人間関係が破綻…こんなにある「長時間労働」が子育て世代と周りに与える弊害

子育て世代の働き方改革「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由 #2

ライター:髙崎 順子

「女性が週60時間以上働くと、離婚率が上がる」

一方、働き方が家族の生活にもたらす影響は、すでに研究がなされています。

「たとえば夫婦関係では、『女性が週60時間以上働くと、離婚率が上がる』という研究があります。これは長時間労働に『女がそこまで働くべきではない』という性別役割分業の固定観念が組み合わさった現象ですが、長時間労働が人間関係を破綻させる一例です」

また、親の労働時間が長いと、子の発達に影響が出るとの研究もあります。

親が忙しすぎると、子どもの生活や精神面で、十分にサポートができなくなる(写真:アフロ)

「親が忙しすぎるとどうしても、子どもの生活や精神面で、十分にサポートができなくなります。スクリーンタイムの管理不足や肥満、問題行動にも繫がってくる。この面の解説は小児科医の先生方にお願いしたいですが、『親の働き方が子どもに影響する』という事実は、科学的に確認されています」

親の働き方によって顕著に影響が出るのは、子どもの睡眠リズムとそれに起因する発達と言われています。

人手不足をさらに悪化させる要因にも

親に限らず、労働経済全体で見た場合も、休みにくい長時間労働の弊害は深刻です。少子高齢化により、日本でも人手不足が年々危惧されるようになっていますが、それが顕著な分野には、共通する特徴があります。

「給料が低く、労働時間が長い、この2点です。そのような分野では常に求人が出ているので就職はしやすいのですが、人が定着しない。2点のうち、より問題なのは労働時間のほうで、給与が大企業の水準であっても、人手不足は解消されていません。常に経験の浅い労働者ばかりになるので、生産性が低く、長期的に見てもかなりマイナスな状況です」

人件費を投資ではなくコストと考えて抑制し、人材育成や労働条件を見直すことをせず、人を使い捨てにしてきた。それが今、人手不足という形で、日本社会に反響しているのです。

変わるべきは経営層の意識

働く親たちにもその同僚にも、社会全体にも悪影響をもたらしている長時間労働。これを改善していくには、どうしたらいいのでしょう。山口先生は「経営層の意識変化」がカギと見ています。

「現代の働き方は、個人でどうにかすることには限界がある、社会的な構造問題です。公的な制度を、よりファミリー・フレンドリーにしていく必要はあります。ですが制度があっても、社会の中の個々の組織が変わらなければ、運用はできません。そして組織を変えるのは経営のトップ層です」

現代の働き方は社会的な構造問題。だからこそ、経営層が率先して意識を変える必要がある(写真:アフロ)

先生が知る実例の中には、現場や人事部が乗り気であっても、なかなか働き方を変えられない企業があると言います。

「そういった職場では、社長が乗り気ではないケースが多いのです。働き方は経営層の意識が左右しますので、そこが変わらない限り、動かすのは難しい。国も民間企業の経営に関しては、口を出しにくいのが実情。

自社の従業員や生産性だけではなく、子どもたちへの影響まで考慮して、休みにくい長時間労働の弊害を認め、経営層に変わってほしいと願っています」

『子育て世代の働き方改革~「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由』では、第1回で「子育て世代の長時間労働とその背景」、そして第2回となる本稿では「長時間労働が子育て世代とその周囲に与える影響」を探りました。

続く第3回では「保護者の長時間労働が子どもの生活・健康へ与える影響」を探り、第4回では「働き方改革に取り組んだ日本企業」について取材します。

出典・引用・参照
令和5年版男女共同参画白書
令和3年度雇用均等基本調査
女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023 (女性版骨太の方針 2023)

写真/森﨑一寿美

「家族の幸せ」の経済学(著:山口慎太郎)
子育て支援の経済学(著:山口慎太郎)
休暇のマネジメント(著:髙崎順子)
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やまぐち しんたろう

山口 慎太郎

東京大学教授

東京大学経済学研究科教授。 1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。 専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。 『家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。同書はダイヤモンド社ベスト経済書2019にも選出される。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回日経・経済図書文化賞を受賞。 現在は、内閣府・男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員、日本経済新聞コラムニストなども務める。

東京大学経済学研究科教授。 1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。 専門は、労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。 『家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。同書はダイヤモンド社ベスト経済書2019にも選出される。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回日経・経済図書文化賞を受賞。 現在は、内閣府・男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員、日本経済新聞コラムニストなども務める。

たかさき じゅんこ

髙崎 順子

Junko Takasaki
ライター

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。