人見知りの内気な少女が、美大・就職・留学・そして絵本作家に 『リリとネネのどんぐりパンケーキ』のやさしい世界

子ども時代、極度のはずかしがりやだった田島かおりさんが描く、小さいりすと小さいねずみが懸命に生きる物語

『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(作・田島かおり)は、りすのリリとねずみのネネが、森のなかまたちのために、アイデアいっぱいのパンケーキをつくるというおはなし。極度のはずかしがりやで内気な性格だったという田島かおりさんが、この絵本をどんなふうに描き、また絵本作家になるまでにはどんな道のりがあったのか、その秘密をお伝えいたします。
絵本『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(作・田島かおり 講談社)

森のかたすみにある小さな世界

子どものころから、「コロボックル物語」(著・佐藤さとる)のような、こびとの物語が大好きでした。スウェーデンの児童文学が原作の『ニルスのふしぎな旅』のアニメを観たり、ふたごのこびとの物語『はなはなみんみ物語』(作・わたりむつこ リブリオ出版 ※現在は岩崎書店より刊行)を夢中になって読んだりしていました。

小さな世界が好きなんです。道具も何も小さくて、そうした小さな世界を描いていると、とても楽しくて、いつまででも描いていられます。

主人公が、りすとねずみになったのは、もともと自分の名刺の絵にしたり、展示の際、りすとねずみ、うさぎ(後に「しろうさちゃん」に)をキャラクターとして描いたりして、ずっと親しんできたからです。
りすは昼に活動し、ねずみは夜に活動するので、おたがいがすれちがいのように生活するというようなおはなしを描こうとしたときもあるんですよ。そのときはうまくいかなかったのですが。

やっと描けた、りすとねずみの物語

今回、私の頭の片隅にずっと住みついていた、りすとねずみの物語をついに描くことができました。りすとねずみを描いていると、こびとの世界に通じるような心持ちになるんです。
絵本『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(作・田島かおり 講談社)より
前作『ちいさないえのりすいっか』(白泉社)は、はせがわさとみさんが素晴らしい文章を書いてくださったので、絵を描くことに打ち込めました。今回も文章はちがう方に書いていただければと思っていたのですが、いつのまにかどちらも担当することになっていて、文も絵もがんばりました。

描きたい絵のラフを並べながら、おはなしをつくっていきました。何度、ラフを描き直したでしょうか。新しいラフができあがるたびに、編集者とおたがいに読みきかせし合って、それを何度もくりかえします。読んだり読んでもらったりしているうちに、しぜんと、あ、ここは直したほうがいいなと気づいていくんです。

いったん気づいてしまうと、取り組まなければなりません。頭を冷やすために、まずはそのまま置いておくんです。そうすると、おふろの中や寝る前など、ふとしたときにはっと思いついたりして、そのたびにメモを取ります。ある程度、頭の中でできあがってきたら、机に座って取り組みます。
絵本『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(作・田島かおり 講談社)より
こうしたことを何度も何度もくりかえして、やっとラフが完成しました。

ひっそりとした世界

『リリとネネのどんぐりパンケーキ』は、ラフができあがってから5ヵ月間、ずっと描き続けていました。お昼ごろに起きて、明け方まで、一日中描き続けます。画材は色鉛筆です。一日中というと大変そうにきこえるかもしれませんが、描く絵があるというのはすごく幸せで、できれば描けるかぎり描いていたいんです。

ラフづくりも楽しいですが、やっぱり本描きは、描けば描くほど楽しくて、家で絵を描いているのがいちばん好きです。8割くらいできあがって、最後の2割を描き上げるまでがいちばんよい時間。その時間が待っているので、どの絵もそこに向かって走っています。
絵本『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(作・田島かおり 講談社)より
ただただかわいい、ひっそりとした世界を作りたいと思って描いてきました。絵本を描き続けて11冊目になりましたが、はずかしがりやで内気な性格だった自分の子ども時代をふりかえっても、こうして、だれにも気づかれないような世界で、ちいさな生活を描いているのは、とても幸せなことだと思っています。

はずかしがりやの子ども時代

ものすごくおとなしい子どもでした。『はずかしがりやのしろうさちゃん』(ポプラ社)の主人公・しろうさちゃんは、じつは自分がモデルです。大好きなおばあちゃんからもかくれてしまうようなはずかしがりやですが、それでもおさえめに描いているくらいで、実際はもっと人見知りだったかもしれません。
豊島園のベンチで、姉(左)といっしょにアイスを食べる田島さん(右)
写真提供・田島かおり
絵を描くのが大好きでした。幼稚園のころのスケッチブックが残っていますが、画用紙のすみっこに小さく動物が描かれていたりします。どうして小さく描いていたんでしょうね。

当時、新宿駅西口に、ムーミンの交通安全の大きな看板があったんですが、家にあった交通安全のパンフレットからムーミンの絵を切り抜いて、画用紙に貼ってコラージュしていました。これはよほど気に入っていたようで、何年にもわたって何枚も作っています。だんだんと、おはなしのようになっていくんですよ。
4歳くらいのときに描いた、おそらくうさぎの絵。
写真提供・田島かおり
6歳くらいのときに描いた、初詣の絵。
写真提供・田島かおり

