赤ちゃんの異常を調べる「出生前診断」 胎児診断専門の産婦人科医が「新型出生前診断」を解説

赤ちゃんの命を救う診断 クリフム出生前診断クリニック院長・夫律子先生インタビュー#1

医療ライター:横井 かずえ

(写真:アフロ)

出生前診断=NIPTではない!専門医が教える正しい知識

赤ちゃんが生まれる前に、異常の有無を調べる「出生前診断」。

近年は「新型出生前診断(NIPT)」の希望者が急増していることも注目をあつめていますが、実際には、どのような検査で何が分かるのか、きちんと理解していますか?

この記事では、日本人として初めて胎児診断の国際資格であるFMFを取得、これまで〈5万人以上の赤ちゃん〉を診断してきた、クリフム出生前診断クリニック院長の夫律子(ぷぅ・りつこ)先生に取材。「出生前診断とは何か」そして「NIPTとは何か」を教えていただきました。

超音波検査や羊水検査、絨毛検査、NIPT すべて含めて「出生前診断」

──「新型出生前診断(NIPT)」という言葉を耳にするようになりました。そもそも「出生前診断」とはどんなことをするのでしょうか?

夫律子(以下、夫先生):そもそも出生前診断とは、言葉どおり生まれる前に行う病気の診断すべてのことを指しています。「しゅっしょうぜんしんだん」、もしくは「しゅっせいまえしんだん」と呼ぶこともあります。

今、新型出生前診断(NIPT)という言葉が一人歩きしていて、出生前診断といえばNIPTのことを指すと考えている人が多くいますが、これはまったくの誤解です。

本来、出生前診断とは「生まれる前に行う病気の診断すべて」を指します。ですから「出生前診断」という言葉の中には、羊水検査、絨毛検査(じゅうもうけんさ)、NIPT、血清マーカー、超音波検査などすべてが含まれるのです。

妊婦健診で毎回行っている「超音波検査」も、実は出生前診断のひとつです。

「超音波検査は出生前診断のひとつ」とは、ご存じない妊婦さんも多いかもしれませんが、実は出生前診断で最も重要なのは超音波検査です。

なぜなら、超音波検査で時間をかけて丁寧に診ていくと、お腹の中の赤ちゃんについて、多くのことが分かるからです。

NIPTで分かる「染色体異常」は先天性疾患のわずか1/4程度

──NIPTとはどのような検査なのですか?

夫先生:NIPTというのは、ママの血液中にある赤ちゃん(実際には「胎盤」)のDNAを調べることを目的とした遺伝学的検査です。NIPTですべての病気が分かるわけではなく、ダウン症(※1)、18トリソミー(※2)、13トリソミー(※3)という3つの染色体異常のみが対象です。

※編集部注:トリソミーとは、本来2本のペアである染色体が3本になる異常のこと。染色体の数的異常は、3本になるトリソミー(trisomy)のほか、1本しかないモノソミー(monosomy)や、それぞれの染色体が3本ずつあり全体で69本になる三倍体(triploidy)などがある。
※1:21トリソミー〔ダウン症候群〕は、21番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーによって引き起こされる症候群。
※2:18トリソミー〔エドワーズ症候群〕は、18番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーによって引き起こされる症候群。ダウン症についで発生頻度が高い。
※3:13トリソミー〔パトウ症候群〕は、13番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーによって引き起こされる症候群。


夫先生:さらに、病気の可能性を調べるスクリーニング検査であって、本当にその病気があるかどうかを判断するための確定診断ではありません。

そのほかの染色体異常を調べるNIPTを実施している施設もあるようですが、ダウン症・18トリソミー・13トリソミー、この3つ以外の染色体異常の場合、検査の採血をする前の妊娠初期に流産してしまうケースがほとんどです。

ですから、NIPTといえば、主にこの、3つの染色体異常を調べることが目的だというのは、国際的にも共通認識です。

しかし実際には、お腹の赤ちゃんに起こっている異常(先天性疾患)は、染色体異常だけではありません。

▲赤ちゃんの先天性疾患の頻度
※2021年度厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業) 「出生前診断の提供等に係る体制の構築に関する研究」を基にコクリコ編集部で作成

夫先生:脳や顔、心臓、手足の指や全身の骨などに異変が起きている可能性もあるのです。このような形態の異常は、実際に赤ちゃんを診る、超音波検査でしかわかりません。

そのため、私のクリニックで行っている〈胎児ドック〉では時間をかけて、さまざまな角度から赤ちゃんを超音波で検査し、異常がないかを調べた上で「NIPTが必要かどうか」を判断しています。

