「こども食堂」支援の先にあるものは…名付け親・近藤博子さんが活動を続ける理由
第1回 全国7000カ所の「こども食堂」先駆けに聞く「ワンコインご飯」が結ぶ地域の力
2023.05.05
ライター:高木 香織
現在、全国に7000ヵ所あるという「こども食堂」。「こども食堂」の名付け親である近藤博子さんが、これまでの活動を讃えられて、2023年4月11日に第57回 吉川英治文化賞を受賞されました。
「こども食堂」は、事情があって親が食事を作れない家庭の「子どもが1人で入っても怪しまれない食堂」を縮めたネーミング。食事を出すばかりでなく、学習支援などさまざまな取り組みもしています。そして、その活動は全国に広がっています。
吉川英治文化賞受賞を機に、改めて「こども食堂」の活動の大切さを見直します。
「こども食堂」って、なぜできたの? どんなことをしているの? 私たちにもできることがある?
そんなことを知りたくて、「こども食堂」の生みの親である近藤博子さんに、「こども食堂の取り組み」を伺ってきました。
子どもたちの居場所を作る
〈2008年ごろ、歯科衛生士の仕事のかたわら、知人から依頼されて東京都大田区で無農薬野菜を販売する「気まぐれ八百屋だんだん」を開店。「だんだん」は、近藤さんの出身地である島根の方言で「ありがとう」を意味する。〉
〈土曜日に子どもの宿題を見る「寺子屋」活動を始めたのをきっかけに、大人の学びなおしとして「私も哲学」などの勉強会を始め、やがて夕方の空き時間利用の「みちくさ寺子屋」の活動につながっていった。地域の人々が声を掛け合い、困ったことはお互いで助け合う場を目指した。〉
──「こども食堂」は、どのようないきさつで始められたのですか?
近藤博子さん:2010年ごろ、親しくしていた小学校の副校長先生から、「母子家庭で、母親が精神的な病気を抱えていて食事が作れず、学校の給食以外はバナナ1本で過ごしている子どもがいる。その子が学校に来ない日は自分が家に迎えに行き、学校でおにぎりを食べさせて、お昼の給食につないでいる」という話を聞いたのです。子どもは切ないし、副校長先生も大変だな、と気になりました。
私は田舎育ちなのですが、昔もひとり親家庭や障がいを持ったお子さんがいる家庭はあったんです。小さな町にいろいろな家庭があって、お互いに助け合って生きている。そんな社会があたりまえだと思っていました。
だから「東京はなぜないの? おかしいんじゃない?」って。そこで「おばちゃんたちで何かできることはないかな?」と近所の人たちと相談していたんです。
〈ところが、給食とバナナで食をつないでいた子どもが児童養護施設に入ってしまう。何もしてあげられなかったことを後悔した近藤さんは、食品衛生責任者の資格と飲食店の営業許可を取得する〉
近藤さん:「気まぐれ八百屋だんだん」が借りている店舗は、もとは居酒屋の居ぬきでしたから厨房もあるし、ここで温かいご飯と具だくさんのみそ汁、お漬物くらいなら出せるんじゃないか。とにかく「やれることからやろう」と思って、「こども食堂」を始めました。
──「こども食堂」というネーミングが、とても分かりやすくて記憶に残ります。
近藤さん:小学生がお金を持って飲食店に入ると怪しまれますよね。子どもが入りやすいお店だよ、と伝えたかったので「子どもが1人で入っても怪しまれない食堂です」という名前にしたかったんです。それを縮めて「こども食堂」と名づけました。
〈2012年8月から、毎週木曜日に「だんだんワンコインこども食堂」をオープン。子どもばかりでなく、仕事と子育てをがんばる親や、親子、お年寄りも歓迎している。コロナ以前は食堂で食べていたが、コロナ禍になってからは、予約制の持ち帰り弁当を大人500円、子どもはワンコインで販売。コインなら100円でも1円でも、外国のお金でもゲームセンターのコインでもいい。恵んでもらうのではなく、「お金を払っている」という気持ちを大切にしている〉
──今は、全国に7000ヵ所ほども「こども食堂」がありますね。
近藤さん:子どもたちのために何かをしたいという人たちのために、「こども食堂の作り方講座」などを開いていました。そんな人が増えたため、豊島区と認定NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークが中心となって、2015年に「第1回 こども食堂サミット」が開催されました。全国から参加者が200人くらい集まりましたよ。
──やりたい人がそんなにいるということは、それだけ子どもの居場所を作らなければならない状況だということですね。
近藤さん:そもそも貧困だから食べさせてあげる、という思いはあまりなかったんです。親の病気など、それぞれの家庭で抱えている事情があります。私たちおばちゃんは大きなことはできませんが、ご飯を作って食べさせたり、近所の人におかずを届けるようなことならお手伝いできるかな、と思ったのです。
──食べる場所は家の片隅や台所の隅っこでいい。それくらいなら、やろうと思えば私たちにもできそうです。
近藤さん:そこが大事なんです。ご飯を作れなくても、お米を持っていくだけでもいい。小さなことでいい。そんな敷居の低さと、「こども食堂」というわかりやすいネーミングが全国に広まった理由かもしれませんね。
