掛川市発・13人の障がい者が「駄菓子屋」を運営・切り盛り 本当の“多様性“や”共生社会“を育む理由
シリーズ「令和版駄菓子屋」#6 障がい者が働く駄菓子屋~「横さんち」(静岡県掛川市)~
2024.01.31
ライター:遠藤 るりこ
子どもたちのかけがえのない居場所となっている、令和の駄菓子屋。これまでにコクリコが取材した令和版駄菓子屋は、実に全国12軒になりました。
連載取材を続けるなかで「静岡県掛川市に『横さんち』というユニークな駄菓子屋がありますよ」との口コミをキャッチ。
「横さんち」は、2019年にオープンした、13名の障がい者が働く駄菓子屋。車椅子ユーザーの店長・横山博則(よこやま・ひろのり)さん(通称:横さん)が舵を切り、さまざまな障がいを持ったスタッフたちでお店を運営しています。
お店のインスタグラムには、「レジに行列ができることがあるけど待っててね」、「店員さんがやたら多い日もあるよ」など、ユニークな投稿が。まさに令和版・注文の多い駄菓子屋さん!?
そんな「横さんち」をのぞいてみました。
win‐winになる障がい者雇用
駄菓子屋「横さんち」の構想が生まれたのは、静岡県掛川市にある「掛川本陣通り」という、飲み屋が連なる屋台村からでした。
静岡県でITエンジニアの人材派遣会社を経営する、株式会社リツアンSTCの代表取締役社長・野中久彰(のなか・くにあき)さんは当時を思い出してこう話します。
「2018年から障がい者の法定雇用率が引き上げられました。当時、うちの会社は約500名のエンジニアが正社員だったので、この法律を守るには、約11名の障がい者の方を雇用しなければならなかったんです」(野中さん)
ただ、実際に障がい者を雇用するにはさまざまなハードルがありました。
「まず、リツアンはエンジニアの人材派遣会社だったので、障がい者雇用のために新しい仕事を作らなければならなかった。ただやみくもに障がい者を雇用して法律だけをクリアするのではなく、お互いのためになる、win‐winになる仕事はないだろうか、と考えました」(野中さん)
そんななか野中さんは、車椅子に乗りながら飲み歩く1人の男性・横さんこと、横山博則(よこやま・ひろのり)さんと屋台村で出会います。横さんとの親交を深めるなかで浮かんできたのが、「駄菓子屋」という選択肢でした。
「もともと横さんは掛川市の小中高の学校で講演したり、福祉教育に積極的に取り組んでおられたし、障がい者の雇用や社会との関わりについても知見があった。そこで、駄菓子屋店主を横さんにおまかせすることにしたんです」(野中さん)
おそらく日本で最初、かつ唯一の「障がい者たちが運営・切り盛りする駄菓子屋プロジェクト」が始動します。
駄菓子屋に行った経験がなかった
横さんは1歳2ヵ月のとき、脊髄性小児麻痺(ポリオ)に罹患。小学校のころから養護学校(現在の支援学校)へ通っていました。
「子どものころ、駄菓子屋に通った“良い思い出”があった野中社長から店主を打診されたんですが、実は私は駄菓子屋に行った経験がなかったんですよ。小学生のころから杖を使った生活だったし、外出の機会も出かけられる場所もほとんどなかったんです」(横山さん)
昔ながらの駄菓子屋は店内が狭いお店も少なくはなく、障がいを持つ子どもたちが足を踏み入れやすい空間では入れなかっただろうと想像できます。
そこで、「横さんち」では、バリアフリー設計を第一に考えました。店内の道幅、商品棚の高さ、床の小さな凸凹(でこぼこ)を排除したり、入り口の側溝をプレートでふさいだり、大きなトイレを作ったり……。お店には、横さんたちの声が反映されています。
「車椅子目線の高さと、子どもたちの目線の高さって、実は一緒なんです。両方がちょうど買い物や作業をしやすい高さが同じだったんですねぇ。あと、僕が一番こだわったのがトイレです」(横山さん)
「横さんち」には、小さな駄菓子屋には大仰とも思える、広くて立派なバリアフリートイレがあります。
「車椅子が使えるバリアフリートイレがある小さな店舗って本当に少ないんですよ。それがネックになって家から出てこられない障がい者も多い。だから、広々としたトイレは絶対に作ろうと決めていました」(横山さん)
狭くてぎゅぎゅっとモノが詰まった昔ながらの駄菓子屋のイメージをくつがえす、新しいお店が誕生しました。
どんな人が働いているの?
