「公」の基本となる4つの振る舞い
公に対して、プライベートな空間となるのが家庭です。他者ではない家族同士がすごす場所ですから、心置きなく落ち着くべき場ですし、自分をさらけ出せる場所でもあります。保護者の方々も「子どもと楽しくすごしたい」と考えたり、時にわがままを言ったり、ケンカをしたりすることもあるでしょう。
ただ、最近は両者のバランスが崩れ、公に対して家庭(私=プライベート)が肥大化しているとも感じます。公と家庭がぶつかっている、とでも言いましょうか。
私の教員時代も、ご家庭のルールをもって学校に抗議されるという様子を多く見聞きしてきました。あるいは学校訪問の際のご両親の立ち振る舞いが、公の場たる学校にふさわしくないということも。
たとえば、学校の校舎に入られる際、靴をまるでご家庭の玄関のように脱ぎ捨てて入られるという方もいらっしゃいました。
また、北九州で最も厳しい学級崩壊が起きていた学校ではご両親がこんなことを言っていたこともありました。
「義務教育の中学校まではパラダイスやけぇ(だから)」
退学にならないので自分の家庭(プライベート)のルールを、学校(パブリック)に持ち込んで、好き放題できる、という意味です。そんな考え方は、より多くの場所から多様な人の集まる高校や社会に出たら通じないでしょう。
両者は一見、真逆のようにも見えます。
しかし私は別の考え方を持っています。
「家庭(プライベート)は子どもが公(パブリック)に向かう基地」
公の場に出ていくための、第一歩を記す場所。楽しいだけの場所ではなく、子どもが新しい世界に出ていくための準備段階の場所。そういった意識をもっと持つと子どもの成長につながると思うのです。
万引きした子どもの親の態度
さらに公と家庭の関係について一歩掘り下げると、こうも言えます。
「子どもが公でくじけたとき、もう一度押し戻してあげるのが家庭」
公に出ていった、ダメだったが戻ってきた。だから家庭で癒やす。また戻ろうと頑張る。そのくり返しでもあると思うのです。家庭は公で生きていくための「基地」あるいは「プラットフォーム」なのです。
たとえば、子どもが学校でトラブルに巻き込まれたとき。このときにこそ「基地」の考え方が活きると思います。私はこういった考えを持っていてほしいと考えています。
「最終的には家庭は家庭として、どんなことがあっても子どもを守る」
教員時代、子どもが学校で問題に巻き込まれた際に、お父さんがすごい剣幕で学校に乗り込んできて、強い抗議をされることが多くありました。もちろん、教員側は自分の立場からできる限り問題への対処をおこないます。このとき私は、そういったお父さんの姿をこういうふうにも捉えたことがありました。
「ここで学校に怒鳴り込むことこそが、父親たるご自身の出番と考えられている。ふだんは子育てに関わられていないのだろうな」
もちろん問題が学校で起きる以上、学校側が責任を負うべきところはあります。一方で、学校側に乗り込んでくるお父さんの姿を見るとき、学校側はそれがわかるものです。学校に強い抗議をすることが、子どもを守ること。そういう考え方が年々増えてきているように感じます。
子どもの万引きにも多く接しました。昔の話をしても仕方がないですが、1980年代ごろまではお父さんが仕事を休んででも子どもを店に連れていって「大変申し訳ございませんでした」と頭を下げる姿を目にしました。お父さんの姿としては理想的だなというふうに見ていました。
親も子がしたことには社会に対して責任をとる。だから親も一緒にあやまり、責任のとり方を教える。そして子どもに「何があっても最後の最後には守る」という姿を見せることがいちばんの再発防止になると思います。これが子どもを「公に戻す」ということでしょう。
しかし年代を経るにつれ、お母さんがあやまりにいく状況が増えているように思います。夫婦で言い合いになった結果、「お母さんがふだんからちゃんと見ていないのが悪い」という話になった、ということも聞いたことがあります。
近ごろでは、表沙汰にならないトラブル(学校側が表沙汰にしようとしないものを含め)も多いでしょう。子どもが学校でLINEでのグループ外しなどで疎外感を抱き、傷ついているという話は本当に多いです。
そのとき「最終的には、親自身がどんなことがあっても守る」という考え方で接してみるのはどうでしょう。相手を攻撃することだけが、子どもを守るということにはならないと思うのです。そうなってしまうと、子どももその攻撃に同調することが慰め、という発想になってしまうでしょう。
◆今回ご紹介の書籍はこちら
『足型をはめられた子どもたち』
NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」、日本テレビ系列「世界一受けたい授業」などで、崩壊した教室を立て直す授業が紹介され大反響を呼んだ、菊池省三先生のコミュニケーション教育。子どもの生きる力を伸ばすメソッドへの支持は拡がり、講演や研修会は年間250回に及んでいます。
いま、教師の指導者として全国の小学校に招かれ、10年のあいだに行った飛び込み授業(示範授業)は3000時間超。各地の教室をもっともよく知る教育者です。そこで出合ったのが「机の下の足型」に代表される子どもを「型にはめる教育」。
本書では、公立小学校の現状を知っていただき、その解決策として荒れた子どもたちを変えてきた菊池先生のコミュニケーション教育を紹介。保護者のみなさんにとっても、子育てについての認識が180度変わる「ほめ方」や「叱り方」「語彙の増やし方」「考える力のつけ方」など、子どもを社会に送り出すために、家庭でできる実践法をお伝えします。
































菊地 省三
1959年、愛媛県生まれ。山口大学教育学部卒業。 2014年度まで北九州市立小学校の教諭を務めた後、教育実践研究家として活動を始める。全国の国公立小学校に招かれ、2026年時点で3000時間以上、飛び込み授業(示範授業)を行っている。教育実践研究サークル「菊池道場」主宰。8つの自治体の教育アドバイザーを務める。講演は年250回に上る。 著書に、『新装版 授業がうまい教師のすごいコミュニケーション術』(学陽書房)、『学級崩壊立て直し請負人 大人と子どもで取り組む「言葉」教育革命』(新潮社)など、共著に『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)などがある。 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」や日本テレビ系列「世界一受けたい授業」、ドキュメンタリー映画「挑む」シリーズなど多数出演。
1959年、愛媛県生まれ。山口大学教育学部卒業。 2014年度まで北九州市立小学校の教諭を務めた後、教育実践研究家として活動を始める。全国の国公立小学校に招かれ、2026年時点で3000時間以上、飛び込み授業(示範授業)を行っている。教育実践研究サークル「菊池道場」主宰。8つの自治体の教育アドバイザーを務める。講演は年250回に上る。 著書に、『新装版 授業がうまい教師のすごいコミュニケーション術』(学陽書房)、『学級崩壊立て直し請負人 大人と子どもで取り組む「言葉」教育革命』(新潮社)など、共著に『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)などがある。 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」や日本テレビ系列「世界一受けたい授業」、ドキュメンタリー映画「挑む」シリーズなど多数出演。