子どもの手をどう離すか? 工藤勇一校長「多様性の時代に親ができること」

学校改革の旗手・工藤勇一氏「今こそ子どもたちに本当の民主主義教育を」 #4~多様性時代の子育て~

横浜創英中学・高等学校長:工藤 勇一

子育てに求めたいのは「手の離し方」

教育の現場に立って約40年。たくさんの子どもたちと時間を共にしてきた工藤先生は、「子育てはどうやって手を離すかが肝心だ」と語ります。

「『大人は大変だよ』と聞かされて育つ子どもと、『大人はおもしろいよ。嫌な人もいるけどいい人もいっぱいいるよ』と聞いて育つ子どもとでは、生き方が変わるでしょう。

『世の中まんざらでもなくて、大人って結構素敵だよね』と感じられる子どもにしていくことが大事なんです。ところが『世の中って大変だよ』『大人は大変だ』なんてネガティブなことばかり言う教師がいます。『あの先生はダメ』『あのお母さんはおかしい』とマイナスなことばかり言う親も多い。

中には子どもが誰かを批判すると一緒になって『あの子はダメだよね』と言う人もいますが、これは言わないほうがいいですね。相手がまだ子どもだからです。とにかく余計なことは言わないことです。

子どもの世界に介入しすぎてはダメです。

子どもって、親が介入すればするほど介入されることに慣れてしまい、次第に介入しない親に不満を持つようになる。悪循環です。人のせいにするのは自立できていない証拠です。

子育ては、どうやって手をかけるかではなく、どうやって手を離すかなんです。

うちの学校の場合、最年少では中学1年生の子が入学してきますが、そのとき僕が保護者に伝えるのは『高校3年生までたかだか6年間ですが、高校生にもなると、そんなに親と一緒に過ごしませんよね。この先、自分の道を自分で決めてほしいと願うなら、いつ頃を目処にどうやって手を離しますか』と語りかけます。

それを考えるのが子育てなんです」(工藤先生)

工藤先生に聞きました! こんな場合は多数決? or 話し合い?

話し合いで決めるべき問題か。多数決で決めてもいい問題か。日常の小さな場面でも判断に迷うことも多いかもしれません。そこで、筆者がママ友から聞いたある中学生のエピソードについて工藤先生に質問しました。

Q・中学校でクラスの合唱曲を決めることになったのですが、リーダーの一方的な説明のあと、話し合いのないまま多数決で決めることに。結果、リーダーの推す曲に決まりました。反対していた我が子には大きな不満が残っているのですが、こういう場合は多数決で決めてもいいものなのですか。

A・結論から言うと、これは多数決でいいと思います。多数決で決めていいときというのは、利害関係の対立が起きないとき。曲が好きだとか嫌いだとかというのは感性の問題です。つまりこの場合、「どの曲でも本当は誰も困らないけど、みんなが提案したうちのどれにする?」というテーマですから多数決でもいいのです。

麴町中では伝統行事だった合唱コンクール自体を生徒たちがなくしました。全員が参加を強いられ、順列をつける合唱行事だったからです。

学校全体に民主的な考えが広がり、「誰一人置き去りにしない」ためにていねいに話し合いを重ね、廃止を決定しました。合唱コンクールをやるかやめるか、こうしたケースでは多数決は向いていません。何度もこういう場を経験して訓練を積めば、どう決めたらよいかの判断ができるようになるでしょう。

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仲間と話し合わずにクジ引きやLINEの投票機能で決める、といったシチュエーションが、大人も子どもも増えてきています。「誰一人置き去りにしない社会」を実現するためには何が正解なのか。世界情勢が不安定な今だからこそ、足を止めて考える必要があるかもしれません。


取材・文/大楽眞衣子

2022年10月に『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』(苫野一徳氏との共著/あさま社)を上梓。哲学者・教育学者の苫野一徳氏との共著で教育の本質を徹底議論。発売後即重版に。
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くどう ゆういち

工藤 勇一

横浜創英中学・高等学校長

1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から2020年3月まで千代田区立麴町中学校校長。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革を実行。一連の改革には文部科学省が視察に訪れ、メディアがこぞって取り上げるなど話題になる。 初の著書『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)は10万部超えのベストセラーに。著書に『麴町中学校の型破り校長 非常識な教え』、『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』(以上SBクリエイティブ)、『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史氏との共著/講談社現代新書)など。2022年10月には哲学者・教育学者の苫野一徳氏との共著で『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』を上梓。

1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から2020年3月まで千代田区立麴町中学校校長。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革を実行。一連の改革には文部科学省が視察に訪れ、メディアがこぞって取り上げるなど話題になる。 初の著書『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)は10万部超えのベストセラーに。著書に『麴町中学校の型破り校長 非常識な教え』、『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』(以上SBクリエイティブ)、『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史氏との共著/講談社現代新書)など。2022年10月には哲学者・教育学者の苫野一徳氏との共著で『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』を上梓。

だいらく まいこ

大楽 眞衣子

社会派子育てライター

社会派子育てライター。全国紙記者を経てフリーに。3人の育児で培った生活者目線を活かし、現在は雑誌やWEBで子育てや女性の生き方に関わる社会派記事を執筆している。大学で児童学を専攻中で、保育士資格を取得。2歳差3兄弟の母。昆虫好き。イラストは三男による「ママ」 ●公式HP「my luck」

社会派子育てライター。全国紙記者を経てフリーに。3人の育児で培った生活者目線を活かし、現在は雑誌やWEBで子育てや女性の生き方に関わる社会派記事を執筆している。大学で児童学を専攻中で、保育士資格を取得。2歳差3兄弟の母。昆虫好き。イラストは三男による「ママ」 ●公式HP「my luck」