幼児期から学童期の「学び」 子どもの間違い・つまずきの原因を発達心理学者が解説

【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か#5「子どもの間違いが語ること」

大人の理解不足が子どもの無気力を招いている

大人が子どもの間違いの原因をよく考えずに否定し、「勉強が足りない」などと片づけてしまうと、子どもは学習に対してやる気を失い、それが学力の不振につながる、と今井先生は指摘します。

「ここまでみてきたように、子どもたちの間違いやつまずきの背景には、これまでの経験による『思い込み』、つまり誤ったスキーマが存在しています。

他にも、行間が埋められない(自分で数字や情報を追加できない)、柔軟な視点の切り替えができないなど、読解力などに関連するいくつかの原因がありますが、これらの根本原因を放置したまま、『勉強が足りない』『もっと努力しなさい』などと、子どもの『頑張り不足』にしてしまっている状況は問題だと思います。

子どもがつまずく根本原因を放置したままでは、ますます勉強から離れていきます。  写真:アフロ

特に算数では、『数の概念』でつまずいている子がたくさんいます。誤ったスキーマに邪魔され、分数や小数の意味がわからなくて困っているのです。にもかかわらず、そのまま放置され、さらに分数の計算を教えられるわけです。何とか計算の方法は暗記で覚えても、理屈が理解できていないから、文章題になると間違えてしまう。

こんな状態で、わからないことをやらされ続けるのはとても苦痛です。理解できない、問題が解けない経験が積み重なると、自分はいくら勉強してもできるようにならないんだ、という『学習性無力感』という状態に陥ってしまいます。

実は、『たつじんテスト』でも、こうした状況が心配される子どもが一定数みられました。高学年(特に5年生)に多く、授業を聞いても理解できずにテストは間違い続け、低い成績しかとれない状況を繰り返すことで、『自分は勉強しても無理』と思っているようで、無回答が多くなっていました。

これでは、学ぶ楽しさを知るどころか、自己肯定感さえ低下させてしまいます」(今井先生)

小学校の学習は「簡単」ではない!

大人が子どもの学習について不適切な対応をしてしまう背景には、「小学校での学習内容についての誤解」もあるといいます。

「#4でも触れましたが、小学校3年生以上になると、いろいろな教科で抽象度の高い内容が出てくるようになり、学習はとても難しくなります。日常生活で使う以外の言葉がたくさん出てきますし、算数では先ほどから出てきている、『ものを数えるための数』以外の概念が登場し、子どもは混乱してしまうのです。

大人は『小学校の勉強くらい簡単にできる』と考えてしまいがちですが、そんなことはないのです。

子どもの間違いについても、『こんな問題もできないなんて』という姿勢で指摘したり直したりするのではなく、子どもにとっては難しいことなんだという前提を持ちつつ、なぜつまずいたのか一緒に考えていく姿勢が大切です」(今井先生)

第6回では、「学習のつまずき」を乗り越えていくためにできることを、具体的にうかがいます。

※「たつじんテスト」は、個人への配布は行っておりません。学校や自治体関係者はこちらへお問い合わせください。

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今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。平塚江南高校、慶應義塾大学文学部西洋史卒業後、教育心理学に興味を持ち社会学研究科に進学。在学中の1987年より渡米。1993年ノースウエスタン大学心理学部博士課程を修了し、1994年博士号(Ph.D)を取得。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師、助教授を経て2007年より現職。近年は一般読者向け書籍の執筆、講演活動にも力を入れる。また、国境を越えて学びを考えるコミュニティABLE(Agents for Bridging Learning and Education)をつくり、国内外から著名な認知科学研究者を招聘し、ワークショップなどを開催している。

【主な著書】
「ことばと思考」「学びとは何か──〈探究人〉になるために」「英語独習法」(すべて岩波新書)、「ことばの発達の謎を解く」(ちくまプリマー新書)、「言葉を覚えるしくみ─母語から外国語まで」(針生悦子氏との共著/ちくま学芸文庫)、「親子で育てることば力と思考力」(筑摩書房)、「算数文章題が解けない子どもたち─ことば・思考の力と学力不振」(他6名との共著/岩波書店)など多数。2023年5月には新刊「言語の本質─ことばはどう生まれ、進化したか」(秋田喜美氏との共著/中公新書)を出版。

取材・文 川崎ちづる

『【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か』の連載は全6回。
#1「生きた知識を習得する学び」を読む。
#2「思考力を育む言葉の力」を読む。
#3「思考力を育てる遊び」を読む。
#4「日常生活で育む生きた言葉の力」を読む。
#6「小学生が学ぶ楽しさを取り戻すには?」を読む。
※公開日まではリンク無効

【関連書籍紹介】

『算数文章題が解けない子どもたち─ことば・思考の力と学力不振』(岩波書店)
記事で紹介した「たつじんテスト」の理念や内容、実施結果などが詳しく紹介されている。子どもの誤答を「読解力が足りない」で済ませず、詳細な分析によってつまずきの原因を明らかにし、学習の指導や支援に役立てようとする一冊。

【新刊紹介】

『言語の本質─ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田喜美氏との共著/中公新書)
日常生活の必需品であり、知性や芸術の源である言語。なぜヒトはことばを持つのか? 子どもはいかにしてことばを覚えるのか? 巨大システムの言語の起源とは? ヒトとAIや動物の違いは? 言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることである。鍵は、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力だ。認知科学者と言語学者が力を合わせ、言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る。ChatGPTなどの対話型AIに仕事を奪われない創造的な人間に子どもを育てるためにおすすめの一書。

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かわさき ちづる

川崎 ちづる

Chizuru Kawasaki
ライター

ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。

ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。