赤ちゃんの異常を「新型出生前診断・NIPT」で検査「結果は郵送」が良くない理由…胎児診断専門家が「正しい知識」を解説
赤ちゃんの命を救う診断 クリフム出生前診断クリニック院長・夫律子先生インタビュー#2
2024.04.11
医療ライター:横井 かずえ
赤ちゃんの先天性疾患を調べる「出生前診断」の中でも、特に希望者が急増しているのが「新型出生前診断(NIPT)」です。
新型出生前診断(NIPT)は2013年から始まり、その後、35歳以上が対象だった年齢制限が撤廃され認証制度ができたことで、より身近な検査になりました。
その一方で、無認証の施設による検査のトラブルなども報告されています。
この記事では、日本初の胎児診断専門のクリニックで、〈5万人以上の赤ちゃん〉を診断してきた夫律子(ぷぅ・りつこ)先生(クリフム出生前診断クリニック院長)に、「出生前診断」について詳しく伺った第1回に続き、NIPTが広がってきた背景や、正しく受けるための施設の選び方などを教えていただきました。
目次
産婦人科でなくても検査可能 NIPTの注意点
──出生前診断の中には超音波検査や羊水検査、絨毛検査、血清マーカーなどの種類があり、その中にNIPT(新型出生前診断)があることを第1回の記事で教えていただきました。そもそもNIPTが始まった経緯を教えてください。
夫律子(以下、夫先生):NIPTとは、ダウン症(※1)、18トリソミー(※2)、13トリソミー(※3)というの3つの染色体異常の可能性を調べる検査のことです。日本では2013年からスタートしました。
※編集部注:トリソミーとは、本来2本のペアである染色体が3本になる異常のこと。染色体の数的異常は、3本になるトリソミー(trisomy)のほか、1本しかないモノソミー(monosomy)や、それぞれの染色体が3本ずつあり全体で69本になる三倍体(triploidy)などがある。
※1:21トリソミー〔ダウン症候群〕は、21番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーという染色体異常によって引き起こされる症候群。
※2:18トリソミー〔エドワーズ症候群〕は、18番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーという染色体異常によって引き起こされる症候群。ダウン症についで発生頻度が高い。
※3:13トリソミー〔パトウ症候群〕は、13番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーという染色体異常によって引き起こされる症候群。
夫先生:当時はまだ、全国でもごく限られた施設でしかNIPTができませんでした。それに対してメディアで大々的に「新型」出生前診断などと取り上げたので、受けたいという妊婦さんが殺到して、需要に対して供給がまったく追いつかない状態が続いていたのです。
その結果、患者ニーズの高さに目を付けた、産婦人科以外の医療機関によるNIPT検査が、一時期大きく増えました。さらにトリソミー以外の染色体検査もできるとして、まだ医学的には不確かな検査も導入していきました。
NIPTの検査方法は、血液を採取するだけですから、大がかりな処置は不要です。ですから例えば、美容クリニックのような、産婦人科医療とまるで無関係な医療機関による検査が増えてしまったのです。
結果は郵送で…トラブルの報告も相次ぐ
──美容クリニックでNIPTを受けられるのですか?