「横さんち」の現メンバーは、全部で13名。運営をサポートしているリツアンの池島麻三子(いけしま・あみこ)さんは、その多様なスタッフを紹介してくれました。
「小学高学年の女の子たちに人気なのは発達障がいの服部くん。お年ごろ女子の繊細な相談は彼が受け付けています。子どもたちの気持ちに寄り添える、すごく優しくてピュアな青年なんです。
知的障がいを持つ、たっちゃんは細かい作業を得意とし、いつも楽しそうな癒やしの存在。彼の自由な生き方が子どもたちに伝わっているかわからないけど、『横さんち』に欠かせない一員ですね」(池島さん)
お店で店員となっているメンバーは、常時4~5名ほど。13名のメンバーの中には、遠方に住んでいたり、重度の障がいで外出ができないため在宅というカタチでお店に関わっている方もいます。在宅メンバーは、お店に並ぶ手作りのグッズや作品の作者として、「横さんち」に関わっています。
障がい者も健常者も一緒が当たり前の店に
手が麻痺している車椅子スタッフがレジをしているときには、お会計がスムーズにいかないことも。
「彼女が上手く両手を使えないことを知ると、子どもたちの方からバーコードを彼女の手もとまで持っていって、“ピッ”とやってくれるようになったんです」と池島さん。
誰かがお手伝いをお願いしたわけでなくても、お互い自然と支え合う動作が、「横さんち」では見られます。
横さんも、「子どもたちはこちらから教えたりしなくても、目の前の人と交流する術を知っている」と話します。障がいを持つ方と対面しても戸惑ったり驚いたりすることなく、あくまで自然体です。
「僕たち大人のほうこそ、障がい者にどう声をかけたらいいのか迷ってしまう。それって、障がい者の方々との関わりが少なかったからだと思うんです。
子どものころからいろいろな人とリアルに触れ合っていれば、困っている人を見かけたときにちゅうちょすることなく自然と行動にうつせるようになるはず」(野中さん)
年齢問わず、障がい者や健常者もごちゃ混ぜになっているのが「横さんち」の光景です。
「車椅子の人が働いているお店なんて、普段はまぁあまり見ることがないでしょう。ここに来れば目の不自由な人、手話でお話している人が、お客さんとしてもいるし、店員さんとしても普通にいる。それが当たり前の社会なんです。
当たり前の光景が子どもの目の前にあること、その積み重ねが大事。いろいろな交流の中で自然と優しい心が育まれていって、それがみんなの心のバリアフリーにつながるのではと考えています」(横山さん)
かつての横さんのように、障がいを抱えた子どもたちの来店も少なくありません。
「車椅子の子どもたちが常連として来てくれるのも、とっても嬉しいですね。僕自身も今になって、ここが駄菓子屋なんだなぁ、駄菓子屋っていいところだなぁと実感しているところ。
大人も子どもも、障がい者も健常者も関係ない。いろいろな方がこの店で集まって仲良くしているのを見るのが楽しくてたまりません」(横山さん)
うわべだけでない、本当の“多様性”や“共生社会”が「横さんち」にはありました。
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取材協力/
●横さんち
静岡県掛川市城下7‐10
営業時間:13時~17時、土日祝11時~17時
定休日:水曜
関連リンク
●横さんち
Instagram:@d.yokosanchi
横さんちオフィシャルHP