食材はほぼ寄付でまかなう
──お弁当はどんぶりご飯に肉や魚と野菜たっぷりのおかずが乗っていて、とってもおいしそう! 食材はどうされているんですか。
近藤さん:ほぼ寄付で賄っています。米や肉、魚は寄付してくださる人たちがいるのです。ふるさと納税の返礼品などの送り先を「子ども食堂」にしてくれたり、企業が寄付金をくださったり。野菜は「気まぐれ八百屋だんだん」で仕入れているものを使っていますね。
助成金はほとんどもらったことがありません。助成金をもらおうとすると、申請のためにさまざまなことをしなければならなくなり、目的が変わってしまうんです。
──スタッフの方々が、チームワークよく働かれているのが印象的です。
近藤さん:みなさんボランティアとして来てくださっています。お金は渡していないのですが、「だんだん」で仕入れている野菜をお分けするなどはしていますね。子どもたちが育って社会人になって、ボランティアとして来てくれたりもしていますよ。
──子どもや親たち一人ひとりに、お弁当を渡しながら「学校はどう?」「その後どうですか?」などと声掛けしていますね。
近藤さん:みなそれぞれ事情があるので、そこを大切にしています。子育てと介護は女の仕事、とよく言われますよね。でも、それはとんでもないことで、子育てしながら仕事をするというのは、ほんとうに大変です。
先日、あるお母さんが「ようやく子どもが小学1年生になりました」と言うので、「よくそこまで頑張ったね!」と声を掛けました。子育てしながら仕事をして頑張っている人のことをちゃんと認めてあげるのは、すごく大事なことです。しっかり褒めてあげなければならないと思っています。
コロナ禍で見えてきたもの
──コロナ禍で子どもたちの様子は変わりましたか。
近藤さん:コロナ前は「こども食堂」でご飯を食べたあと、子どもたちと一緒にワイワイガヤガヤして楽しかったんですね。ただ、前のスタイルに戻すかは、今、検討しているところです。
コロナ禍で持ち帰り弁当になって、お弁当を手渡すときに一人ひとりから話を聞くことで見えてきたご家族の様子もありますので、そういう子たちを対象にしたかたちにしようかな、とも考えています。例えば、「勉強面で困っているなら、学習支援もしよう」などとイメージが広がっていきます。
一人の人間や小さな団体でできることは限られています。できることはするけれど、できないことはほかの団体とつながれば、輪が広がっていきます。そんな「つながり作り」が大事だと思っています。
与えるだけでなく、自立できる道を一緒に探る
──これからは、どのようなことをしていきたいですか。
近藤さん:いろいろな子どもたちと関わることで、しだいに「これは子どもだけの問題ではなくて、その後ろの親たちもとても大きな問題を抱えている」と気づくようになりました。
子どもたちの社会で起きていることは、すべて大人の社会で起きていること。子ども社会は、ミニ大人の社会です。大人として、そして地域のおばちゃんとして、子どもたちのためにできることをしていきたい。
ただ、支援を与えるだけではなくて、その先に少しでも子どもや親たちができることがあるといいですね。
自分でできることはする、できないことはお願いする。できることとできないことをそれぞれがしっかり整理できて生きていけるように、そのお手伝いを私たちがするような何かを考えていきたいと思っています。
●プロフィール
近藤博子(こんどう・ひろこ)1959年、島根県生まれ。歯科衛生士のかたわら、「だんだんワンコインこども食堂」代表、「気まぐれ八百屋だんだん」店主。2008年、「食と歯と健康をつなげたい」との思いから、無農薬野菜を扱う「気まぐれ八百屋だんだん」を開店。すると、買い物よりも身の上話をする客が多いことに気づく。やがて子どもたちの学習支援が必要と感じ、八百屋の一角を子どもの宿題を見る「みちくさ寺子屋」や勉強会「私も哲学」など、地域の困ったことを助け合う場にする。2010年ごろ、客から親が精神的な病気で食事が作れない子どもがいると聞き、温かい食事を提供する「だんだんワンコインこども食堂」を開く。「だんだんワンコインこども食堂」は、大人も親子も、高齢者も歓迎している。「こども食堂」の活動は、まず豊島区に取り入れられ、やがて全国に広がった。2023年、吉川英治文化賞を受賞。
●聞き手
高木香織(たかぎ・かおり)出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。
写真/市谷明美
吉川英治文化賞とは
公益財団法人・吉川英治国民文化振興会が主催する<吉川英治賞>のなかで、日本の文化活動に著しく貢献した人物・並びにグループに対して贈呈される文化賞。他に、吉川英治文学賞、吉川英治文学新人賞、吉川英治文庫賞がある。
高木 香織
出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。
出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。