教科書が大きくなった理由 「懐かしの国語フレーズ」は? 「教科書クロニクル」のウラ側

「教科書クロニクル」で再発見!教科書が100倍面白くなる編集秘話 #2

高木 香織

国語の教科書を作っている光村(みつむら)図書が公開している「教科書クロニクル」が話題に。教科書に載っていた懐かしい名作、おぼえてますか?

『ごんぎつね』『白いぼうし』『走れメロス』……「覚えてる~!」という方も多いのではないでしょうか。教科書を作っている出版社・光村(みつむら)図書が公開している「教科書クロニクル」が話題になっています。

「教科書クロニクル」わたしの教科書検索(光村図書ウェブサイトより)

「教科書クロニクル」は、入力した生年月日に対応する「国語の教科書」(小学1年~中学3年まで)を検索できるシステム。改めて見ると、昔の教科書と今の教科書ってずいぶん違うみたい。どんなふうに変わってきたの? 物語はどのように選ばれるの? そんなことを知りたくて、光村図書 広報部長の木塚崇さんと編集部長の山本智子さんに、お話を伺ってきました!

06年にA5判からB5判に 学習指導要領で変化する教科書

──親が学んでいたころより、子どもたちの教科書は大きくなっていますね。しかもオールカラーでとってもきれい! どんどん、ページをめくりたくなりますね。

山本さん:教科書はその時代時代で、新しく学ぶ子どもたちに、やる気を持って国語を学んでもらえるように工夫しています。オールカラーになったのは2002年(平成14年)の小学校教科書からですね。なぜか全教科書会社がいっせいにオールカラーになりました。そのとき、それまでは2色刷りが少し入る程度だった中学校の教科書は、判型がA5判からB5判になりました。

光村図書 編集部長の山本智子さん

──なぜ本を大きくしたのですか?

山本さん:物語を読むだけなら小さな判型でもいいのですが、話し合いなどの活動をイメージするためには、図や表を入れたほうがわかりやすいだろうと考え、自然に大きな判型の教科書になりました。さらに、昔は「教科書の何ページを開いて」と先生が読んで説明するのを聞く授業が主でしたが、今は子どもたちが主体的に学習できる「自学自習」もクローズアップされています。子どもたちが自宅でも、充分に勉強できるような教科書にしているんですよ。

──確かに、ていねいに解説してあって、一人でも勉強できますね。

山本さん:また、「PISA(ピザ)の調査」(国際学習到達度テスト)などで、日本の子どもたちの読解力について、話題になったこともありました。その時代ごとに子どもたちに求められる国語の力があり、それを意識しながら、全体的にバランスを考えた教科書になるように考えて編集しています。

──学力調査の結果を受けて、時代に合わせて学習指導要領が変わっていくのですね。

国語教科書のフレーズ、覚えてる?

木塚さん:「懐かしの国語フレーズ」コンテストをしたことがあるんですよ。

──どんな作品が人気だったのですか?

木塚さん:『やまなし』の「クラムボン」、『少年の日の思い出』のエーミールのせりふ「そうか、そうか、つまり君は──」、『くじらぐも』の「天までとどけ、一、二、三」などですね。印象に残る言葉でしょう?

山本さん:強烈な登場人物や印象的なフレーズは、皆さんの心に残っているようですね。「教科書クロニクル」をきっかけに、親と子が「お母さんのころの教科書にはこんな人がいてね」「その物語、今も載っているよ」と、共通の話題として楽しんでいただければうれしいです。

光村図書 広報部長の木塚崇さん

『やまなし』(宮沢賢治作/小学6年)……幻灯のように美しい、小さな谷川の底の物語です。5月、2匹の蟹の子どもたちが谷川の底で話しています。「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」。蟹の子どもたちがはいた泡が水銀のように光っています。12月、蟹の子どもたちも大きくなり、泡のふきっこをしていると、トブンとやまなしが川に落ちてきました。「もうじきおいしいお酒ができる」と父蟹が言って、親子の蟹は帰っていきました。〉

『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ作、中学1年……ぼくは子どものころ、蝶を集めて標本を作ることに夢中でした。ある日、珍しい蝶をエーミールという友人に見せますが、けなされてしまいます。エーミールは非の打ちどころのない模範少年でしたが、ぼくにとっては疎ましく嫌な子でした。ある日、エーミールの持っている貴重な蝶をこっそり部屋から盗んだぼくは、ポケットに入れて潰してしまいます。母と謝りに行ったぼくに、エーミールは冷たい言葉を放ちます。心が折れたぼくは、蝶の収集をやめ、それまでに集めた大切な蝶の標本を指で一つひとつ潰していくのでした。〉

『くじらぐも』(なかがわりえこ作/小学1年)……4時間目のこと。1年2組の子どもたちが運動場で体操をしていると、空に大きなくじらぐもが現れます。学校が大好きなくじらぐもは子どもたちと一緒に体操をし、「おいでよう」と子どもたちが呼ぶと、空から降りてきて子どもたちと先生を背中に乗せ、青い空に泳ぎだします。海の方へ、村の方へ。やがて4時間目が終わると、子どもたちはお昼の時間です。くじらぐもは学校に戻ってジャングルジムにみんなを下ろし、元気よく空に帰っていきました。〉

