発達心理学者がすすめる! 小学校入学前にするべき幼児期の「語りかけ」

【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か#4「日常生活で育む生きた言葉の力」

親子の会話が「言葉の力」を育みます。  写真:アフロ

「思考力」「問題解決能力」を支える言葉の力。幼児期には、日常生活や会話の文脈の中で、「生きた言葉の力」を育むことが重要です。

では、具体的にどんなことをすればよいのでしょうか。

世界的な発達心理学者・今井むつみ先生に、幼児期から学童期の「学び」についてお話をお聞きしている本連載。第4回は、普段の暮らしの中でできる「言葉の力」を育てる子どもへの関わり方、心がけなどについてうかがいます。

※全6回の第4回

今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部教授。認知科学、特に認知心理学、発達心理学、言語心理学などを専門に研究。言語に関する研究から教育や学びにも関心を持ち、近年は一般読者向け書籍の執筆、講演活動にも力を入れている。また、国境を越えて学びを考えるコミュニティABLE(Agents for Bridging Learning and Education)をつくり、ワークショップなどを開催している。

たくさん会話することが何より大切

子どもの「言葉の力」を育てたいと思うとき、大人ができることの中で最も重要なのが、「子どもとたくさん対話をすること」だと今井先生は語ります。

「幼児期にはとにかく、たくさんの言葉をかけてあげてください。子どもが会話を楽しめるように、発達段階によって話すスピードや使う単語の難しさなどを調整し、その子がわかるレベルに合わせてあげるとよいですね。

ただ、こう話すと、『子どもの発達に合わせるなんて難しい』『どんなふうに話しかければいいかわからない』といった反応をされる方もいますが、日常的にお子さんをきちんと見て話していれば、自然にお子さんの理解や興味に合わせられるものです。人間には、少しの表情の変化からも情報を読み取って、相手に合わせることができる本能が備わっていますから、心配しなくても大丈夫ですよ。

子どもの『言葉の力』は、学力がそうであるように、親の経済力と関連していると思われがちです。しかし、実は経済力が決定的な要因ではなく、親から子どもへ話しかける言葉の量と質が大きく関係している、という調査結果がスタンフォード大学から報告されています。

もう少し詳しくお話しすると、経済的に豊かな家庭の子どもと貧困家庭の子どもでは、2歳の時点で平均して半年分の言葉の力の差が出ている、という調査結果があります。ただ、これを詳しく調べてみたところ、次のようなことがわかりました。

所得の多い家庭の親は所得が低い親に比べて、子どもへの話しかけや子どもの発話に対する返答が多い、いろいろな種類の単語を使う、などの特徴がありました。しかし関連する研究から、所得の低い家庭でも、発話量が多ければ、子どもは豊かな語彙力を持てることもわかったのです。つまり、『言葉の力』の差は、どれだけたくさんの語りかけを周りの大人にしてもらえるかで決まる、ということです。

『教育』にたくさんお金をかけられなくても、目の前の子どもの様子をよく見ながら、たくさん話しかけることで、子どもの学力を支える『言葉の力』や『思考力』を育むことができます。

ぜひ子どもの反応をじっくり観察しながら、どんな話し方なら伝わるのか、理解しやすいのかを工夫し、会話を楽しんでください」(今井先生)

日常生活は「言葉の力」を鍛える宝庫

「会話が大切」といわれても、子どもに何を話したらいいかわからない……という方もいるかもしれません。そこで今井先生に、日常の生活シーンでどんな話をすればよいのか、ヒントをいただきました。

「子どもと一緒に外出したら、会話を広げるチャンスです。例えば、買い物に行った場合は、スーパーで売られている食品について話すことで、子どもの興味を刺激しながら言葉をたくさん使うことができます。

買い物では、目に入った商品が会話の材料になります。

野菜や果物だったらパッケージに何個入っているのか数えてみる、牛乳売り場では『牛はどうやって鳴くか知っている?』などと子どもに聞いてみる、といった具合です」(今井先生)

アメリカ・テンプル大学の研究者であるキャシー・ハーシュパセック氏は、実際にフィラデルフィアのスーパーマーケットと協力して、売り場に先ほどのような、親子の会話のきっかけとなる看板を設置するプロジェクトを実施しています。その結果、このお店に来る親子の会話が大きく増えたことがわかりました。

カードがなくても、目に入った商品について取り上げてみると、いろいろな話題が生まれます。

「また、ブロック遊びをしているときや、食事をしているときなど、空間に関する言葉を意識的に使ってみるのもおすすめです。『前』『後』『右』『左』などは、子どもにとって意外と難しい言葉です。『○○ちゃんの右手のほう』など、基準をしっかりと示すと子どもにもわかりやすいですね。

お出かけや遊びのプランを子どもと一緒に立てるのもいいでしょう。『●●へ行く前にお弁当を食べよう』『▲▲公園に行くのは、1週間先だね』などと話しながら計画するのは、とても楽しいですよね。時間に関する言葉は、子どもが苦手なもののひとつです(詳細は#5で解説)。

空間や時間に関する言葉を自然にたくさん使うことで、子どもにとって複雑で混乱しやすい単語を自然に練習することができます」(今井先生)

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