適応指導教室で生まれた息子の変化
小学校時代にも、学校以外の居場所として適応指導教室のことは耳にしていました。
けれど当時の息子はまったく関心を示さず、見学や通室にはつながりませんでした。相変わらず登校できない日が続き、「この先、学校にはもう戻れそうにないのかもしれない」と感じ始めた中学時代。
あらためて学校から勧められたのが、適応指導教室でした。
その場所が、息子を少しずつ変えていきました。自治体が運営するその教室には、学年も不登校の理由もさまざまな子どもたちが通っていました。どの子にも「学校という枠組みのなかではうまくやれなかった」という共通点がありました。
最初はマンツーマンから始まり、少しずつグループ活動へ。息子にとっては、久しぶりに「無理をしなくても、ここにいていい」と思える場所だったのだと思います。
転機は、年下のムードメーカーのような男の子との出会いでした。
最初、息子はその子のことを少し苦手に感じていたようです。距離の詰め方が早く、ぐいぐい話しかけてくるタイプだったからです。けれど、その子は息子に気を遣いすぎることもなく、ただ自然に声をかけ続けてくれました。
息子が自分から話しかけなくても、声をかけてくれる友達がクラスにいることが、息子には心地よかったのだと思います。初めのうちは、うまくできなかった会話が少しずつ続くようになり、やがて放課後に一緒に遊ぶようになりました。
気づけば、その子は息子にとって、中学生になって初めての「友だち」と呼べる存在になっていました。
進路を考え始めた息子の変化
友だちができたことで、息子は少しずつ元気を取り戻していきました。それでも、中学卒業後の進路については、しばらく具体的なイメージを持てずにいたようです。
けれど、適応指導教室という居場所で人と関わる時間が増え、気持ちが少しずつ外に向くようになると、「どこの高校に行こうかな」と口にするようになりました。
その言葉を聞いたとき、親としてうれしかったのは、進路を考え始めたこと以上に、息子の気持ちが少しずつ「これからの生活」へ向き始めていたことです。
息子にとって、とても大きな一歩だったと思います。ただ、自分から情報を集めたり、学校を比べたりするところまでは、まだ難しい状態でした。
そこで親が中心になって学校を調べ、最終的には公立の定時制高校を受験することになりました。
































