人間関係が破綻…こんなにある「長時間労働」が子育て世代と周りに与える弊害

子育て世代の働き方改革「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由 #2

ライター:髙崎 順子

「時短勤務のしわ寄せがフルタイム勤務に」「女性が週60時間以上働くと離婚率が上がる」「親の働き方が子どもに影響する」ーー長時間労働が子育て世代とその周囲に与える影響を探る(写真:アフロ)
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残業前提の長時間労働が常態化し、年次休暇の取りにくい日本の働き方。それは子育て世代も例外ではなく、さまざまな弊害をもたらしています。

長時間労働は、親たちの育児参加の障壁となると同時に、育児のために働き方やキャリアを変えねばならない親たちをも生み出すもの。そんな親たちの同僚にも皺寄せがいき、業務負担が偏る要因になっています。

また、働く親が家庭で過ごす時間が削られると、産後うつや虐待のリスクの高いワンオペ育児、親の疲弊からくる育児事故、親子関係の形成の難しさなどにも繫がるのです。

こういった働き方の根底にあるのは、昭和の時代に一般的だった、性別役割分業の固定観念。(参考:第1回「50年で劇的変化「共働き・時短勤務・非正規雇用」休めない親たちの現実」

政府もこれを問題視し、6月中旬に発表された「令和5年版男女共同参画白書」では、昭和的な性別分業と働き方を見直すべきと明言しました。

(出典:「令和5年版男女共同参画白書」P3“今こそ、固定的性別役割分担を前提とした長時間労働等の慣行を見直し、「男性は仕事」「女性は家庭」の「昭和モデル」から、全ての人が希望に応じて、家庭でも仕事でも活躍できる社会、「令和モデル」に切り替える時である。”)


連載の第2回では、性別役割分業がもたらす「長時間・休みにくい」親たちの働き方の弊害を、東京大学経済学部の山口慎太郎先生とともに見ていきます。

育児時間を犠牲にさせる「長時間労働」の仕組み

長時間労働の弊害は世界的にもよく知られており、健康や生活満足度、さらには労働生産性にもマイナスになります。

世界保健機構(WHO)・国際労働機関(ILO)によると、週55時間を超える長時間労働によって心疾患や脳卒中が引き起こされ、745,194人が世界中で亡くなっているという報告も。(※出典

日本ではその他に、長時間労働が家族の生計と生活に支配的な影響を及ぼしていると、山口先生は感じています。

山口慎太郎(やまぐち・しんたろう)教授
(東京大学経済学研究科)

「たとえば企業の人事データを見ると、長時間労働をしている層の所得の大きな割合を、残業代が占めていることが分かる。

これは基本給を抑えて設定し、“残業ありき”の前提で作られている給与体系の表れです。残業をしないと給与が大幅にダウンする仕組みが、長時間労働とともに浸透してしまっています。

子育て世帯の中には、年間の家計を“残業ありき”の給与額で考えており、それを変えられない家庭も多いのではないでしょうか」


大人と異なる子どもの生活リズムを尊重しようとすると、養育者が残業込みの長時間労働をすることは至難です。ですが残業しなければ、家計を支えるだけの十分な所得が得られない──暮らしていくための所得と、育児のために家にいる時間が、交換条件になっているのです。

暮らしていくための所得と、育児のために家にいる時間が、交換条件になっている(写真:アフロ)

しかも現実には、残業代がつかないけれどもやらざるを得ない「サービス残業」が存在していて、実態はデータには表れにくくなっています。

「母親は残業をしたがらず、父親は残業をしたがる、そのように思わせる社会的な風潮も根強い。

『変えたい』と願う人が残業なしで働こうとすると、その人が生活に困るだけで終わってしまう。企業側が率先して給与体系を変える意義は見出しにくいので、行政が牽引して変えていかねばなりません」

子育て世帯の同僚たちへの影響

未だデータ化されていない、子育て世代の長時間労働の弊害はまだあります。それは育児のために、1日の労働時間を短縮できる制度を利用する親(通称・時短勤務者)が増えたことによる、フルタイム勤務者への業務の偏りです。

「性別役割分業の影響で、日本では女性社員が子どもを持つと、大多数がフルタイムから時短勤務に移ります。

それを反映した採用や業務調整がなされていない場合、しわ寄せはフルタイム勤務の同僚に行ってしまう。業務負担が偏った結果、同じ部署内でチームワークや人間関係が悪化する事態が起こっています」
(山口先生)

令和3年度の調査によると、育児のための勤務支援制度の利用者のうち、1日の所定勤務時間を最大6時間とする「短時間勤務制度」を用いる人が約38%、始業・終業時間の変更制度を用いる人が約12%、残業を制限する人が13%。合わせて6割以上の人が、勤務時間を短くして働いています。特に短時間勤務と残業制限の利用割合は、2年間で合計8%ほど上昇しています。

勤務時間を短縮する同僚が増えるほど、そのフォローのために、フルタイムで働ける人々のワークライフバランスが乱れてしまう。

その傾向は政府も認識していて、この6月に発表された「女性版骨太の方針(女性活躍・男女共同参画の重点方針)2023」では、乳幼児の子どもがいる時短勤務者に関する、職場むけの給付金案も出ています。(出典:P3 Ⅱ‐(1)‐2育児期における休暇取得や柔軟な働き方の推進

「私自身はこの給付案には、反対の立場です。出産後の女性の就業自体は続けられますが、時短勤務に固定させられ、職場で周辺的な業務しかできなくなる状態が続いてしまうからです。

そして性別役割分業により、大多数の男性は時短勤務を選ばないので、子どもを持つことによる働き方の変化の問題は、女性側にだけ偏り続けます」

そしてこの問題の背景にあるのも、子どものいる人にはそもそも継続が難しい、長時間労働を前提とした働き方です。

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