夫先生:検査を受けることはできても、本当の意味での「正しい出生前診断」はできません。なぜなら、NIPTは決して「血液を採って遺伝子を検査して終わり」ではないからです。NIPTで陽性とでても実際には病気がない赤ちゃんもいますし、陰性とでても、実は赤ちゃんに病気があることも少なくありません。
多くの人は、検査を受けて安心したいから受けるのだと思いますが、残念なことに一定数、赤ちゃんに異変が見つかる人は必ず出てきます。
そのときに、その赤ちゃんをどうするのか、このまま妊娠を続けるのか、続ける場合はどのようなケアが必要なのか、生まれたあとはどのような生活になるのか──そこまで含めて、相談に乗ることができて、初めて「本当の出生前診断」なのです。
NIPTは、遺伝学的な検査です。本来ならば、臨床遺伝専門医などによるカウンセリングが必要ですし、私のクリニックでも、遺伝の専門医が診断前後のフォローを行っています。
しかし、美容クリニックなどでは当然、そこまでのカウンセリングは難しいです。遺伝学的な観点から相談に乗る体制も、整っていません。
本来は、「検査後のカウンセリング」こそが重要であるにもかかわらず、「検査結果は郵送するだけ」というケースも指摘されていました。
──赤ちゃんの命にかかわるかもしれない結果を郵送で知らされるのは不安です。
夫先生:はい。こうしたやり方が行われた結果、実際にとても辛い思いを経験する妊婦さんが全国で出てしまったのです。
例えば、以下のようなケースが報告されています。
◯NIPTの結果、13トリソミー疑いの結果が郵送されてきたので電話で問い合わせたところ「内容はネットで調べてください。羊水検査ならお安くしますよ」と言われて不安になった。
◯NIPTを受けたのとは別の医療機関で超音波検査を受けて染色体の異常を指摘されたが、NIPTを受けた施設では「NIPTの結果は陰性なので、それ以外のことは分からない」と対応してもらえなかった。結果として心臓に病気があることが分かった。
◯5年間の不妊治療の末に妊娠し、「安心のために検査を受けたい」とインターネットで探した無認定施設でNIPTを受検したところ21トリソミー「陽性」の説明を受ける。中絶を希望して別の産婦人科を受診し、そこで初めてNIPTは確定検査ではないことを説明されたものの「このまま妊娠を続けることがつらくて耐えられない、この子と死にたい」となり、精神科の受診が必要になった。
(日本産科婦人科学会「NIPT受検者のアンケート調査の結果について」より)
NIPTですべてが判明するわけではない
夫先生:このような状態を改善するために、2021年から日本医学会によるNIPT施設認証の制度がスタートしました。学会による認証を取得するには、常勤の産婦人科専門医がいることに加え、遺伝カウンセリングに十分な時間を取る体制を整えていることなど、いくつもの厳しい要件を満たすことが必要です。
※認証医療機関は下記のホームページから検索できます。
認証医療機関・認証検査分析機関一覧
(https://jams-prenatal.jp/medical-analytical-institutions/)
夫先生:またNIPTが〈すべての病気を見つけることができるかのような誤解〉を生んでいることも問題です。
実際に、私のクリニックに来た患者さんで「NIPTで陰性だったので大丈夫だと思うのですが、念のため胎児ドックを受けたい」と言ってきたところ、超音波検査で脳に重篤な出血が見つかった赤ちゃんもいました。
このように、「ごく一部の染色体異常に関するスクリーニング検査」であることを、理解した上で受けるのならば良いのですが、すべての病気が見つかるような誤解をしたまま検査を受けることは、ママにとっても赤ちゃんにとっても、辛い結果につながることがあると知ってほしいと思います。
9人に1人の割合 11%の胎児に何らかの異常が発見
──NIPTは当初、35歳以上の妊婦さんが対象でしたが、2022年からは年齢制限が撤廃されてすべての妊婦さんが検査を受けられるようになりました。
夫先生:個人的には、出生前診断の必要性を、年齢によって線を引くことに意味はないと考えています。
なぜなら、ダウン症の赤ちゃんが生まれる確率は、年齢とともに少しずつ高くなります。ですから例えば、34歳までは低くて35歳から一気に高くなる、というものではないのです。
同時に、実数でいえば、20代・30代前半のママから生まれるダウン症の赤ちゃんのほうが多いのが現実です。高齢出産のほうがダウン症の確率が上がるのに、なぜ? と思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、全妊婦の中で、35歳以上の妊婦さんは3割程度。のこり約7割の妊婦さんは35歳未満。つまり、20代や30代前半で出産する人が圧倒的に多いのです。
その分、障がいが出現する割合は低いとしても、実数としては多くなるのです。ですから、35歳未満の妊婦さんからも、ダウン症の赤ちゃんが生まれているのが現状です。
