新年度の不安を解消! “絵本のプロ”が選ぶ「やる気を出したいとき」の3冊

大人に効く絵本〔03〕『3人のママと3つのおべんとう』『スイミー』『じょうききかんしゃビーコロ』がおすすめ

東條 知美

写真:maroke/イメージマート
絵本は、子どものためのもの。そんなイメージがありますが、美しい絵に癒やされたり想像力が鍛えられたり、ハッと気付かされたりと、実は大人にとっても感動がいっぱい。子育て中なら、子どもの頃とはまた違った向き合い方をすることで、わが子に、より絵本のよさを伝えられるかもしれません。

この連載では、“絵本のプロ”がパパママにこそ読んでほしい絵本を、毎回テーマに合わせてピックアップ。第3回は、絵本コーディネーター・東條知美さんが、「新年度に向けてやる気を出したいとき」をテーマに厳選した3冊をご紹介します。

奮闘するママたちの姿に勇気をもらおう!

お子さんが進級すると、パパママにもやることが増えたり、生活リズムが変わったり、心を配らなければいけないことが増えますよね。新年度という変化の季節はワクワクしますが、実は不安やストレスを感じて疲れやすい時期でもあります。今回は、<子育て経験者>という意味で少しだけ先輩の私から、みなさんへのエールとして選んだ3冊の絵本をご紹介します。

1冊目は、桜吹雪が舞う表紙がとっても春らしい韓国発の絵本『3人のママと3つのおべんとう』(作:クク・チスン、訳:斎藤真理子)です。物語に登場するのは、キャリアウーマン、絵本作家、専業ママという、同じマンションに暮らす3人のママ。2人のワーキングママは仕事を抱えながら子育てに励み、子どもがたくさんいる専業ママは毎日、目の回るような忙しさ。そんな3人が子どもの幼稚園の遠足の日、朝からお弁当作りに奮闘します。

<ママ>という言葉でくくられる私たちですが、ひとりひとり違いますよね? お弁当作りひとつをとってもそう。早起きして作るママもいれば、前の晩に作って朝は詰めるだけのママも。この3人の中には、遠足のことをすっかり忘れていて、のり巻きを買いに走ったママもいました。……何だか心強いですね(笑)。

そして、当然ながら、それぞれに忙しい昼間があり、それぞれに悩みがあります。仕事も家事も子育てもちゃんとやりたいのに、なかなかうまくいかない。仕事に追われていると、大事なことをつい忘れてしまう。毎日忙しくしているのに、ときどき何もしていないような気になる――。そんな、子育て中の方なら誰もが共感してしまう思いをていねいに拾い上げて描いています。

柔らかな色彩が美しく、すべてのママに、<春>という季節が優しく微笑みかけてくれるような1冊です。漠然とした不安を抱えている方も「明日から、またがんばろう」と勇気をもらえるのではないでしょうか。
今日は、幼稚園の遠足の日。ハナマンションに暮らす3人のママたちは、朝からお弁当作りに大忙しで……。時間に追われながら日々がんばるママたちを描いた『3人のママと3つのおべんとう』(作:クク・チスン、訳:斎藤真理子/ブロンズ新社)。

まるで子育てのよう!? 美しい世界と出会える冒険の日々

次にご紹介するのは、ご存知、『スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし』(作:レオ=レオニ、訳:谷川俊太郎)です。ずいぶん長い間、小学校の国語の教科書に掲載されていますが、「大人になってから読み直したい絵本」のトップクラスに入る作品ではないでしょうか。

『スイミー』のテーマを聞かれたら、みなさんは何と答えますか? 小さな黒い魚・スイミーが仲間たちと集まって一匹の魚となり、大きな魚を追い払うお話ですから、「仲間と力を合わせてがんばろう」「みんなで勇気を出して乗り越えよう」、そんなメッセージを受け取るのは、ごく自然なことだと思います。でも、大人になって改めて読み直すと、ほかにも気付くことがあるのです。

きょうだいとはぐれて、ひとりぼっちになったスイミー。悲しみに暮れて暗い海の底を進んでいくと、今まで見たことのない世界を目にします。にじいろのゼリーのようなくらげ、すいちゅうブルドーザーみたいないせえび……。壮大な海の中を描いたシーンが6場面も続きます。スイミーはこの孤独な時間に、初めてこの世の美しさを知るのです。
……これって、子育て期に通ずるものがあると思いませんか?

