作家・倉橋燿子が‟発見”した「子どもを伸ばす大人」像が子どもに人気のワケ

「子どもは自ら育つ」と信じることから

作家:倉橋 燿子

中学生の主人公が開く「みんなでごはんを食べる、子どもによる、子どものための居場所」を舞台にした作品『夜カフェ』。

主人公のハナビをはじめ、登場する子どもたちが、孤独や不安、さまざまな思いを抱えながら成長していく陰には、主人公の叔母の存在がありました。

その叔母は、少女時代の著者が「いてほしかった大人」であり、著者が子育てを経験する中で、「こうありたいと思ってきた姿」でもあります。

物語のカギを握るその叔母は、どんな大人なのでしょう?

倉橋燿子氏の書き下ろしでお届けします。

『夜カフェ』は最後の日をむかえることに。主人公をはじめ、子どもたちはそれぞれ自分の道を歩き出す。『夜カフェ(12)』講談社青い鳥文庫。たま/絵

子どもたちによる子どもたちのための居場所

『夜カフェ』という作品は、中高生の子どもたちが、子どもたちのために作った居場所を舞台にした物語です。

そもそもは、

【夕方から子どもだけで集まって、いっしょにごはんを食べる】

――もし本当にこんな場所があったら!

今、自分が子どもだったら、絶対ワクワクするにちがいない! そう思って、考えたお話です。

だからといって、大人は子どもにかかわるな、放任がいい、と言いたいわけではありません。

では、子どもたちのために大人ができる、いちばん大切なことはなんでしょうか?


家出してきた主人公にかけた言葉

『夜カフェ』に子どもたちを見守る存在として、“愛子さん”という大人の女性が登場します。

主人公ハナビの叔母で、イラストレーターである一方、カフェも経営しています。

その愛子さんの元に、けんかばかりの両親がイヤになり、ハナビが家出をしたところから物語は始まります。

絶対怒られると思っていたハナビでしたが、愛子さんから

「かっこよかったじゃないの!」と言われて、びっくりしてしまいます。

このエピソードは、私のところに中学生の姪が家出してきた時のことをヒントにしました。

そのとき愛子さんと同じ言葉を返した私に、姪は目を白黒させて、「怒らないの?」とたずねました。

「私にはできなかったことだから、うらやましいな。」

と言うと、安心したように家出の理由を話し出したのです。

上皇さまの教育係・倉橋惣三と『夜カフェ』がリンクして

ちょうど『夜カフェ』を書き始めた同じ時期、「倉橋惣三さんのことを書きませんか?」と、保育関係の方に勧められました。(2021年『倉橋惣三物語 上皇さまの教育係』として刊行)

倉橋惣三とは私の夫の祖父であり、近代幼児教育の父と呼ばれる人であり、今の上皇様が皇太子時代に教育係を務めた人でもあります。

とはいえ、私はその方のことをあまりよく知りませんでした。
 
夫の実家には、本人の手紙や絵葉書、日記などが遺されていました。

数々の著作や研究書を読み込みました。

そのどれにも、まさに名言とも思える言葉が遺されていましたが、中でも、もっとも感銘を受けたのが、

【子どもは自ら育つもの】という信念です。

だからこそ、大人がなんでもかんでも指示するのではなく、子どもの自主性を重んじて、子どもの興味や行動を信じて見守る、そして待つ姿勢が大切だというのです。

そして、自分の気持ちに寄り添ってくれる人、自分を信じてくれる人、そして見守ってくれる人――そのような存在が子どもにとって安心できる、心を許せる人であると。

こうした言葉に触れた時、『夜カフェ』での愛子さんの姿と重なりました。

そうだ! わたしが書きたかったのは、まさにそういう大人だ! と。

愛子さんが入院し、主人公のハナビは、その存在の大きさに気づく。そして、「いつか愛子さんのようになりたい!」と思うように。

実際、愛子さんは読者の子どもたちにも大人気でした。

「愛子さんのような大人がいたらいいのに!」

といった感想が寄せられたのです。

愛子さんが病にたおれてしまう『夜カフェ(3)』には、愛子さんへの思いをつづった感想が多数寄せられた。

だれの中にも可能性が眠っている!