絵を描くことが大好き

小学校にあがっても、絵を描くのは大好きでした。クラスみんなで紙製のステンドグラスを作る授業があったのですが、2年連続で、だいじなマリア様のお顔を担当したんです。絵を描くのが得意と思ってもらえていたのだと思います。

ただ、はずかしがりやの性格はそのままで、クラスメイトと話すということもほとんどなかったんです。なのに、そのころの同級生に今会うと、「絵と字がきれいだった」と言ってもらえるんですよ。びっくりしています。

中学、高校に進んでも、絵を描くのは好きでした。高校の体育祭などでは、看板を描いたりもしていました。ただ、絵で身をたてられるとは思っていなかったんです。美容師とか調理師とか、手を動かす職業に就けたらと思っていて、進路相談のときにそんなことを話したら、家政科をすすめられました。

そのときに、それなら美術の道に進みたいと思いました。その瞬間、美術大学を目指すスイッチが入りました。

1週間後には、美術大学に入るための予備校に通っていたんです。予備校はとても楽しくて、週6日、絵を描くためだけに通っていたのですが、なにしろ黙々と絵を描いていました。絵がだんだんとうまくなっていくのが自分でもわかりました。

自分には才能がないかもしれない

その結果、念願かなって、武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科に入りました。美術大学という場所は、ひとと少しちがっていても許される空気がありました。一風変わったひともいるし、集団行動もしなくていい。なにかを作っているという気分も好きでした。

一方で、いろいろなひとがいたからこそ、自分には才能がないかもしれないとも思っていました。だから、絵の道に進むというよりは、ふつうに就職しなければと思っていたんです。

ある日、大学の就職課の募集情報を観ていて、作家・池田あきこさんの「わちふぃーるど」の企画デザイン室の存在を知りました。まともに働けるのだろうかと不安はありつつも、もともとかわいいものが好きで美大に行ったので、キャラクターを扱う会社の情報などは見ていたんですね。
池田あきこさんの人気ロングセラー「ダヤン」シリーズより『ダヤンのたんじょうび』(作・池田あきこ ほるぷ出版)
「わちふぃーるど」は、自由が丘にある一軒家。面接に訪ねたところ、池田あきこさんの妹さんが、なにかの看板を作っていらっしゃいました。葉っぱに色をぬってはぺたぺた貼りつけていて、「このへんにはいい葉っぱが落ちているのよ」と話しかけてくれました。こんな空気の会社なら、私でも働けるかもしれないと思いました。

池田あきこさんのデザイン室に就職

大学卒業前から、「わちふぃーるど」の企画会議を見学させてもらったり、アルバイトをさせてもらったりしました。職場の方たちは、私のことを「かおりちゃん」と呼んでくれたりして、急いで大人にならずに、のびのびと働ける場所でした。そこで2年半、商品などのデザインをしました。

仕事は楽しかったけれど、その一方で、どこかでずっと自分にはデザインの仕事は向いていないのではとも思っていました。同僚にニューヨークの美術大学に行ったひとがいて、ときどき、その人からアメリカ留学のしかたをきいていたんです。じつは、ずっとアメリカに住んでみたいという希望を持っていました。その夢をかなえようと思いました。

夢のアメリカ留学

向かった先は、ニューヨーク州のロチェスターという学園都市。工科大学の中にある美術学科に留学しました。大学の構内に、コンビニエンスストアやスケートリンク、英語学校もあるんですよ。1年目は英語を学びながら、シルクペインティングを制作したりして、現地で出会った、りすやかえるなどの動物を描いていました。
大学内の作業机。壁には卒業制作作品のスケッチも。
写真提供・田島かおり
かえるがモチーフの卒業制作の1枚。
写真提供・田島かおり

絵本作家の道へ

アメリカの大学を卒業し日本に帰ってきてから、絵の仕事をしたいものの、どうすればできるかわかりませんでした。アメリカでは布に絵を描いたりもしていましたが、仕事となると、紙に描かなければとも思ったのです。幸い、ニューヨークのエージェントと契約することができ、日本にいながらアメリカの小学校低学年向けの副教材のイラストを描いたりして、私の絵の仕事が始まりました。

そのころ、とても好きだった絵本作家の酒井駒子さんが「あとさき塾」という絵本塾に通っていらしたのを知り、自分も通ってみようと思い立ちました。そこで、本格的に「絵本」に出会ったのです。

絵本は、読み始めたらおもしろくて、これは本気でやりたいものだと思いました。「あとさき塾」に通い始めて2~3ヵ月のころに、ひとつのラフを作りました。今から思えばややアート寄りのラフだったのですが、それをもとにした作品を、ピンポイント・ギャラリーの絵本コンペに応募したところ、良いところまで行けたんですね。

