残業前提の長時間労働が常態化し、年次休暇の取りにくい日本の働き方。それは子育て世代も例外ではなく、さまざまな弊害を及ぼしています。
長時間労働は、親たちの育児参加の障壁となると同時に、育児のために働き方やキャリアを変えねばならない親たちをも生み出すもの。そんな親たちの同僚にも皺寄せがいき、業務負担が偏る要因になっています。
また、働く親が家庭で過ごす時間が削られると、産後うつや虐待のリスクの高いワンオペ育児、親の疲弊からくる育児事故、親子関係の形成の難しさなどにも繫がるのです。
政府はこの実態を問題視し、この6月に発表した「骨太の方針」には、女性活躍・少子化対策の一環として、長時間労働の是正が盛り込まれました。
親子とその周りの人々が平穏な生活を送るには、長時間労働を改善し、適切な休暇を取れる働き方改革が欠かせません。この連載では、経済学者や小児科医の先生方とともに、親たちの働き方を考えます。
【『子育て世代の働き方改革~「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由』連載は全4回。第1回で「子育て世代の長時間労働とその背景」、第2回では「長時間労働が子育て世代とその周囲に与える影響」を探ります。第3回では「保護者の長時間労働が子どもの生活・健康へ与える影響」を探り、第4回では「働き方改革に取り組んだ日本企業」について紹介します】
父親の長時間労働、母親の時短勤務、休めない親たち
家族の衣食住、教育費……膨らむ家計を支えるため、仕事と家事育児を両立する子育て世代。長時間労働と休暇の取りにくさを特徴とする日本の労働社会で、親たちは実際、どのような働き方をしているのでしょう。
「共働き・時短勤務・非正規雇用。これらの増加によって、親たちの働き方は過去50年で劇的に変化しています」
そう語るのは、東京大学の経済学者・山口慎太郎教授。政府のこども対策有識者会議にも名を連ねる、子育てや教育政策関係の経済・統計分析の専門家です。
良くも悪くも多様になった女性の働き方
現代の日本の働き方のベースが作られたのは、戦後の高度経済成長期。
「男は外で仕事・女は家で家事育児」の性別役割分業が固定し、父親のみが働いて妻と複数の子を扶養する「専業主婦世帯」が標準的な家庭の形、という時代が続きました。
それが変わってきたのは、1980年代から。女性の労働力が必要とされ、男女雇用均等法が施行されるとともに、女性の正社員就業率は年々増加します。
ですが当時のフルタイム勤務は子育てとの両立が全く想定されておらず、正社員女性にはキャリアと引き換えに子どもを諦める人が多くいました。
90年代初頭にはバブル経済が崩壊、長い不況期が続き、サラリーマンの賃金が上昇しなくなります。子どものいる家庭で家計を支えるには父母の2馬力の収入が必要となり、共働き家庭は続々と増えていきました。
1997年には、専業主婦世帯と共働き世帯の数が逆転。現在では共働き世帯の数は、専業主婦世帯の2倍以上の多数派になっています。
今では日本の女性の就業率は先進国平均を超え、アメリカをも上回りました。ですがこの状況には、「女性の非正規雇用(パート、派遣社員)・時短勤務が多い」という特徴があると山口先生は指摘します。
「子どものいる女性が仕事を持つようになっても、“家事育児は女性が担うべき”という性別分業の固定観念が、日本社会でなかなか変わらないからです。
女性は家事育児と仕事を両立するため、非正規雇用や時短勤務など、周辺業務的な働き方をせざるを得なくなっています」
実際、2022年の女性の非正規雇用者率は53・4%と、女性の約2人に1人が非正規雇用で働いている状況です。
また多くの職場では、「24時間働けますか」の言葉に象徴される昭和的な長時間勤務が、今も昇進のための条件になっています。ですがその働き方は、家事育児を担当せず、仕事に専念できる人にしか許されません。
「日本企業では、残業や休日出勤など身を粉にして長時間働けることが、管理職の必須資格と考えられている実態があります。
昇進のステージでは今も圧倒的に男性が有利で、女性の管理職が増えない。国際比較でも、日本の女性管理職は少ないのがはっきりと見てとれます」
長時間労働に固定された30~40代の男性たち
ではその「身を粉にして長時間働ける人々」とは、どんな人たちなのでしょう。
「現代の日本で、週50時間以上働いているサラリーマンは全体の約22%。OECD平均は13%と、長時間労働をする人の多さで、日本は突出しています。そしてその大多数が、30~40代の男性に偏っているのです」
また、内閣府の最新の発表によると、週に60時間以上働いている割合は、「働き盛り」と言われる30代後半から40代前半の男性が他の年代と比較して突出しています。(令和5年版男女共同参画白書)
まさに、子育て世帯のど真ん中の年齢層です。子どもがいる父親がそれでは、家にいる時間は当然、非常に限られてしまいます。
そして父親不在の家庭では、母親のワンオペ育児が常態化する。その実態は、数字に明らかに表れているのです。
令和3年の社会生活基本調査によると、6歳未満の子を持つ人の家事時間は男性が1.54時間、女性が7.28時間と、依然として大きな差があります。
「家族で過ごす時間を考えると、この父親世代の働き方は、マイナスが甚だしいものと言えます。家族形成や育児分担は、父親が家にいないことにはどうにもなりません」
そしてシングル男性の場合は、結婚や子どもを望んでいても、パートナーになる人と出会い、信頼関係を築く時間がない状態と考えられます。2021年国立社会保障・人口問題研究所が行った調査では、25歳~34歳の独身男女の理由の第1位に「適当な相手にはまだめぐり合っていない」が上がりました。
古い価値観が親の働き方に影響
「労働時間平均で国際比較を見ると、日本は実はさほど、多いように見えません。ですがこれは女性や高齢者など、限られた時間で働く多様な労働者が増えたから。それが、残業して休みなく週50時間以上働く男性たちの労働実態を、見えにくくしています。日本の労働時間統計はその点で、見る際に注意が必要です」
父親の長時間労働が維持され、母親は非正規雇用や時短勤務など、サブ的なポジションで働かざるを得ない。共働きが多数派になったにもかかわらず、旧来の「男は仕事、女は家事育児」の性別分業意識が根強く、構造的に親の働き方を決定づけている。それが日本社会の現実です。
このような働き方は、家族関係や親子生活、そして職場の同僚に、どのような影響を及ぼしているのでしょう。『子育て世代の働き方改革~「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由』連載は全4回。続く第2回では「長時間労働が子育て世代とその周囲に与える影響」を、第3回では「保護者の長時間労働が子どもの生活・健康へ与える影響」を探り、第4回では「働き方改革に取り組んだ日本企業」について取材します。
出典・引用・参照
2023年 骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針 2023(原案))
令和3年 社会生活基本調査
2021年 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」
写真/森﨑一寿美
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
山口 慎太郎
東京大学経済学研究科教授。 1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。 専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。 『家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。同書はダイヤモンド社ベスト経済書2019にも選出される。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回日経・経済図書文化賞を受賞。 現在は、内閣府・男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員、日本経済新聞コラムニストなども務める。
東京大学経済学研究科教授。 1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。 専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。 『家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。同書はダイヤモンド社ベスト経済書2019にも選出される。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回日経・経済図書文化賞を受賞。 現在は、内閣府・男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員、日本経済新聞コラムニストなども務める。