まだ息子が幼かったころ、育児で疲れ果てていた私は、あるとき『スイミー』を読んで涙があふれました。ひとり孤独を感じながら、毎日を無駄に過ごしている気がしていたけれど、子どもと一緒にいたからこそ、今まで見えなかった景色を見られるようになったじゃない、と。小さな草花や虫、季節の移ろい、人々の優しさ……、私はこのことを『スイミー』を通して気付かされたのです。

そしてラストシーン、一匹の大きな魚となったスイミーと仲間たち。目の役割を担ったスイミー以外にも、実はそれぞれに大切な役割があるのです。ひとりひとり、あなたにしかできないことがある。そんなメッセージの込められた『スイミー』を読めば、きっと力が湧いてくるはずです。
世界中で翻訳され、日本でも幅広い世代に愛されているレオ=レオニの代表作。小さな黒い魚・スイミーの大冒険を描いた『スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし』(作:レオ=レオニ、訳:谷川俊太郎/好学社)。

がんばる姿は、きっと誰かが見ていてくれる

最後は、お子さんと読んでほしい絵本として『じょうききかんしゃビーコロ』(作・絵:ミノオカ・リョウスケ)をご紹介します。あまり乗り物に興味のないお子さんをお持ちのパパママだと、電車の絵本はなかなか手に取らないかもしれません。でも、ぜひ声に出して読んでみてほしい物語があります。『じょうききかんしゃビーコロ』は、そういった作品のひとつです。

主人公は、小さな蒸気機関車・ビーコロ。工場の中で働いていて、普通の蒸気機関車のように外を走ることはありません。ビーコロはいつも「強くなりたい、早くなりたい、そうすれば僕だって外を走れるのに」と思っています。まるで人間の子どもそのものです。子どもには元来、物語の世界にぐっと入り込む才能がありますが、中でも自分と同じような主人公のお話は、共感しながら読むことができます。

あるときビーコロは、年長の機関車に「工場の外を走りたい」と自分の思いを打ち明けます。すると、今までビーコロのがんばりを見てきた仲間たちがみな、「やってみるべし」と力を貸してくれるのです。春はさまざまな環境の変化、先生やお友達との出会いがあり、ワクワクする季節であると同時に、不安や緊張の季節でもあります。「ちゃんと見ているよ」「みんなが応援しているよ」と、絵本を通してそっと伝えてあげたいですね。

そして、「がんばっている姿、見ているよ」というメッセージは、大人をも救う言葉です。子育てをしていると、努力が報われないと感じる瞬間はたくさんあるでしょう。でも、ワーキングママも専業ママも、もちろんパパも、一生懸命がんばる姿は周りの人々にパワーを与えています。みんなが応援していますよ。

子どものために描かれた多くの作品は、<希望>で締めくくられています。前へ一歩踏み出す春に、ぜひ親子で楽しんでいただきたい<希望>の絵本です。
工場内で働く小さな蒸気機関車・ビーコロと仲間たちの物語『じょうききかんしゃビーコロ』(作・絵:ミノオカ・リョウスケ/童心社)。細部まで丹念に取材して描かれた機関車のイラストも作品の魅力のひとつ。
構成:星野早百合
とうじょう ともみ

東條 知美

絵本コーディネーター

絵本コーディネーター、講師、コラムニスト。1973年新潟県上越市生まれ。白百合女子大学児童文化学科卒業。在学中は桑原三郎氏(児童文学研究者)、角野栄子氏(児童文学作家)らに師事。卒業後、メディアファクトリー(現KADOKAWA)、国立国会図書館、幼児教育専門学校などの勤務を経て、絵本コーディネーターに。 絵本を題材に各地で講演、イベントを行うほか、執筆活動、保育士や図書館司書を対象とした研修などを手掛ける。コンセプトは「子どもに絵本を。大人にこそ絵本を。」 公式サイト  https://www.tojotomomi.com/ ブログ「僕らの絵本」 https://ameblo.jp/bokurano-ehon Instagram @tomomitojo Twitter @TOMOMIT

絵本コーディネーター、講師、コラムニスト。1973年新潟県上越市生まれ。白百合女子大学児童文化学科卒業。在学中は桑原三郎氏(児童文学研究者)、角野栄子氏(児童文学作家)らに師事。卒業後、メディアファクトリー(現KADOKAWA)、国立国会図書館、幼児教育専門学校などの勤務を経て、絵本コーディネーターに。 絵本を題材に各地で講演、イベントを行うほか、執筆活動、保育士や図書館司書を対象とした研修などを手掛ける。コンセプトは「子どもに絵本を。大人にこそ絵本を。」 公式サイト  https://www.tojotomomi.com/ ブログ「僕らの絵本」 https://ameblo.jp/bokurano-ehon Instagram @tomomitojo Twitter @TOMOMIT