型破り校長が子どもに「対話からの合意」を訓練! 「多数決」が与える悪影響とは?

学校改革の旗手・工藤勇一先生「今こそ子どもたちに本当の民主主義教育を」 #1~民主主義教育の意義と多数決の問題点~

横浜創英中学・高等学校長:工藤 勇一

子どもへ教えるべき民主主義教育と、多数決の問題点を教えてくれた工藤勇一先生。
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宿題や定期テスト、校則の廃止、固定担任制の撤廃など「学校の当たり前」を次々に改め、驚くべき教育改革を成し遂げてきた千代田区立麴町中学校の元校長で、現在は私立横浜創英中・高の校長を務める工藤勇一(くどう・ゆういち)先生。

2022年10月に出た新著『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』(哲学者・教育学者苫野一徳氏との共著/あさま社)では、学校における民主主義教育の必要性を訴えます。

今なぜ民主主義教育なのでしょうか。工藤先生に聞きました。

※全4回

工藤勇一(くどう・ゆういち)PROFILE
横浜創英中学・高等学校長。1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から2020年3月まで千代田区立麴町中学校校長。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革を実行。一連の改革には文部科学省が視察に訪れ、メディアがこぞって取り上げるなど大きな話題に。

どうして今、学校で「民主主義」を学ぶべきなのか

宿題、定期テスト、学級担任、校則の廃止など、大胆な改革で教育界に旋風を巻き起こし続けている工藤勇一(くどう・ゆういち)氏。教育改革というと民間出身の校長がクローズアップされがちですが、工藤先生はキャリアの始めから公立中学の教師として教育に携わってきました。

工藤先生にはある信念があります。

「学校は平和のためにある」

約40年前、工藤先生が山形県の小さな町の公立中学校で初めて教壇に立ったときから考え続けてきたことです。学校は平和のためにあり、その存在意義は「民主主義の土台をつくる場」であること。教育関係者やメディアに大きな衝撃を与えた工藤先生の教育改革は、この信条を軸に展開されてきました。

とはいえ、「学校は平和のためにある」といきなり言われても、少し唐突に感じる人もいるかもしれません。

工藤先生がどうしてこのように言うのかというと、平和は民主主義から生み出され、学校こそ民主主義を学ぶ絶好の場所だというのが工藤先生の考えなのです。いったいどういうことでしょうか。

学校で民主主義教育を受けてこなかった日本人

子どもから「民主主義ってなに?」と聞かれたら、はっきり答えられる子育て世代は多くないかもしれません。なぜなら子育て世代の多くが「学校で民主主義教育をほとんど受けて育っていないから」と工藤先生。

選挙の投票率が低迷し続ける日本の現状は、国民が主権者としての当事者意識が薄いことの現れでもあります。それでは「決して民主主義が根付いているとはいえない」と工藤先生は語ります。

「つまり民主主義っていうのは、制度や考え方だけがあってもうまくいかないんです。自然と身に付くものではありません。

今回、本のタイトルを付けるにあたってすごく悩んだのですが、『子どもたちに民主主義を教えよう』としたのは、教えないと理解できないことだからです。民主主義国家として国民が成熟していくためには、“対話をして最上位目標で合意する”という訓練を子どものうちからしなくてはいけないんです。

最上位目標とは、みんながOKといえる一番上の目標です。例えば国同士で考えると『平和』です。学校レベルで考えると、麴町中の文化祭では『生徒全員が観客全員を楽しませる』を最上位目標に設定しました。

つまり、お互い立場は違っても、この一番上のところにある目標で握手して、自分の考えを修正しながら合意していく。これができないと、永遠に争いが繰り返されてしまい、平和に到達することができないのです」(工藤先生)

奇跡のEUにみる民主主義教育の意義

どうして学校で民主主義教育が必要なのか。その理由を、もう少し詳しく見てみましょう。工藤先生は歴史的背景から紐解きます。

「民主主義は、ヨーロッパの人たちが何百年も戦争を続けてやっと生まれた概念です。(共著者で哲学者の)苫野一徳さんの言葉をお借りすれば、およそ300年前にヨーロッパの人たちが生み出した考え方なんです。

ヨーロッパは資源も豊富で気候もよく、人類にとってもっとも住みやすい土地でした。なので、人間たちは奪い合いや争いを繰り返し、戦争のない時代はありませんでした。第二次世界大戦ではヨーロッパ中が焼け野原になりました」(工藤先生)

民主主義がヨーロッパに広まったきっかけは、この大戦での悲惨な経験でした。

「それまでは敗戦国が『今度はやり返してやろう』という流れになっていたんですが、こんな争いを繰り返していても、この先ずっと何もいいことはない。だったら一番上の目標に『平和』を掲げて握手を交わし、みんなが可能な限り自由に生きるため、誰かの自由を損ねるようなことはもうしない。そういう社会を作ろうというなかで広がったのが民主主義なんです」(工藤先生)

戦後、ヨーロッパの多くの国の学校では、子どもたちへの民主主義教育が徹底されました。共通の目標は「平和」。それを実現するためには、「感情に振り回されないで対話を重ね、平和という目標で合意するというプロセスが必要だ」という訓練を、学校の日常から積んでいきます。

こうして育った子どもたちが大人になった今、ヨーロッパ社会の民主主義は日本と比較すれば遥かに成熟しているといえます。

工藤先生はその典型例が、現在27ヵ国加盟しているEU(欧州連合)だといいます。

「EUは奇跡の存在だと思うんですね。もう二度と大国の争いには巻き込まれたくないからヨーロッパの国同士握手をしましょう、みんなで戦争を起こすのはやめましょうというつながりです。

従来は自国のことが優先で、『自分の国の農業を守ろう』『海外から安いものが入ってくると困るから関税をかけよう』といった発想になっていたのですが、関税も国境もなくし、自由に人が移動できるようにしました。

当然、各国の生産者や労働者は反対します。でも争いにはなりません。なぜなら一番上の『平和』という目標で各国が握手できているからです。

多少の痛みは生じるけれど、みんなで分かち合っていこうと言っているわけです。そしてうまく回っている。これって奇跡の存在ですよね」(工藤先生)

未就学児から民主主義教育に力を入れるスウェーデンは、選挙の投票率が8割を超えます。

「スウェーデンでは70年前の世界大戦後直後から、これまでの社会はダメだからきちんと民主主義を学校で教育することに力を入れたんです。すると50年前までは国会議員の男女比が8:2(男:女)、またはそれ以下でしたが、今の男女比は五分五分に近いです。

今の日本の国会議員の男女比は50年前のスウェーデンと同じです。これから50年先の日本が、今のスウェーデンのようになれるかどうか。それこそが教育にかかっているんです」(工藤先生)

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