『あらしのよるに』【全７巻 全ページ試し読み】380万部の国民的ベストセラー　20年ぶり“奇跡“の新シリーズが３月12日スタート！　

「よっこらしょ。うっ……、いてててて。」
「どうしました。」
「いやあ、ここに　くるとき、ちょっと、あしをね。」
「そりゃあ　たいへん。ほら、こっちに　あしを　のばしてくださいよ。」
「お、それじゃ　ちょっくら　しつれいして、よいしょっと。」

オオカミが　のばした　あしが　チョンと　ヤギの　こしに　あたる。
ヤギは、「あら？　ひづめに　しては　ずいぶん　やわらかいな。」とおもったが　
きっと　いま　あたったのは　ひざなんだと　おもいこむ。

「は、は、は、はっくちゅん！」
とつぜん、オオカミが　おおきな　くしゃみを　した。
「だいじょうぶですか？」
「うっ……、どうやら　はなかぜを　ひいちまったらしい。」
「わたしもですよ。おかげで　ぜんぜん、　においが　わからないんです。」

「エヘヘ、いま　わかるのは、おたがい　こえだけって　わけっすよね。」
「ハハハ、ほんとうですね。」

オオカミの　わらいごえを　きいて、ヤギは　おもわず、
「オオカミみたいな　すごみの　ある　ひくい　おこえで。」
と　いいかけたが、しつれいだと　おもい、くちを　とじる。

オオカミの　ほうも、
「まるで　ヤギみたいに　かんだかい　わらいかたでやんすね。」
って　いおうと　したが、そんなことを　いったら　あいてが
きを　わるくすると　おもい、やめることに　する。

かぜの　うなりごえと、こやに　たたきつける　あめの　つぶが、
かわりばんこに　ひびきわたる。
「どちらに　おすまいで。」
「へえ、おいらは、バクバクだにの　ほうでやす。」
「ええ!?　バクバクだにですって？　あっちの　ほうは　あぶなくないですか？」

「へえ～、そうでやんすか？　ま、ちょっと　けわしいけれど、
すみごこちは　いいでやんすよ。」
バクバクだにとは、オオカミたちの　いる　たにである。

「ふーん、どきょうが　あるんですね。わたしは　サワサワやまの　ほうですよ。」
「おーっ、そいつは　うらやましい。そっちの　ほうは、うまい
くいものが、たくさん　あるじゃないですか。」
うまい　くいものとは、ヤギの　ことである。

「まあ、ふつうですよ、ハハハ。」
そのとき、二ひきの　おなかが　どうじに　なる。
ぐう～。
「そういえば、はらがへりやしたね。」
「ほんとうに。わたしも　ぺこぺこですよ。」

「ああ、こんなとき、うまい　えさが　ちかくに　あったらなあ。」
「わかります、わかります。わたしも　いま　おんなじことを　おもってたんです。」

「そういえば、おいら、よく　サワサワやまの　ふもとに　ある　
フカフカだにの　あたりに、えさを　たべに　いきやすよ。」
「おや、ぐうぜん。わたしもですよ。」

「あそこの　えさは、とくべつ　うまいんすよねえ。」
「ええ、においも　いいし。」

「やわらかいのに　はごたえも　いいっすから。」
「まいにち　たべても　あきないくらいですよね。」

「ほんと、いちど　くったら、やみつきに　なっちまいやす。」
「うーん、その　いいかた、ぴったりですよね。」

「ああ、おもいだしただけで　たまらねえ。よだれが　でそう。」
「ああ　おもいっきり　たべたい。」

そこで　二ひきは　どうじに、
「あの　おいしい……。」
『くさ』と　ヤギが　いい、『にく』と　オオカミが　いった。

けれども、ガラガラと　とおくで　なった　かみなりに、
ちょうど　その　こえは　かきけされた。

「そういえば、おいら、こどもの　ころは　やせっぽちでね。
いまじゃあ　とくべつ　おおぐらいだけど、あの　ころは　よく
おふくろから　いわれたもんすよ。『もっと　くえ、もっと　くえ。』ってね。」

「あら、わたしもですよ。
『そんなんじゃ、いざと　いうときに、はやく　はしれないでしょ。
はやく　はしれないと、いきのこれないわ。』って、しょくじの　たびに　ははおやにね。」

「そうそう、おいらの　うちも、おなじ　いいかたっすよ。
『はやく　はしれないと　いきのこれないわよ。』って。」

「ハハハ、わたしたち、ほんとに　よく　にてますねえ。」
「へへへ、ほんと、まっくらで　おたがいの　かおも　みえないっすけど、じつは　かおまで　にてたりして。」

ピカッ

そのとき、すぐ　ちかくで　いなずまが　ひかり、
こやの　なかが　ひるまのように　うつしだされた。