NIPTは「確定診断ではない」

──具体的な方法についても教えてください。

夫先生:NIPTの検査方法は、妊娠9~10週以降に妊婦さんから血液を採取して、血液中にある赤ちゃんのDNAを調べるというものです。お腹に針を刺す「羊水検査」などと比べ、NIPTは〈妊婦さんにも赤ちゃんにも負担が少ない検査〉といえます。

しかし重要なことは、NIPTは3つの染色体異常の可能性を調べるための「スクリーニング検査(※)」であって、本当にその異常があるかどうかを調べる確定診断ではないということです。

※スクリーニング検査:「病気の可能性があるか」ふるい分ける〔選別〕検査のこと。確定的診断ではない

夫先生:例えるならば、健康診断で数値の異常を指摘されたときは、まだ本当に病気かどうかは分かりません。精密検査をして、初めて病気の有無が分かります。NIPTもこれと同じです。

NIPTで陽性になったからといって、必ずしも赤ちゃんに異常があるとは限らないのです。逆に陰性でも、赤ちゃんに何らかの異常が見つかるケースもあります。

これに対して、健康診断後の精密検査にあたるのが、「羊水検査」や「絨毛検査」です。

羊水検査とは、妊娠15~16週以降に行う遺伝子の検査です。

NIPTが3つの染色体異常だけを対象としていたのに対して、羊水検査ではその他の染色体異常も含めた〈染色体異常全般〉が対象です。また、病気の可能性を調べるスクリーニング検査よりも精度が高い、確定的検査です。検査方法は、妊婦さんのお腹に針を刺して羊水を採取して分析します。

絨毛検査とは、妊娠11~14週ごろに行う遺伝子の検査です。絨毛検査も染色体異常全般を調べることができて、病気の可能性をより正確に知ることができる確定的検査です。検査方法は、妊婦さんのお腹に針を刺して、胎盤組織の一部である絨毛を採取して分析します。

羊水検査や絨毛検査のリスクは?

──やはり、検査を受けるときに気になるのは赤ちゃんへの影響です。

夫先生:NIPTについては、体に痛みなどを与えない「非侵襲的検査(ひしんしゅうてきけんさ)」になるので、流産などのリスクはほとんどありません。ただし、確定診断ではないので結果が「陽性」だった場合は、羊水検査や絨毛検査を受けることになります。

一方の羊水検査と絨毛検査は、妊婦さんのお腹に針を刺す必要があるので、ある程度は体に負担がかかる、つまり「侵襲的検査」と言われています。

しかし、国際的なデータでは、絨毛検査、羊水検査のリスクはそれぞれ0.2%, 0.3%であり、絨毛検査のほうが羊水検査より安全と言われています。

さらに同じリスクがある人同士をくらべると、絨毛検査のリスクは「ー0.11%」と、なんと絨毛検査を受けない方が、むしろリスクが高いという結果になりました。つまり、絨毛検査はほとんど侵襲検査ではないということが、国際的な常識となっています。

またこうしたリスクは、「熟練の医師」が検査を行うことで、限りなくゼロに近づけることができます。

私はこれまで1万8000件の絨毛検査を行ってきており、世界でもおそらくここまでの数を行った医師はほとんどいないようです。私の経験からも、絨毛検査は早い週数ででき、リスクも低い検査だといえます。

なお、羊水検査は多くの病院で行われているのに対して、絨毛検査を行う病院は極めて少ないのが現状です。どこの病院でも受けられるわけではありません。

事前に病気が分かるメリット「安全に産むための準備」

──出生前診断を受けるメリットは何ですか?

夫先生:出生前診断を受けることで「生まれる前に病気を見つける」ことができれば、その分、安全に赤ちゃんを産んであげることにもつながります。

例えば、私のところへ来たママとパパで、たまたま胎児ドックで赤ちゃんの病気の可能性を心配し、羊水検査で遺伝子検査までしたカップルがおられました。検査結果では、遺伝子変異による病気があることがわかったのです。

その遺伝子変異は、1つ持っているだけでは何も体に影響は出ないのですが、2つ揃うと重大な障がいが起こるのです。珍しい異常ですから、2つ揃うことは滅多にありませんが、たまたまママとパパそれぞれが1つずつ遺伝子変異を持っていて、赤ちゃんに2つの遺伝子変異が揃ってしまったのです。2つ揃うのは4分の1の確率です。

