ベビーシッター 便利なサービスの利用を阻む「おカネの壁」の乗り越え方

株式会社ポピンズホールディングス代表取締役社長・轟麻衣子さんインタビュー【1/3】

萩原 はるな

写真:アフロ

「ポピンズ」は、1987年に創業されたベビーシッターサービスの草分け的存在。当時のベビーシッターといえば、「金銭的な余裕がある、ごく一部の家庭が利用するサービス」だったといいます。

現在ポピンズの代表取締役社長として活躍する轟麻衣子さんは、2012年、25年間の海外生活を経て帰国。その後、長男が2歳、長女が0歳というタイミングで同社の取締役に就任しました。もともとポピンズは、仕事と子育ての両立に苦労した轟さんの母・中村紀子さんが作った会社。日本、そして海外のベビーシッター事情をみてきた轟さんに、その歴史や現状について伺いました。

1980年代、多くの女性がキャリアか家庭のどちらかをあきらめていた

「1980年代当時、母は私を育てながら、フリーランスのアナウンサーとして活動していました。そのころは働く女性が子どもを預けられるのは保育園や幼稚園しかなく、しかもママが正規雇用者でなければ保育園に入れなかったのです。

幼稚園に入れても、お昼には帰ってきてしまう。いわゆる“子守”という存在はいましたが、ご近所のおばあちゃまや学生さんなどがほとんどで、大切な命を安心して預けられるプロフェッショナルではありませんでした。そんな状況におかれた母が『働く女性たちを支えるサービスを提供したい』と考えたことが、私たちの出発点なのです」

そのころ(80年代)轟さんの母である中村紀子さんは、女性管理職を応援する協会JAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を立ち上げ、代表を務めていました。協会員である女性管理職は、6割が独身だったそうです。当時は女性がキャリアを築くには、結婚や子育てをあきらめなければならないのが現実でした。

「それから約30年後の2015年に、ようやく『女性活躍推進法』が施行。国が動くことで、各企業も女性の雇用推進や、結婚・出産を経ても引き続き活躍できるような制度の整備を進めました。

ただし、地域全体で子育てをしていた昔とは違い、現在では各家庭で子育てをするのが一般的。祖父母が近所に住まわれている場合は違うかもしれませんが、とくに都会では、『ママとパパと子ども』というご家庭が増えています。そうした状況で女性が働くためには、従来の保育体制だけではとても足りないですよね」

写真提供:ポピンズホールディングス
1990年、大阪で開催された花博(国際花と緑の博覧会)では、ポピンズが託児室(キッズルーム)を手掛けた。写真中央は創業者の中村紀子氏

保育は“福祉”から“サービス”の時代へ

かつて保育は、福祉の範疇にあるとみなされていたそうで、「親が面倒をみられないかわいそうな子どもを、自治体が預かってあげる」という認識でした。

「ですがこれからは、少子化に加えて待機児童問題が解消されつつあることで、保育園をある程度、選べるような時代になっていきます。それにより、保育=福祉ではなく、保育=サービスである、という意識に変わりつつあるのです。
保育園も、かつては9時から17時までしか預けられませんでしたが、今では早朝から22時くらいまで延長できる園が増えてきています。またベビーシッターサービスが、保育園とともに働く女性を支える両輪と考えられるようになってきました」

令和元年に、女性の労働力人口は3058万人に達しました。多くの女性が育児と仕事を両立させている現在では、ベビーシッターはかなり一般的なサービスとして浸透してきました。けれども海外に比べると、まだまだ敷居が高いのが現状です。

「ナニーやシッターが活躍してきた歴史がある欧米では、子育てのプロに子どもを預けるという文化が根付いています。イギリスでは、ナニーは国家資格が必要なプロフェッショナルとして、多くのナニーたちが家族を支えているんですよ。ナニーは住み込みも通いもありますが、決して安いサービスではありません。そこで、ナニーを複数の家庭でシェアしながら、働くご両親を支えている“ナニーシェア”などもあります」

英国におけるナニーは子どもの世話だけでなく、料理や掃除、テーブルマナー、身のこなしなどのしつけや教育もになう“第2の母親”のような存在。保育のプロフェッショナルとしての地位が、確立されているといいます。

コロナ禍のなか、シッターとして社会に貢献したい女性が増加中

いっぽうベビーシッターとは、赤ちゃんを見守りながらお留守番をする、シッティング(子守)をする人たちのこと。お稽古事の送迎なども、シッターの仕事です。

「とくに英国では、ナニーとシッターは明確に役割が違うんですよね。けれども日本では、全部ひっくるめてベビーシッターサービスになってしまっている。私たちは資格をもっている優秀な“ナニー”を養成し、それぞれのご家族に寄り添ったサービスをご提供しているのですが、浸透にはもう少し時間がかかりそうです」