さらに、高齢の方は出生前診断を受ける傾向がありますが、年齢が低い方は検査についてあまり意識をしない傾向にあることも理由の一つです。
しかし最近はネットの影響からか、まだ若い20代や30代前半の妊婦さんでも、「赤ちゃんに病気がないか診てほしい」と受診される方が増えてきました。そして、そうした妊婦さんの中からも、赤ちゃんの病気は見つかっています。10代の妊婦さんでも重篤な病気が見つかったケースもあります。
私のクリニックの<胎児ドック>を受けた妊婦さんで、赤ちゃんに何らかの異常が見つかった割合は11.1%に上ります。つまり9人に1人です。その内訳はダウン症だけではなく、心臓の病気や脳の病気、手足や顔の奇形、骨の病気などさまざまです。
このような結果からも、NIPTに限らず、出生前診断を受けたいと思った妊婦さんがいれば、年齢にこだわらず受検を検討しても良いと思います。
出生前診断はママとパパ、そして赤ちゃんを守るための検査
──出生前診断を受けるのに年齢は関係ないのですね。
夫先生:はい。それによって、安心してお産に臨むことができますし、もしも何らかの病気が見つかった場合も、どうすれば良いのか、対応策をじっくり考える時間ができるからです。
出生前診断の最大の目的は、異常がないことが分かってママとパパが「ああ、良かった」と安心できること、だと私は考えています。次に重要なことは、万が一病気が見つかった場合にどうするか、を考えられるということです。
ひとくちに「赤ちゃんの異常」と言っても、生まれてから手術などで治すことができるものもあれば、一生涯、介護やケアが必要になるものもあります。
あるいは、病気があることが事前に分かっていたら、あらかじめ新生児集中治療室(NICU)がある病院で産むなどの対応もできるのです。また、ママやパパが病気を受け入れるための時間も作ることができます。
例えば私のクリニックで、お腹の中でふたごの赤ちゃん同士がくっついている「接着双胎」が見つかった妊婦さんがいました。通常、接着双胎が分かると、検討の余地もなく中絶するケースが多いのです。
しかし、私が何度も時間をかけてお腹の赤ちゃんを診ていったところ、くっついている部分はごくわずかで、生まれてからの手術で十分に治る可能性があることが分かりました。この結果を聞いたママとパパは、周囲の反対を押し切って出産し、生まれてきた双子は私の診断どおり、ごく一部しかくっついていませんでした。
そうして産後、2人を切り離す手術を実施し、今ではその子たちは元気に外を走り回っています。これもまさに、正しい出生前診断のあり方のひとつです。
このように、出生前診断とはママとパパ、そして赤ちゃん自身を守るためにも重要な診断であることをぜひ知ってほしいと思っています。
──この記事のまとめ──
胎児診断専門の産婦人科医・夫先生のインタビュー第2回では、NIPTを実施する施設には認証施設とそうでない施設があることや、検査後のカウンセリングこそが重要であることを教えていただきました。また、検査を受けるのに年齢は関係ないことも重要なポイントです。第3回では、夫先生が出会ってきたママやパパのケースを通して、出生前診断を受ける意義について考えます。
(取材・文 医療ライター 横井かずえ)
「出生前診断」に対して、多くの人が「ダウン症の診断」や「命の選別につながる」という誤解をもっています。しかし、出生前診断で病気を発見できたことにより助かる命も少なくありません。本書は、さまざまな家族のエピソードを通し正しい出生前診断の知識を深め、命とは何かについて改めて考えることのできる一冊です。
横井 かずえ
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
夫 律子
クリフム出生前診断クリニック院長。慶應大学法学部卒業後、生命の神秘に見せられて医学の道へ。徳島大学医学部卒業後は産婦人科医として勤務する中で、超音波検査で胎児の脳の異常を見つけたことがきっかけで胎児診断の道を進む。日本人として初めて胎児診断の国際資格であるFMFを取得。主な著書に『Baby shower ちいさな命と向き合った出生前診断9つの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)、毎週日曜日午前9時半からラジオ大阪で『Dr.ぷぅに聞く!おなかの赤ちゃんの声』を放送中。
クリフム出生前診断クリニック院長。慶應大学法学部卒業後、生命の神秘に見せられて医学の道へ。徳島大学医学部卒業後は産婦人科医として勤務する中で、超音波検査で胎児の脳の異常を見つけたことがきっかけで胎児診断の道を進む。日本人として初めて胎児診断の国際資格であるFMFを取得。主な著書に『Baby shower ちいさな命と向き合った出生前診断9つの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)、毎週日曜日午前9時半からラジオ大阪で『Dr.ぷぅに聞く!おなかの赤ちゃんの声』を放送中。