その後、気分転換にと、板橋区美術館で行われている「夏のアトリエ」に参加しました。イギリスで唯一、絵本学科があるというアングリア・ラスキン大学のマーティン・ソールズベリー教授の授業を受講し、そのときは、久々に英語に触れられたのもうれしく感じました。

その後、「夏のアトリエ」で知り合った方々と、ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェアに行ったんです。海外の出版社のブースをまわり、Lirabelleというフランスの出版社にピンポイント・ギャラリーコンペ応募作品を見せたところ、まさか気に入ってもらえて、『NEIGE』の出版にたどりつきました。フランスが絵本作家としてのデビューでした。
フランスで出版された絵本『NEIGE』(作・田島かおり Lirabelle)
それからは、グループ展に参加させていただく機会などがあり、出版社のひとと知り合うことも増えていきました。紙芝居を作らないかと声をかけてくれて、『ボクはせっけんくん』(教育画劇)ができあがりました。その後、『おべんとうはママのおてがみ』(教育画劇)など、絵本の仕事がだんだんと増えていきました。
紙芝居『ボクはせっけんくん』(作・田島かおり 教育画劇)
絵本『おべんとうはママのおてがみ』(作・田島かおり 教育画劇)
2016年のある日、最寄り駅のスーパーを歩いていたら、雑誌「kodomoe」から突然、Twitterのダイレクトメールが届きました。絵本の依頼で、うれしくて飛び上がりました。『ちゅんたろうのしょうがっこうたんけん』(白泉社)という絵本ができあがり、数年後、「建築」をテーマに絵本を作ることになりました。文は、「あとさき塾」で出会い、交流のあったはせがわさとみさんが書いてくださって、『ちいさないえのりすいっか』(白泉社)ができあがりました。
絵本『ちゅんたろうのしょうがっこうたんけん』(文・はせがわさとみ 絵・田島かおり 白泉社)
絵本『ちいさないえのりすいっか』(作・田島かおり 白泉社)
これまでのあいだ、絵の描き方にも模索がありました。以前は絵の具も使っていましたが、色鉛筆のみを使用することに変え、アウトラインを消して描くようにしてみたら、Instagramで「いいね」がつくようになったんですよ。今は、色鉛筆だけで描き上げています。
Instagramで「いいね」がつき、画材を色鉛筆のみに変えるきっかけとなった絵

『リリとネネのどんぐりパンケーキ』ができあがって

すごくうれしいという気持ちと、永遠に描いていたかったので描き終わってしまったさみしい気持ち、その両方があります。なにしろ、最後の2割を永遠に描き続けていたいんです。

今、『リリとネネのどんぐりパンケーキ』ができあがって、自分がずっと絵を描くのが好きだったことを実感しています。そしてあらためて、絵を描く仕事をしている幸せをかみしめています。

リリとネネの物語は、まだまだ頭の中で続いています。ふたりの世界をもっと描きたいです。リリとネネの絵本としてシリーズ化されたらと願っています。
『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(作・田島かおり 講談社)より

田島 かおり プロフィール

東京都生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。キャラクターグッズデザイナーを経て、絵本作家に。

絵本作品に、『パパはまほうのケーキやさん』『おべんとうはママのおてがみ』(教育画劇)、『はずかしがりやの しろうさちゃん』『しろうさちゃんとおねえちゃんの かえりみち』(ポプラ社)、『ちゅんたろうのしょうがっこうたんけん』(白泉社)、『ちいさないえのりすいっか』(文・はせがわさとみ 白泉社)などがある。またフランスでは、『NEIGE』『Quand vient le PRINTEMPS』(Lirabelle)が出版されている。
たじま かおり

田島 かおり

Kaori Tajima
絵本作家

東京都生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。キャラクターグッズデザイナーを経て、絵本作家に。 絵本作品に、『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(講談社)、『パパはまほうのケーキやさん』『おべんとうはママのおてがみ』(教育画劇)、『はずかしがりやの しろうさちゃん』『しろうさちゃんとおねえちゃんの かえりみち』(ポプラ社)、『ちゅんたろうのしょうがっこうたんけん』(白泉社)、『ちいさないえのりすいっか』(文・はせがわさとみ 白泉社)などがある。またフランスでは、『NEIGE』『Quand vient le PRINTEMPS』(Lirabelle)が出版されている。

東京都生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。キャラクターグッズデザイナーを経て、絵本作家に。 絵本作品に、『リリとネネのどんぐりパンケーキ』(講談社)、『パパはまほうのケーキやさん』『おべんとうはママのおてがみ』(教育画劇)、『はずかしがりやの しろうさちゃん』『しろうさちゃんとおねえちゃんの かえりみち』(ポプラ社)、『ちゅんたろうのしょうがっこうたんけん』(白泉社)、『ちいさないえのりすいっか』(文・はせがわさとみ 白泉社)などがある。またフランスでは、『NEIGE』『Quand vient le PRINTEMPS』(Lirabelle)が出版されている。