さまざまな産業が転換期を迎えている昨今。その世相を反映してか、「ナニーやシッターになりたい」とポピンズを訪れる希望者が増えているそう。

「とくに目立つのは、保育士や看護師、幼稚園教諭などの資格をもっているけれども、そうした職業に就いていなかった方々。コロナ禍の中、自分の資格を活かして世の中に貢献したい、と考える方が増えているように感じます。昨今のコロナ禍ならではだと思うのですが、航空会社やホテル業界で働いていた方々の応募も増えている印象です。彼女たちのホスピタリティは本当に素晴らしいので、シッターサービス業界にとって大きな刺激になるのではないでしょうか」

ZOOM取材にて
ポピンズホールディングス代表取締役社長・轟麻衣子さん

助成や補助が広がり、シッターサービスが手の届く存在に

ナニーを含めたシッターサービスそのものも、時代とともに変化していきました。「一部の富裕層が特権的に利用するサービス」から、「共働きの家庭が困ったときに気軽に利用できるサービス」に変わりつつあるのです。

「料金は、シッターサービスを利用する大きな壁になっていました。けれども助成金が受けられるなど、だんだんと手の届きやすいサービスになってきたのです。内閣府によるベビーシッター派遣事業割引券は、現在約1500社が導入。国が9割、企業が1割補助することで、1回あたり2200円の割引が受けられます。さらに2021年4月からは、1回あたり4400円に拡大することが決定しました。
コロナ期間中は、この割引券を導入している企業にお勤めで、子どもが通う保育園や小学校が休園休校になっている方に、月最大26万4000円の補助が出ていました。また東京都のいくつかの自治体では、ベビーシッター利用支援事業を実施。待機児童になっている家庭のうち対象家庭は、1時間150円でシッターサービスが利用できます。コロナの休園休校期間中は、待機児童以外の家庭も対象になっていました」

こうした公的な助成制度を活用すると同時に、社員がもっと気軽にシッターサービスを利用できる体制を整備している企業が増えています。たとえば、ポピンズと法人契約を結んでいる企業は、約700社にのぼるとか。

「契約内容によって助成金額は異なりますが、ほぼ8割くらい会社の負担でシッターサービスが利用できます。年間費や入会費も、もちろん会社負担。けれどもまだ、あまり知られていないのが現状です。国や自治体、会社がさまざまな制度を導入していますので、ぜひ自治体のサイトやお勤めの会社の福利厚生をチェックしてみてください」

これまで「保育サービスへの助成金」といえば、ほぼ保育園のみに出されていたそう。けれども今後は、さらにベビーシッターに公的資金が投じられるようになる見通しです。

「2020年10月の政府与党政策懇談会で、菅総理大臣がはっきりと『保育所だけでなく、地域の幼稚園やベビーシッターの活用も支援します』と言っています。日本の総理大臣が『ベビーシッター』という言葉を公的に明言したのは、おそらくこれが初めてのこと。今後は助成金や補助金がつくことで、よりリーズナブルな料金で利用できるようになると思います」

一部の人が利用する高額なサービスから、働く女性みんなが利用できるサービスに変わりつつあるシッターサービス。けれども実際には、ほんの7%(2020年、リンナイ調べ)の家庭しか利用していないのが現状です。なぜならシッターサービスの利用には、価格面のほかにも大きな壁があるから。次回は、2つめの壁「安心・安全面の壁」についてお話を伺います。

写真提供:ポピンズホールディングス
轟さんご自身も子どもの頃、シッターのお世話になったとか。自分の子どもができてからもシッターを積極的に利用して、仕事と育児を両立してきたという

PROFILE
轟麻衣子(とどろきまいこ) 
12歳からイギリスの名門寄宿舎学校に単身留学、ロンドン大学King’s Collegeに入学する。2006年、INSEAD大学院にてMBA課程を修了。その後、イギリス、フランス、シンガポールにて外資系金融、ラグジュアリーグッズなどの仕事に携わる。
2012年、25年間の海外生活を経て帰国、株式会社ポピンズ取締役に就任。2018年代表取締役社長に就任、2018年より現職。そのほか、公益社団法人全国保育サービス協会理事、公益社団法人経済同友会「日本の明日を考える研究会」副委員長などを務める。自らも2児を育てながら、働く女性たちを支える良質のサービスを提供している。
ポピンズオフィシャルサイト https://www.poppins.co.jp/
ポピンズ採用サイト https://www.poppins-recruit.jp/

はぎわら はるな

萩原 はるな

ライター

情報誌『TOKYO★1週間』の創刊スタッフとして参加後、フリーのエディター・ライターとなる。現在は書籍とムックの編集及び執筆、女性誌やグルメ誌などで、グルメ、恋愛&結婚、美容、生活実用、インタビュー記事のライティング、ノベライズなどを手がける。主な著作は『50回目のファーストキス』『ハピゴラッキョ!』など。長女(2009年生まれ)、長男(2012年生まれ)のママ。

情報誌『TOKYO★1週間』の創刊スタッフとして参加後、フリーのエディター・ライターとなる。現在は書籍とムックの編集及び執筆、女性誌やグルメ誌などで、グルメ、恋愛&結婚、美容、生活実用、インタビュー記事のライティング、ノベライズなどを手がける。主な著作は『50回目のファーストキス』『ハピゴラッキョ!』など。長女(2009年生まれ)、長男(2012年生まれ)のママ。