『ウナギのなぞを追って』改訂で結末が変わったケース

山本さん:教科書は、学ぶ事項が細かく定められた「学習指導要領」の内容に沿って編集されているので、全体を検討するのに、どうしても2年くらいかかってしまいます。3年目に文部科学省に提出して、検定を受け、4年目に採択という流れになります。学校の先生などに選んでもらって、その次の年から学校で使われるのです。さらに、改訂はほぼ4年周期になります。その何年もの間に、教材の中身が変わってしまうことがあるんですよ。

──例えば、どんなことがありましたか。

山本さん:小学4年の教科書にウナギの研究者による『ウナギのなぞを追って』という説明文が載っています。ウナギの産卵場所は長年の謎だったので、文章の終わりが、それまでは「探し続ける」となっていたんです。ところが4年使われている間に、西マリアナ海嶺で産卵することが発見されてしまった。それで、次の改訂のときに「ついに見つかった」という感動を書き足していただいた、ということがありましたね。

──なんてこと、びっくりですね!

山本さん:教科書は何年も使われるので、説明文などは、できるだけ古びない題材を予想して選ぶようにしていますが、逆に新しい事実が見つかって、内容を更新することもあるんです。

椎名誠『アイスプラネット』多感な中2男子に人気の物語

──編集されていて、思い出深いエピソードはありますか。

山本さん:椎名誠さんに『アイスプラネット』を書き下ろしてもらったことですね。中学2年生用に、書き下ろしていただいたんです。いつもぐうたらしているので「ぐうちゃん」と呼ばれている登場人物がいるのですが、椎名さんがその人物をすごく気に入られて、ご自分のことを「ぐうちゃんはね……」と言うんです。

この作品がまだできる前に、原稿の催促のメールをすると「ぐうちゃんはね、今日はマグロを釣っているんだよ」なんて返信が来て。編集部のなかで「どうしよう、いまマグロ釣ってるって。まだ原稿は書いていないということよね」と騒いだりして。今こそ笑い話ですけど、当時は冷や汗ものでした。

『アイスプラネット』(椎名誠作、中学2年)……僕のおじさんの「ぐうちゃん」は、いそうろう。働かないで、ときどき旅に出かけていきます。僕は旅の話を面白く聞かせてくれるぐうちゃんが大好き。ただ、あまりに大ぼらを吹く(と僕は思っていた)ので、だんだんぐうちゃんの話を信じなくなります。ある日、ぐうちゃんはいそうろうを卒業して家を出てしまいました。それから4ヵ月くらいたって、ぐうちゃんから手紙が届きます。手紙には僕が打ち切ってしまった話の続きが書かれていて、写真が2枚同封されていました。ぐうちゃんの話は、みんなほんとうにあったことだったのです。〉

山本さん:これは椎名さんの実体験に基づくお話なんです。「いい写真があるんだよ」と椎名さんが見せてくれた写真をもとに、書かれたもの。話の最後のページにアイスプラネット(氷の惑星)の写真を載せて、それまでの大ぼらがほんとうのことだと気づかせる工夫をしました。

中学2年生の男の子というと、とても多感な時期で、大好きだったおじさんをふとしたことで軽蔑するようになってしまう。「あのとき、ぐうちゃんを信じてあげられなくてごめんね」という気持ちをもって、男の子たちが読んでくれるようなんです。実際、椎名さんのサイン会などで、中学生の男の子が「アイスプラネットを読みました」と、声を掛けてくれたりするそうですよ。

──教科書の物語を作るのに、こんなやりとりがされるのですね。これからは、もっと教科書を身近に感じられそうです。

山本さん:私は子どもたちに国語を好きになってもらいたいと思って、文章も一生懸命探しますし、挿絵も一生懸命考えますし、一緒に楽しんでもらえたらいいなと思っています。大人になって、「教科書にこんな話があったな」と思い出してもらえたら、編集者冥利に尽きます。国語を学ぶ目的の一つは、言葉を広げることです。子どもたちには、すてきな言葉をたくさん自分の中に蓄えてもらいたいですね。

(左)山本智子さん:編集部長。長年、中学国語の教科書編集に携わる。どうしたら子どもたちに国語を好きになってもらえるか、日々考えている。

(右)木塚崇さん:広報部長。「学校で教わっているときはつまらないと思うかもしれないけれど、大人になってもう一度読むと、絶対面白いと思えるお話がいっぱいです」

【光村図書への取材記事は全3回。第1回では「国語教科書クロニクル」の開発を担当した広報部長の木塚崇さんに、第2回では、教科書の編集部長の山本智子さんに「教科書づくりの知られざる裏側」についてお話を伺いました。続く第3回では、「デジタル教科書」など、最新の教科書事情について紹介します。】

光村ライブラリー 中学校編 全5巻
昭和30年から平成14年までに国語教科書に掲載されたなつかしい作品との再会。時代を超えて心に響く、感動の71作品。
アイスプラネット(椎名誠:著)
中学2年生用の国語教科書(光村図書)に2012年度より掲載されている「アイスプラネット」と登場人物は同じで、続編にあたる。日本の暮らしに慣れた読者の常識をひっくり返す一冊。

●聞き手
高木香織(たかぎ・かおり)
出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。

撮影/神谷美寛

たかぎ かおり

高木 香織

Kaori Takagi
編集者・文筆業

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言...