に子どもが感染するリスクが高まるのではないか」といった指摘が目に入りました。

日本では「虫歯菌がうつるから、親の唾液がついたスプーンやお箸などは子どもと共有しないほうがいい」という考え方が一般的です。

しかし、厚生労働省や日本口腔衛生学会からは、「親子で食器を共有すると虫歯の原因になるため、食器を共有してはならない」といった見解は出されていないかと思います。私が知る限り、歯科学の教科書にも「親子で食器を共有してはならない」とは書かれていないんです。

事実、3歳児を対象とした研究で親子の食器共有が虫歯の要因になるかを調査したところ、「食器の共有をしていない場合」と「食器を共有している場合」の子どもの虫歯発症は統計的に有意な差は見られませんでした。

つまり、厚生労働省や学会では「親子で食器の共有を避けていれば、子どもの虫歯は防げる」と推奨していないにもかかわらず、なぜか日本では当たり前のように広まっている。今回の和歌山大学の研究内容を報じた新聞記事を読んで、あらためてそう気づかされたのです。

ちなみに海外では、親から子へミュータンス菌などの口腔細菌が感染することは知られていますが、だからといって親子で食器を避けるような情報発信はほとんどされていません。
 
私たち日本口腔衛生学会としては、誤解を招く情報がどんどん広まっていることに危機感を持ち、今回の発表に至ったというわけです。

──これまで子どもに虫歯菌が感染しないように、多くの親は頑張って食器を分けていたと思います。

相田先生:もちろん積極的に「食器を共有してください」と推奨しているわけではありません。例えば、風邪やインフルエンザ、新型コロナウイルスなどの感染症対策として食器の共用を避けるのは一般的に有効だと考えられます。

普段、親子のスキンシップで赤ちゃんを抱っこして至近距離でおしゃべりをしていれば、子どもは自然と親の唾液に接触しますよね。実際、新型コロナウイルスを経験し、飛沫が思っていた以上に周りに広がることを認識している方は多いと思います。つまり、親の唾液に接触する機会は、食器の共有に限ったことではありません。

そして、たとえ子どもが親の唾液に触れたとしても、きちんと口腔ケアをしてあげれば虫歯は予防できるのです。なぜ、虫歯予防として食器共有を避けることがここまで日本で推奨されてきたのか。専門家の間ではむしろその事実に驚きを隠せないといった状況なんです。

「親子間の食器共有を避ける」が広まった理由

──日本の「親子での食器共有を避ける」という考え方が常識となっているこの背景には、何かあるのでしょうか。

相田先生:確かに、私も2007年に子どもが生まれたとき、育児雑誌を読んでいると歯科医の先生が「親子での食器共有には気をつけて」と指摘されているのを目にしました。

その背景には、2000年代に発表された論文が大きく影響しているのだと思います。この論文では「親と子どもの間で共通のDNAを持つミュータンス菌が存在する場合がある」と指摘されており、それがミュータンス菌は親から子へ感染するという認識が広まる一因となったんです。

そこで親から子への感染を防ぐために「親子で食器の共有をやめましょう」という声が上がるようになり、いつしか子育ての常識として広がっていったのだと思われます。

しかし、そもそも離乳食で食器を使う前の時点から、ミュータンス菌が感染することがあること。さらに、口の中には多くの口腔細菌が存在しており、ミュータンス菌だけが虫歯を引き起こすわけではないこと。にもかかわらず、なぜミュータンス菌だけが問題視されるのか。そうした状況に、細菌学の専門家からは疑問視する声が以前から上がっていました。

──ミュータンス菌以外にも、虫歯の原因となる菌があるんですね。

相田先生:そうです。虫歯のない健康な歯に存在する菌でも、酸を出して虫歯の原因になる菌がいます。また、2015年に公表されたミュータンス菌に関するレビューでは、「感染源が不明」も一定数がいることが書かれています。

例えば、子どものミュータンス菌の感染源が「100%母親由来のものである」と判明できれば、母から子どもに感染しないために気をつけることはできるかと思います。

しかし実際には、感染源が父親由来のものもあれば、そもそも感染源がわからないものもあると。つまり、親子で食器共有を避けていたとしても、他から感染する可能性があるということです。

本来、虫歯予防も感染予防も、学会では複数の研究から事実を確認しない限り、1つの研究結果をもとに「こうしましょう」と断定して情報発信をおこなうことはしません。

ところが、たまたま「親子で共通のDNAを持つミュータンス菌が存在した」という論文が起点となり、そこから「食器共有を避ければ虫歯予防になる」という情報が広がってしまった。それ自体、実はおかしな状況だったんです。

親子で食器を分けることに過度に気を使う必要はない

──親子で食器共有を避ければ、虫歯予防になるという情報には確かな根拠があったわけではないんですね。

相田先生:そうですね。だから、親子で食器を分けることに対し、実はそこまで神経質になる必要はありません。

例えば、小さなお子さんは食事の途中で、スプーンやフォークをしょっちゅう床に落としますよね。そんなとき、親の箸で食事を取り分けてあげたり、子どもに直接食べさせてあげたりしても問題ないと私は思っています。

「大人の唾液がついている箸を、子どもが使っても大丈夫かな?」と戸惑う気持ちもわかります。もちろん、積極的に感染を推奨するわけでもありません。しかし日頃、親子のスキンシップや会話を通じて、子どもはすでに親の唾液に接触しているわけです。

──では、乳幼児の虫歯を予防するために、親は何をすればいいのでしょうか?

相田先生:昔からよく言われていることですが、

①「甘いもの」を食べ過ぎないこと
②親が毎日の仕上げ磨きをして、こびりついた歯垢を取り除くこと
③フッ化物配合の歯磨き粉を使うこと、歯科医院でフッ化物塗布すること


この3つが日本口腔衛生学会が虫歯予防の基本として推奨している方法です。
※フッ化物配合の歯磨剤においてはこちらの記事で詳しく紹介しています

食器共有で過度に細菌を心配するよりも、こうした毎日の口腔ケアを重視すること。虫歯予防は、科学的にも根拠のある方法を取り入れてほしいと思います。

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日本では「赤ちゃんに虫歯菌が感染しないように、親子の食器共有は避けるべき」という考えが長らく存在していましたが、今回の取材で「同じ食器を使ったからといって、心配するほどではない」と、子育ての常識に新たな見解を得ることができました。

日常の口腔ケアを正しく行い、これからも子どもの歯を守っていきたいと思います。

取材・文/山田優子

『セルフケア指導 脱! 誤解と思い込み』共著:相田潤(クインテッセンス出版)
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東京医科歯科大学・健康推進歯学分野教授、日本口腔衛生学会認定医・指導医、日本疫学会上級疫学専門家、日本公衆衛生学会認定専門家。口腔の健...

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ライター

フリーライター。神奈川出身。1980年生まれ。新卒で百貨店内の旅行会社に就職。その後、拠点を大阪に移し、さまざまな業界を経て、2018...