国際的なデータでは、この遺伝子病があると、妊娠中や分娩時に脳に大出血を起こして重篤な障がいが残ります。しかし、クリニックで何度も何度も時間をかけて赤ちゃんを超音波で診た結果、「元気に生きられる可能性がある子ども」だと分かりました。そして、そのことを率直にママとパパに伝えたのです。

(写真:アフロ)

夫先生:診断を受けてママとパパは考え抜いた結果、最終的に赤ちゃんの生きる力を信じて、妊娠を継続することを決意しました。産むと決めてからは、私たちのクリニックをはじめ関係者全員が、無事に出産できるように万全のサポート体制を作っていきました。

このようなお産に対応できる病院は少ないため、まずNICUなどが整っていて生後に特殊な治療ができる東京の病院に紹介し、帝王切開で分娩できるように手配してもらいました。

さらに、妊娠9ヵ月で入院するまではずっと、大阪にある私のクリニックに通ってもらい、赤ちゃんに脳出血などのトラブルが起きていないか、毎週のように胎児脳ドックを続けたのです。

そして、万事準備を整えた上で、患者さんは無事に赤ちゃんを産むことができました。

これこそがまさに「出生前診断をする意味」だと私は考えています。

もしも出生前診断を受けないで、遺伝子変異があることを知らずにお産をしていたら、妊娠中か、あるいは産道を通るタイミングで赤ちゃんの脳に大出血がおこり、無事ではいられなかった可能性が高いでしょう。

しかし、事前に異常があることが分かっていたからこそ、ママと赤ちゃんが危険な目に遭わないように、十分に準備をすることができたのです。

──出生前診断を受けたからこそ、無事に出産ができたのですね!

夫先生:よく、出生前診断は「中絶するための検査だと誤解」をしている人がいますが、それはまったく違います。この赤ちゃんのケースのように、出生前診断を受けたからこそ、「無事に生まれる命」もたくさんあるのです。

出生前診断について考えるときは、ぜひともこのように、「出生前診断は命を救うための検査」であることを知ってほしいと願っています。

──この記事のまとめ──

胎児診断専門の産婦人科医・夫先生のインタビュー第1回では、出生前診断について、超音波検査や羊水検査、絨毛検査、NIPT、血清マーカーなど、赤ちゃんが生まれる前に行う検査すべてを指す言葉だと教えていただきました。その中で、NIPTはダウン症など3つの染色体異常についてのみ調べるスクリーニング検査であることは、正しく理解しておく必要があるでしょう。続く第2回では、NIPTの認証制度などについて伺いながら、検査を受ける施設をどうやって選べば良いかを教わります。

(取材・文 医療ライター 横井かずえ)

Baby shower ちいさな命と向き合った出生前診断9つの物語

「出生前診断」に対して、多くの人が「ダウン症の診断」や「命の選別につながる」という誤解をもっています。しかし、出生前診断で病気を発見できたことにより助かる命も少なくありません。本書は、さまざまな家族のエピソードを通し正しい出生前診断の知識を深め、命とは何かについて改めて考えることのできる一冊です。

ぷぅ りつこ

夫 律子

Ritsuko K. Pooh
産婦人科医

クリフム出生前診断クリニック院長。慶應大学法学部卒業後、生命の神秘に見せられて医学の道へ。徳島大学医学部卒業後は産婦人科医として勤務する中で、超音波検査で胎児の脳の異常を見つけたことがきっかけで胎児診断の道を進む。日本人として初めて胎児診断の国際資格であるFMFを取得。主な著書に『Baby shower ちいさな命と向き合った出生前診断9つの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)、毎週日曜日午前9時半からラジオ大阪で『Dr.ぷぅに聞く!おなかの赤ちゃんの声』を放送中。

クリフム出生前診断クリニック院長。慶應大学法学部卒業後、生命の神秘に見せられて医学の道へ。徳島大学医学部卒業後は産婦人科医として勤務する中で、超音波検査で胎児の脳の異常を見つけたことがきっかけで胎児診断の道を進む。日本人として初めて胎児診断の国際資格であるFMFを取得。主な著書に『Baby shower ちいさな命と向き合った出生前診断9つの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)、毎週日曜日午前9時半からラジオ大阪で『Dr.ぷぅに聞く!おなかの赤ちゃんの声』を放送中。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2