私自身の子ども時代には、友だち関係がこじれて、クラスでのけ者になったり、テストで悪い点数を取った時に、母親に見つかるのを恐れて、学校帰りの川に返ってきたテストを流してしまったりなどなど、いろいろなことがありました。

ところが、いざ自分が親になると、自分が理想としていた親にはなれず、仕事にかまけて、ずいぶん寂しい思いをさせてしまいました。

それでも唯一良かったと思えるのは、娘の友人からはじまり、その友人の友人……、
遊びに来たいという若い子たちはだれでもウェルカムという気持ちで過ごしてきたことです。

そうして我が家に集う若者たちを見ていて、実感していることがあります。

「だれの中にも可能性が眠っていて、何かのきっかけで花開く。」

ということです。

「将来の夢なんてない。」と言っていた人が、趣味を生かしてイラストレーターになったり、

「好きなものなんてない。」と言っていた人が、ユーチューバ―になったり、起業したり……。

そんな状況を見るたびに、子どもの心の中には種があって、それが花開くときがくるのだと確信しています。

一個一個の種に水をやり、肥料をまいてあげ、時間はかかっても、「そのとき」が来るのを待つまなざしが大切なんだと思います。

もちろん考えたようにはできなくて、思わず先回りして手を出し、口を出してしまうことも……。

そのたびに「またやってしまった!」って冷や汗をかきながら、「さっきはつい、よけいなことを言っちゃったね。」って謝っている次第です。

それでも『夜カフェ』の愛子さんのようでありたいという思いだけは、持ち続けようと思います。

幸福度が低いと言われている日本の子どもたちがいきいきと輝くために、今、わたしたち大人にはそのまなざしが求められていると思えてなりません。

倉橋燿子(くらはし・ようこ)

広島県生まれ。上智大学文学部卒業。出版社勤務、フリー編集者、コピーライター を経て、作家デビュー。講談社X文庫『風を道しるべに…』等で大人気を博した。 その後、児童読み物に重心を移す。主な作品に、『いちご』、『青い天使』、『パセリ伝説』、『小説 聲の形』(原作:大今良時)、『生きているだけでいい!~馬がおしえてくれたこと~』、『夜カフェ』(以上、すべて青い鳥文庫/講談社)、『倉橋惣三物語 上皇さまの教育係』(講談社)、『風の天使』(ポプラ社)などがある。

『夜カフェ(12)』倉橋燿子:作、たま:絵(講談社青い鳥文庫)

受験、そして最後の『夜カフェ』。それぞれの道を進むときがきた――。

愛子さんが立ちのきを決断。
「『夜カフェ』ができなくなってしまう……。」ハナビたちはとつぜんのしらせに衝撃を受ける。
そんななか、高校受験が本番に突入。
ところが、推薦入学試験の当日、ヤヤコがトラブルに見舞われてしまい……。
同じ高校の合格をめざすティナとハナビ。ヤヤコと同じ高校でバスケをしたいと願うミウ。
それぞれの結果は?  そして、恋の行方は?
さまざまな思いに揺れながらも、ハナビたちは『ありがとうパーティー』の準備を進め、
ついに『夜カフェ』最後の日をむかえる。
大人気シリーズ、感動の完結編!

くらはし ようこ

倉橋 燿子

Yoko Kurahashi
作家

広島県生まれ。上智大学文学部卒業。出版社勤務、フリー編集者、コピーライター を経て、作家デビュー。講談社X文庫『風を道しるべに…』等で大人気を博した。 その後、児童読み物に重心を移す。 主な作品に、『いちご』、『青い天使』、『パセリ伝説』、『小説 聲の形』(原作:大今良時)、『生きているだけでいい!~馬がおしえてくれたこと~』、『夜カフェ』(以上、すべて青い鳥文庫/講談社)、『倉橋惣三物語 上皇さまの教育係』(講談社)、『風の天使』(ポプラ社)などがある。

広島県生まれ。上智大学文学部卒業。出版社勤務、フリー編集者、コピーライター を経て、作家デビュー。講談社X文庫『風を道しるべに…』等で大人気を博した。 その後、児童読み物に重心を移す。 主な作品に、『いちご』、『青い天使』、『パセリ伝説』、『小説 聲の形』(原作:大今良時)、『生きているだけでいい!~馬がおしえてくれたこと~』、『夜カフェ』(以上、すべて青い鳥文庫/講談社)、『倉橋惣三物語 上皇さまの教育係』(講談社)、『風の天使』(ポプラ社)などがある。