親が「子どもに説明」できる 小泉悠氏の「わかりやすい」解説 ウクライナ戦争と多極化する世界とは

東京大学准教授・小泉悠先生に聞く、現代の戦争と国際社会のリアル #2 (3/3) 1ページ目に戻る

東京大学准教授:小泉 悠

ドローンが可視化した「命の重み」と戦争のリアル

──現代では戦争の性質も変わったように思います。子どもたちにも親しみのあるドローンやAIが、人を殺傷するために使われていると聞くと、親としてはやりきれない気持ちになります。

小泉先生:技術革新によって、戦争はより安価で効率的に行われるようになりました。かつては戦闘機が必要だった攻撃が、今やドローンで人を殺すことができます。これらの技術がウクライナの戦場で使われ、衛星画像によって「大量の死」が可視化されています。

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小泉先生:しかし、画面上で「死を表す点」として処理されるその一つひとつには、かつて名前があり、家族がいて、日常がありました。技術がどれほどハイテクになっても、最後に破壊されるのは血の通った人間の体であり、失われるのはかけがえのない日常です。

さらに今、ロシアは圧倒的な兵員不足を補うために、北朝鮮から兵士を呼び寄せたり、占領した地域のウクライナの子どもたちをロシア本土へ連れ去ったりしているのです。

ロシアは「保護」の名目でウクライナの子どもたちを連れ去り「愛国教育」を施したりしており、その目的は彼らをロシア人として再教育し、「ロシアの兵士」として戦場へ送り出すことにあると言われています。

昨日の敵だった子どもを、今日は自国の兵士として育てる。これは、その子のアイデンティティや家族を完全に破壊する行為であり、これが現代の戦場のリアルです。

戦死者の大半 「即席兵士」の実態

──先生のご著書『現代戦争論』(ちくま新書)で、「誰が戦場で死んでいるのか」という分析を読んで衝撃を受けました。データで見えてくるのは、あまりにも残酷な「偏り」ですよね。

小泉先生:そこがこの戦争の最も残酷な「構造」の一つです。ロシア軍の戦死者を詳しく分析すると、モスクワやサンクトペテルブルクのような豊かな大都市の出身者は驚くほど少なく、その多くが地方の貧しい地域の出身者や、少数民族、あるいは志願兵として集められた「即席兵士」たちであることが分かります。

戦争を動かしているのはエリートたちですが、実際に戦場で命を落としているのは、経済的に選択肢が限られた地方の人々です。そこには明確な「命の格差」が存在します。名前も刻まれず「腕」とか「顎」とだけ書かれた墓標の下に埋められる人々。彼ら一人ひとりに人生があったという事実は、一つの点としてデータの中に埋もれているのです。

──私(ライター知野)は今(2026年3月現在)中国に住んでいて、ロシアとウクライナの学生が隣同士で仲良く勉強している姿を見ています。国が戦っていても、個人は繫がれる。この光景に、私は一筋の希望を感じるのですが。

小泉先生:戦争というものは、国家が「政治の手段」として始める巨大なシステムです。

しかし、一度そのシステムが動き出せば、個人の友情や愛情、ささやかな日常は無慈悲に踏みつぶされてしまう。あなたが見ているその光景こそが本来あるべき姿であり、戦争がいかに「異常なこと」であるかがわかるでしょう。

世界は「平和(白)」か「戦争(黒)」かの二択ではありません。世界は常に「スペクトラム(濃淡)」の中にあります。

完全な平和はないけれど、完全な絶望もない。そのグレーゾーンの中で、どうにかして「暴力の総量」を減らし、理不尽に死ぬ人を一人でも少なくするための知恵を絞る。それが安全保障という仕事の目的なのです。

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便利さと残酷さがこれほどまでに直結し、かつ「誰かの犠牲」の上に大国の論理が成り立っている。この「日常と戦場の地続き感」を、私たちはどう受け止めるべきなのかを考えさせられました。

次回3回目では、これからの時代を生き抜く平和教育について、引き続き小泉先生に解説していただきます。

撮影/安田光優
取材・文/知野美紀子

小泉悠先生のインタビューは全3回。
1回目を読む。​
3回目を読む(2026年3月30日朝9:00より公開)。

『現代戦争論 ──ロシア・ウクライナから考える世界の行方』著:小泉悠(筑摩書房)
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小泉 悠
こいずみ ゆう

小泉 悠

Yu Koizumi
東京大学先端科学技術研究センター准教授

東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。

東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。