26年度から「出産費用無償化」で何が変わる? ママにとっても病院・クリニックにとっても幸せになる制度にするためには? 〔産婦人科医が解説〕

出産費用の無償化 #2

産婦人科医:柴田 綾子

「利便性」と「安全性」のバランスが重要に

──安心して妊娠や出産ができるための無償化なのに、そもそも出産ができる病院がなくなってしまったら、本末転倒ですね。

柴田先生:そうですね。だからこそ、そこはしっかりと議論をして、妊婦さんにとっても病院にとってもメリットがある仕組みにする必要があります。

世界的には、分娩施設は1ヵ所に集約して大規模化するというのが大きな流れで、厚生労働省もその方向を進めています。どうしてかというと、そのほうが安全性は高まることが多いためです。

写真:アフロ
すべての画像を見る(全5枚)

柴田先生:お産は24時間365日起こるため、いつでも緊急対応できるようにしなければなりません。そのためには医師や助産師をはじめとする医療資源を1ヵ所に集めて、何があっても対応できるような手厚い人手を確保することが必要なのです。

一方で、地域に1ヵ所しか分娩施設がないなどとなると、自宅の近くで出産ができなくなるなどのデメリットも考えられます。妊婦さんにとって、妊婦健診のたびに遠くの病院を受診するのは大きな負担です。

その場合は、妊婦健診は近所の婦人科で受けて、いざ分娩というときは大きな分娩施設でお産をするといった、病院・クリニックの連携で対応する方法もあります(分娩セミオープンシステム)。

いずれにしても、「利便性」と「安全性」のバランスを取ることが重要になります。

不妊治療の保険適用との違い

──妊娠・出産関係では、不妊治療も数年前に保険適用になりました。

柴田先生:出産と不妊治療では似ている部分と異なる部分があります。大きく異なる点は、不妊治療は予約診療が中心で、基本的に日中が多いです。そのため、医療施設側は診療の予定や準備を立てやすくなります。

これに対して、出産は24時間365日、いつ起こるかわかりません。また、直前まで何一つリスクがなかった妊婦さんが、突然、大出血するということもあります。これは、どれほど経験を積んだ産婦人科医でも予測ができないのです。

ですから、深夜に急にお産が始まっても対応できるように、手術室や万が一のスタッフ、輸血の準備なども含めて、休日・夜間を問わずずっと体制を整えておかなければなりません。

保険適用などの議論をするときには、ぜひとも安全なお産を支えている「見えないコスト」についても配慮してほしいと産婦人科医としては願っています。

──検討会では無痛分娩も話題も挙がりましたね。

柴田先生:今、全国で無痛分娩によって出産する人は、出産する人の約13%といわれていますが、地域によって無痛分娩の実施率は大きく異なります。住んでいる地域によって、無痛分娩を選べないケースもあることは、大きな課題だと感じています。

出産について「お腹を痛めてこそ母になる」といったことがいわれた時代がありますが、もちろんそんなことはありません。痛みを感じなくても、我が子への愛情に変わりはありません。

また、「無痛」という言葉で誤解されがちですが、麻酔を使ったとしても出産による母体へのダメージはゼロにはなりません。例えると、出産による「100」のダメージが、痛みを少なくすることで「70~80」になる程度だと思ってほしいです。

麻酔をしてお腹を切る手術を受けた場合も、体にダメージが残ることには変わりありません。

虫歯のときにも麻酔を使うのに、出産という大きな痛みに対して、「麻酔を使うべきでない」と他人が決めつけるのは、とてもナンセンスだと思います。

写真:maruco/イメージマート

妊婦健診の負担軽減も重要に

──ほかにも妊娠・出産の課題を教えてください。

柴田先生:出産の無償化に加えて、妊婦健診の負担を軽くすることも大切です。妊婦健診には助成がありますが、その金額などは自治体によってバラバラです。そのため、住んでいる地域によっては自己負担が大きくなってしまいます。

また、そもそも妊娠に気がついて、最初に婦人科を受診するときはまだ母子手帳がないため、自費扱いで高額なお金を支払わなければなりません。妊娠・出産でただでさえ負担が大きいのに、健診代の心配までしなければならない状況は改善されるべきです。

妊娠・出産のお金の心配や仕事との両立などを含めて、当たり前に安心して子どもを産んで育てられる社会に近づくことを産婦人科医としては願ってやみません。

───◆──◆───

出産無償化は、子どもを産み・育てやすい社会をつくるための第一歩です。その一方で、安全なお産を支えるためには多くの「見えないコスト」が必要なことも教えていただきました。誰もが安心して子どもを産めるように、持続可能な制度のあり方が求められているといえます。

取材・文/横井かずえ

「出産費用無償化」1回目を読む。

この記事の画像をもっと見る(全5枚)

前へ

3/3

次へ

27 件
しばた あやこ

柴田 綾子

Ayako Shibata
産婦人科医

世界遺産15カ国ほど旅行した経験から母子保健に関心を持ち産婦人科医となる。2011年群馬大学を卒業後に沖縄で初期研修し2013年より現職。 女性の健康に関する情報発信やセミナーを中心に活動中。1児の母。 主な共著『患者さんの悩みにズバリ回答! 女性診療エッセンス100』(共著/日本医事新報社)、『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社)など。

  • x

世界遺産15カ国ほど旅行した経験から母子保健に関心を持ち産婦人科医となる。2011年群馬大学を卒業後に沖縄で初期研修し2013年より現職。 女性の健康に関する情報発信やセミナーを中心に活動中。1児の母。 主な共著『患者さんの悩みにズバリ回答! 女性診療エッセンス100』(共著/日本医事新報社)、『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社)など。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2