日本は「女性の避妊方法は2択」 経口中絶薬は要入院 「生理・妊娠・出産の権利」が低すぎる問題を産婦人科医が解説

産婦人科医・柴田綾子先生に聞く「緊急避妊薬」 #3 ~リプロダクティブ・ヘルス/ライツ編~

産婦人科医:柴田 綾子

「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」とは?  写真/アフロ
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「生理と上手につき合ってほしい」と話すのは、産婦人科医・柴田綾子先生。そして「生理以外にも、妊娠や避妊についても気軽に話してほしい」と言います。

「緊急避妊薬」連載。最終回となる3回目は、柴田先生に性や子どもを産むことにかかわるすべてにおいて、身体・精神・社会的にも自分らしく生きられる権利である「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」について解説してもらいました。

(全3回の3回目。1回目を読む。2回目を読む)

柴田綾子(しばた・あやこ)
淀川キリスト教病院産婦人科医長。世界遺産15カ国ほど旅行した経験から母子保健に関心を持ち、2011年群馬大学医学部卒業後、沖縄での初期研修を経て、2013年より現職。女性の健康に関する情報発信やセミナーを中心に活動中。1児の母

シール式 注射式 埋め込み式 多彩な海外の避妊方法

──日本では避妊方法がコンドームに偏っています。コンドームについては、1回目でも避妊効果が十分ではないとお話しいただきました。世界にはもっと違う避妊方法があるのでしょうか。

柴田綾子先生(以下、柴田先生):海外では、女性が自分の意思で行える多くの避妊方法があります。

例えば、シールタイプの避妊薬があります。これは背中やお尻などにシールを貼っておくと貼っている間は避妊ができるというもの。あとは、自分で注射する自己注射の避妊薬もあります。これは、自分でお腹などに注射を打つと数週間〜数ヵ月避妊ができます。

ほかには、腕に埋め込むタイプの薬もあります。注射のように、腕にポンッと打つと、3年間など、年単位で避妊効果が続きます。

日本は女性が使える避妊方法は2択のみ

柴田先生:ところが、日本では、女性が日常的に行える避妊方法は低用量ピルと子宮内避妊具の2択のみです(他に永久避妊法として卵管結紮〔らんかんけっさく〕があります)。

低用量ピルは、肥満や偏頭痛などがあると血栓症のリスクがありますし 、子宮内避妊具は挿入時に痛みを感じる人もいます。そもそも内診台に上がること自体に抵抗を感じる女性もいるなかで、子宮内避妊具は非常にハードルが高いのです。

性感染症や子宮頸がんの自己検査キットも日本では普及していません。海外では、クラミジアなどの性感染症や子宮頸がんの原因になるHPVウイルスなどの自己検査キットも薬局で買える国があります。

経口中絶薬は2023年4月日本で初めて認可に

──海外では普及していて日本では使えなかったものとして、飲むタイプの中絶薬もあると聞きました。

柴田先生:経口中絶薬は、1980年代から使われていてWHO(世界保健機関)がより安全な中絶法として推奨している方法です。海外では、妊娠初期の中絶方法は多くの国で経口中絶薬に切り替わっています。

中絶に関するオンライン診療をしている国もあり、妊娠検査が陽性だった場合、オンラインで医師の診察を受けます。そして中絶を選択する場合は、中絶薬が処方されて自宅に届き、自宅で服用して流産した後に再度、産婦人科を受診するような運用も多くなっています。

日本ではこれまで中絶方法は手術だけでしたが、 海外から30年以上も遅れて、2023年4月、初めて経口中絶薬「メフィーゴパック」が認可されました。

この薬が認可されるまで、日本で行われる中絶法は外科的手術しかありませんでした。手術だと、どうしても子宮の中を傷つけるリスクがゼロにはなりません。そのためWHOはより安全な中絶法として、内服薬での中絶を周知し続けてきました。

──どのような仕組みで中絶できるのですか。

柴田先生:経口中絶薬は、妊娠初期に内服することによって妊娠を中止することができる薬です。服用できるのは、妊娠初期の9週までです。

服用する薬は2種類あり、最初に飲む薬「ミフェプリストン」で、妊娠を続けるのに必要な黄体ホルモン(女性ホルモン)の働きをおさえます。

次に36~48時間後に飲む2つ目の薬「ミソプロストール」で子宮を収縮させて胎児を体外に排出させます。

経口中絶薬の服用 日本は入院が必要

──認可から1年が経ちましたが(2024年7月現在)、普及しているのでしょうか?

