死の瞬間に「今が一番幸せ」と感じられる人生とは? はやみねかおるが子どもたちに教える「今の自分を肯定する」生き方

君に贈る「物語の処方箋」

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「もう絶対、小説は書かないと決めたんです」

かつての自分をそう振り返るのは、200を超える著作数を誇り、累計発行部数は900万部を超える、はやみねかおるさん。

実写映画化された「都会のトム&ソーヤ」シリーズや、劇場アニメ化された「怪盗クイーン」シリーズなど、数々のヒット作で読者を熱狂させてきました。

一度は筆を折ったはやみねさんが、再び創作に向き合ったきっかけとは?

作家の軌跡を紐解き、今を生きるヒントを探る連載企画「君へ贈る物語の処方箋」。今回は、作家のはやみねかおるさんにお話を伺います。

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都会のトム&ソーヤ 22 ナイト列車で行こう!

物書きと教員、2つの夢を追いかけた学生生活

──子ども時代や、作家になったきっかけを教えてください。

はやみねかおるさん(以下、はやみね):幼いころは「普通の子」でした。学校から帰ってきたら近所のグラウンドで草野球して、帰ってきたら風呂炊いてご飯食べて寝る。ちょっと他の子と違うのは、ずっと本読んでたことくらいかもしれません。

小学校4年生の時に初めて買った文庫本は、今江祥智(よしとも)さんの『山の向こうは青い海だった』。僕をホッとさせてくれた物語なんです。ものすごく気の弱い男の子「ピンクちゃん」が夏のあいだに冒険して、強くなっていく。このお話を読んでいて「自分もやらな!」という気持ちになったことを覚えています。

また、当時はミステリーばかり読んでいて、エドワード・D・ホックの『怪盗ニック登場』は僕のデビュー作『怪盗ピエロ』に多大なる影響を与えています。

物語を書いてみんなを楽しませたい。そんな想いが小学生のころからあって、ずっと物語を書いていました。

物書きになりたい気持ちはあったけど、大学は教育学部に行ったんですよ。理由は9つ離れた兄の大学に遊びに行ったときに、ゼミ室に大量の漫画があったから。

「大学って天国なんや」と思って受験したら、僕の入学したころにはもう大学には漫画本なんてまったく置いていなかった(笑)。騙された気分であまり大学には行かず、下宿先でずっと本を読んでいました。

そんなダメな学生をやっていた僕も、3年生で教育実習に行きました。

実習をやらないと卒業できないからという不純な動機でしたが、実際行ってみたら子どもたちに「先生」と呼んでもらえることにものすごく感動してしまって。教師になるのも悪くないのかもと思えて、そこからちゃんと単位をとるようになりました。

教師になるのかプロの物書きになるのかわからないけれど、どちらも精一杯やってみようと思ったんです。小説のほうも原稿を書いては、いろんな新人賞に応募していましたね。

挫折の先に…「もう絶対、小説は書かない」と決意したワケ

筆を折るも…その後の転機とは?

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