柴田先生:経口中絶薬については、実はまだあまり普及はしていません。理由は、海外では自宅で服用して中絶するのですが、日本では急な出血などに備えて入院して服用する薬だからです。手術による中絶が日帰りでできるのに対して、経口中絶薬は入院が必要になるので、選択する女性が多くないのだと思います。

本来ならば、中絶は自分の身体や心を守るために必要な女性が持つ正当な権利です。しかし、実際には罪悪感を覚える人が多く、中絶することを隠したいと感じる人が多い傾向があります。入院すると周囲に隠すことが難しいため、この方法を選ぶ女性が少ないのかもしれません。

また、産婦人科医ならば誰でもこの薬を処方できるのではなく、処方できる医療機関は極めて限られていることも普及しない要因のひとつです。緊急避妊薬と同じで、患者がこの薬を使用したいと思っても、そもそも処方できる医療機関が少ない上に、費用も高額です。そのため、海外に比べて女性にとっては極めて厳しい運用となっているのが現状です。

妊娠・出産の自費は「病気ではない」から

──柴田先生は、女性のヘルスケアについて積極的に情報発信されていますが、その原動力はどこからきているのでしょうか?

柴田先生:日本では、女性に避妊や妊娠に関する負担の多くがのしかかっていると感じたからです。例えば、妊娠、出産、中絶、避妊などに関することについて。これらはすべて「病気ではない」とされていて、保険適用されません。そのため高額な費用を自己負担したり住んでいる地域によって値段が大きく異なる状況です。

また、海外で普及している便利な避妊方法なども日本ではほとんど使えません。今、世界では性別や年齢を問わず、自分の性や身体のことは自分で決める「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)という考え方が普及しつつあります。しかし、日本ではこうした権利があまりに守られていないのです。

妊娠・出産に関することは、本当に命がけで大変なもの。だからこそ、社会や制度を整えて、妊娠・出産が女性の負担にならない環境を作っていかなければならないと感じています。

生理や避妊も産婦人科医に相談してほしい

柴田先生:また、日本では生理が恥ずかしいものだという意識がありますが、生理は全然恥ずかしいものではありません。生理とつき合うのは、むしろ女性にとっては大切なスキルのひとつです。

まずは、家庭の中で生理について恥ずかしがらずに話せる雰囲気を作っておくと良いと思います。それによって、それ以外のことも相談しやすくなるからです。

同時に、産婦人科医は妊娠したときだけではなく、生理のことや避妊のことなどでも気軽に相談してほしいと思います。

どうしても産婦人科を受診するのはハードルが高いと感じるかもしれませんが、まずは「相談だけ」で受診するのも大丈夫です。内診などの診察を希望しないときは、問診票や予約時にそのようにスタッフに伝えてください。生理や女性の身体のことで悩んでいたら、勇気を出して産婦人科へ受診してみてください。

───◆───◆───

日本では、義務教育において避妊や妊娠に関する性教育がほとんど行われていません。そこで、まずはご家庭内で生理について話せる雰囲気づくりから始めてみてはいかがでしょうか。

そして、私たち大人は、これからを生きる子どもたちが、性や避妊、結婚、妊娠 などすべてにおいて、自分らしく生きられる環境を作っていかなくてはいけないと、改めて思いました。

取材・文/横井かずえ

「緊急避妊薬」連載は全3回。
1回目を読む。
2回目を読む。

【参考資料】
・薬剤による中絶について学べる動画
(国際産婦人科連合(FIGO)によって承認されたe-Learning教材の日本語訳)

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しばた あやこ

柴田 綾子

Ayako Shibata
産婦人科医

世界遺産15カ国ほど旅行した経験から母子保健に関心を持ち産婦人科医となる。2011年群馬大学を卒業後に沖縄で初期研修し2013年より現職。 女性の健康に関する情報発信やセミナーを中心に活動中。1児の母。 主な共著『患者さんの悩みにズバリ回答! 女性診療エッセンス100』(共著/日本医事新報社)、『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社)など。

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世界遺産15カ国ほど旅行した経験から母子保健に関心を持ち産婦人科医となる。2011年群馬大学を卒業後に沖縄で初期研修し2013年より現職。 女性の健康に関する情報発信やセミナーを中心に活動中。1児の母。 主な共著『患者さんの悩みにズバリ回答! 女性診療エッセンス100』(共著/日本医事新報社)、『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社)など。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2